バス・ドゥヴォス監督作感想二本立て:『ゴースト・トロピック』『Here』

どういう経緯なのかよくわからないがベルギーのバス・ドゥヴォスという監督の映画がいきなり二本同時にBunkamuraル・シネマ渋谷宮下で公開された。この監督の映画が日本で公開されるのは映画祭などを除けばこれが初めてのはずなのでずいぶん思い切ったなぁと思ったが公開二週目に観に行ったらこれが悪くない客入りで、どちらもとても静かな映画であったから洋画を観る層の好みというかトレンドの変化が感じ取れてなかなか興味深いところ。

今は派手なこととか変なことやる洋画ってどうやらあんまりウケないぽい。日常の一ページを切り取った地味地味しい映画が共感できるとかなんとかということでウケるらしい。その風潮に対して何か書きたい気持ちもあるが、まぁでもそんなのおもしろくないですからスルーしてさっさと映画の感想いきましょ感想、はい。

『ゴースト・トロピック』

《推定睡眠時間:7分》

ポスターを見るとスカーフを被った老女が寝ている場面のスチルで、睡眠鑑賞者の俺はそれを見てしまったがためにこれは確実に俺が観るべき映画だと判断したのだが、まさしくその通りのこれは睡眠鑑賞者向け映画であった。というのも映画が始まるとどこかの誰も居ない部屋の定点観測映像で、おそらく5分弱ぐらいはあったんじゃないかと思われる長回しで室内の変化を捉えていくのだが、どのような変化かといえば明るさの変化であった。最初は日没前のため室内も外から差し込む穏やかな明かりに包まれているが、やがて陽が沈むと室内は暗闇に満たされていく。この映画は夜の闇に観客を誘っているのだ。お日様の下では起こりそうもない偶然の出会いを起こし、明るい内は決して外に出さない本心が自然と流れ出す夜の時間に。

ということで主人公はポスターに映っていたスカーフ老女。この人は移民歴20年というベテラン移民でビル清掃の仕事をしているのだが、いつものように夜遅くの電車に乗ったらいつもならそんなことは決してないのだがつい寝過ごしてしまった。終電もないしタクシー代もないので寒空の下、徒歩で帰路につくスカーフ老女。彼女はその中で様々な見知らぬ人と出会い、新天地での日常の中で長らく振り返ることのなかった過去に思いを馳せる。といっても具体的にはほとんど何も語られないのでそう見える、というだけなのだが。

これは舞台がブリュッセルとかだと思うのだが都会の深夜というのはなかなかいいもので、俺は5年くらいコンビニ夜勤をやっていたのだが、客が来ないから外に出てボーッと一人でタバコを吸ってる弛緩した時間とか、昼間に比べて訳あり度がやや高めの深夜のコンビニ客の放つ緊張と哀愁の入り混じった空気とか、タクシー運転手とかスナックの買い出しの人とか別業種の夜のお仕事の人との間になんとなく芽生える仲間意識とか、観ててそういうの思い出した。なんなんだろうね、あの妙にやさしい都会の深夜の孤独感というのは。昼間の孤独感はただ心労になるだけだが、深夜の孤独感にはなにか心をほぐす効果がある。

そうした冷たいようでも生暖かくもあるような都会の深夜の孤独感をこの映画はよく捉えていたように思う。移民歴20年となれば昼間はもうすっかりベルギー人だが、深夜の孤独は彼女に自分が決して芯からはこの国この街には馴染めないことを思い出させる。けれどもだからこそ、ささやかな出会いやほのかな共感がそこには生じる。一人で店を切り盛りするコンビニ店員、一人でショッピングモールを見回る警備員、路上に倒れたホームレスとそれを見守る犬、この街で生まれ育ってもはや故国の記憶もない娘、疲れ切って深夜バスに乗り込む人々の寝顔や囁き声。地下鉄何駅分かのちいさな冒険の中で主人公は様々な孤独と出会い孤独なもの同士一時の仲間意識で結ばれる。

夜闇の中にある限り孤独もそう悪くないもんだ、と思わせてくれる、とてもよい夜の映画、孤独の映画、そして眠りがもたらす可能性の映画であった。

『Here』

《推定睡眠時間:70分》

なにも寝るために観に行ったわけではないが最初の方にある記録映画風の昼間の建築街景シークエンスを観ていたらすっかり眠くなってしまった。普通ならそこで頑張って起きて映画を観よう、と思うだろう。だが『ゴースト・トロピック』は睡眠によって普段は歩かない街路を歩き普段は出会わない人と出会う、睡眠の持つコミュニケーションの可能性についての映画であった。先に『ゴースト・トロピック』を観ていた俺は迷わなかった。寝た。ほぼ全編寝た。まったくなんの話だかわからない。なんか人がどこかに行く映画だったと思うがたぶん全ての映画は人がどこかに行く映画だろう。

したがってこの映画について書けることは全然ないのだが、その睡眠ときたらBGMを極力使わず鳥のさえずりなどのリラクゼーション効果高めの環境音を多用するサウンドトラック設計によってたいそう心地よいものであった。寝ている間に夢も見なかったのでノンレム睡眠だったのだろう。周知の通りノンレム睡眠は落ち着いた環境でなければ到達できない言うならば質の良い睡眠状態である。よい眠りを観客にもたらす映画がよい映画であることは同じ映画館で絶賛リバイバル上映中のタルコフスキー作『ノスタルジア』が証明している。よって『Here』はよい映画である。まったく映画の内容を理解していないしそもそも熟睡して観ていないからこそ、そのように断言したいと思う。

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