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世界初のゾンビ映画とされる『ホワイト・ゾンビ』は端的に言って『魔人ドラキュラ』の便乗作なので『魔人ドラキュラ』でドラキュラ役を演じたベラ・ルゴシが妖術師を演じて『魔人ドラキュラ』同様に怪しげな眼力によって人を操るのだが、そのように人間の眼差しにはなにか得体の知れないマジックがあるようで、俺はかつて池袋の新文芸坐でルチオ・フルチのオールナイト上映から帰る時に通りすがりのブクロチンピラが同じくオールナイト上がりの男子学生と思しき客に「お前今見てただろコラ」と突然因縁をつけビンタしたり蹴ったりという凶行に出ている現場に出くわして横目で傍観していたことがあるが、人間の眼差しは時に他者の行動に影響を与えてしまうのであった。
というわけでそんな映画が『またヴィンセントは襲われる』。主人公のヴァンサンさん(ヴィンセントは英語読み)はとくに面白いところのない平々凡々なグラフィックデザイナー、なんとなく人をムカつかせるようなところもないでもないが別に悪い人というわけではないしこれまでの人生で他人から殺されそうになるぐらいの恨みを買ったこともない、はずであった。ところがそんなヴァンサンさんをある日悲劇が襲う。会社に来ていたインターンの学生が突然ノーパソでガッチガチにヴァンサンさんをぶん殴ったのだ。そしてそれからというもの、ヴァンサンさんと目が合った人々は誰も彼もが猛烈にヴァンサンさんがムカついてしまい、我を失ってヴァンサンさんをぶっ殺そうとするようになるのであった…。
もしも『ジョジョの奇妙な冒険』第六部に出てきたサバイバーのスタンドみたいな能力を突如として得てしまったら…と考えれば結構怖いお話のはずなのだが、怖いというよりも笑ってしまった。さっきまで普通の感じだった人がヴァンサンさんと目が合うや老若男女誰でも無表情な殺人マシーンに豹変しておもむろにそこらへんから凶器になりそうなものを拾い上げてヴァンサンさんに向かってくるのである。その演出が怖いぞ怖いぞと煽るものではなく黒沢清タイプの無造作なものなのでまるでシュールコント。いや、たしかにシチュエーションは怖いのだが、なんというかヴァンサンさんが実にイイ顔をしているというのもあってね…ミスター・ビーンとイライジャ・ウッドをモーフィングしたような顔というか、そういう顔の人が目をカッと見開いて殺人マシーンから全力ダッシュで逃げるものだから、つい笑っちゃうんだよ。
それは何も演出の狙いが外れているということではなくて、むしろ作り手の狙いにこちらがしっかりとハマっているということだろう。昔のテレビ番組のこんな一場面をみなさんは覚えておられるであろうか。それはドッキリ番組のものなのだが、ドッキリされる一般人が何も知らずに住宅街かなんかの道を一人で歩いてくると、道の先の曲がり角から「逃げろー!」と叫んでこちらに走ってくる人が現れ、次いで何十人ものドッキリ仕掛け人がドッキリされる人に向かって走ってくると、ドッキリされる人は突然のことにめちゃめちゃびっくりして全力ダッシュで逃げ出すのである。これは冷静に考えれば恐怖のシチュエーションだが、ドッキリされる人の尋常ではない慌てっぷりは見ていると思わず笑ってしまう。恐怖と表裏一体のそうしたおかしみをこの映画はおそらく狙ってやっている。というのも、まぁ結構後半のシーンだから詳細は伏せておくが、このドッキリみたいな感じになるシーンが出てくるんである。そこはもう大笑いしちゃったな。みんなシャベルとかツルハシとか持ってヴァンサンさんを殺そうとしてる緊迫のシチュエーションなのに。
理由もなくある日突然世界が敵になる発想は筒井康隆の『おれに関する噂』なんかと似たものがあるかもしれない。序盤はまさにそういうテイストで、ブラックユーモアを交えた不条理劇が展開されるのだが、後半はなんかゾンビ映画みたいになってしまうのが残念というかもったいなく感じたところだった。そりゃあまぁゾンビ映画は好きだし、むしろ襲われる人が主人公限定の変則ゾンビ映画として楽しく観ていたようなところもあるのだが、ゾンビ映画はゾンビ映画でも変則ゾンビ映画からなんだかよくある感じのゾンビ映画になってしまうので、それだったら笑える不条理劇を最後まで貫いてほしかった。せっかく奇特な設定なわけですからねぇ。
という後半の失速感もあるし、いろいろと登場人物が出てくるわりにはそれが充分に活かされない、それに不条理劇なら気にならないがゾンビ映画となってしまうと…いや、目を合わせなきゃ襲われないんだったら普通にずっと俯いてるとか、サングラスをするとか、サングラス越しの直視もダメなら前方にザクみたいなカメラアイの付いたフルフェイスヘルメットみたいの被ってその中のモニターで外の世界を見るとかすればよくない? とかまぁ観ながら思ってしまうわな。俺なんかは日常的に人と視線を合わせずに会話をするタイプの人種なので、物語が進むにつれて(なんでコイツはそんなに他人の目を見ようとするんだ!)ともどかしく感じてしまったものであった。ここらへん、フランス映画ということでお国柄の違いなのかもしれない。フランス人はたとえ相手に殺されそうになっても日本人と違い相手の目を見て話そうとするのだ。何故かはよくわからないが…。
まそんな感じの映画なのだが、ヨルゴス・ランティモス作品の多くで脚本を手掛けたエフティミス・フィリップ風の笑える不条理劇としても、一風変わったゾンビ映画としても楽しめるものではあるし、そのジャンルの変容も一粒で二度おいしい的にお得と感じる人もいるかもしれない。荒削りなところはあるが総じて面白い変な映画でしたよ『またヴィンセントは襲われる』。面白いので今度アメリカでリメイクされるらしい。ヨーロッパの面白いホラー映画がアメリカでリメイクされてもっと面白くなったケースは俺の知る限りでは無いので期待はまったくないが、変なシチュエーションのホラーはフランス映画界よりアメリカ映画界の方が脚本作りが上手いので、もしかすると化ける可能性もないとまでは言えなくもないかもしれない。アメリカ版の完成と公開はいつか知らんが、このオリジナル版の『またヴィンセントは襲われる』は今年の5月10日に日本公開とのこと。