西部劇を思い出せ映画『ファースト・カウ』感想文

《推定睡眠時間:55分》

スピルバーグの自伝映画『フェイブルマンズ』の最後にデヴィッド・リンチ演じる老ジョン・フォードが出てきてまだ駆け出しのスピルバーグに「地平線を真ん中に置くな! 画がつまらなくなる!」みたいなアドバイスをするウソかホントか知らないエピソードが出てくるが、この『ファースト・カウ』という映画はのっけから地平線がスタンダードサイズの画面のド真ん中。以降もそのカメラポジションが基調となるが、空と大地がくっきりと二分されるこうした画面を見れば「地平線を真ん中に置くな! 画がつまらなくなる!」もなるほどなぁと思う。

この映画がつまらないという意味ではない。画面にダイナミズムが出ないのだ。カメラは世界をフラットに傍観する観察者の目となって、自分から観客に迫っていく物語の語り部にはならない。ケリー・ライカートの映画は4本ぐらい観たと思うが全部そうだったのでこれはこの人の作家性というもの。そしてそれが俺のケリー・ライカート映画の好きなところ。何も押しつけない、何も強調しない、何も正解とは言わない。ただ「こんな取るに足らない出来事があった」を見せるだけのきわめてシンプルな作りは、映画の本来的な愉しさを感じさせてくれる。工場があれば労働者の待遇改善をアジテートするアクティヴィズム映画になり、列車があれば超人たちがそこでバトルするスーパーヒーロー映画になる現代で、ライカートは工場の出口と列車の到着を地平線を真ん中に置いて撮り続けるような人なんである。

ということで『ファースト・カウ』ですがなんでもアメリカで初めて?ドーナツを売った人たちの話みたいなことをどこかで読んだがこれはライカート映画ですからドーナツ売りの話と聞けばなんとなくポップだったり可愛い感じがするもののそういうキャッチーさゼロ、西部開拓時代(たぶん)のアウトサイダーといえる内気で腕っ節の弱いオッサンとマネーチャンスを求めて渡米した中国人のオッサンがアウトサイダー同士助け合おうぜということでタッグを組みドーナツチャンスを手に入れるが事はそう上手く運ばずすったもんだの末に粗野男たちに追われ逃避行に出て死ぬという例によってだいぶ渋いロードムービーであった。

ライカート映画はアメリカン・ニューシネマからの強い影響が窺えるのでこれはさしずめライカート流の『明日に向かって撃て!』かもしれない。その時代の主流派に合わせられない物言わぬ反逆者たちが何かから逃げるという形で主流派に抵抗し己の道を切り拓いていこうとするライカートの映画にあるのは逆向きのアメリカ的フロンティア精神であり、考えてみればそれこそアメリカン・ニューシネマの核心であった。倦怠の中にある革命性。退屈の中にある切迫感。『明日に向かって撃て!』というか、ニューシネマ全般そうかもしれないが、その逆説が『ファースト・カウ』にもやはり強く刻まれていたように思う。

同時にこれは男臭さやガンファイトが全然ないという点で西部劇というジャンルに対するアンチテーゼのようでいて、むしろ西部劇の本流に回帰した作品でもあるとも思った。果たしていつから西部劇といえばガンマンとガンファイトになってしまったのだろうか。時代劇といえばサムライと殺陣、みたいなのとも事情は似ているかもしれないが、元来西部劇はアクション映画のサブジャンルではなく、西部を舞台にした映画全般を包含する豊かなジャンルだったはずである。ただ西部を気ままに旅するだけの映画も立派な西部劇だし、西部の町で若者が恋愛をするだけの映画もまた西部劇、『シェーン』『荒野の決闘』のようなガンファイトが語り草になっている西部劇史上の傑作でさえ映画の大半を占めるのは西部での生活描写なのだ。

そうした西部劇の根っこは映画史の地層にすっかり埋もれてしまって地表に出ているのは拳銃の先っぽの方だけというような昨今であるから、ライカートの『ウェンディ&ルーシー』を思わせるヒトイヌコンビが二人分の白骨(それこそがドーナツの二人であった)をどこかの森の中で発掘する冒頭は、ライカートによる西部劇のルーツ回帰宣言なのかもしれない。ガンファイトのような派手な見せ場のない地味な生活西部劇や紀行西部劇は後生に語られることなく忘れられていった(※それをどうしてお前がわかったように語れるのかといえば、映画10枚組激安BOXでお馴染みみんなのコスミック出版さんがパブリックドメインになった古い西部劇を大量に輸入リリースしてくれているからだ。コスミック出版さんがありがとう)が、そんな映画やそんな人々も確かに存在したのだと、ライカートは無言にして激烈にアジテートする。

きっとこれこそが西部劇であり、これこそがアメリカ映画なのだ。たいへん静かな映画でほとんど寝ているためストーリーすらよくわかっていないが、たぶんそうに違いない。

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