《推定睡眠時間:15分》
俺のブラムハウス製作ホラーに対する信頼度は岸田政権に対する支持率よりも低いのでもはや何の期待も(他のだいたいの映画と同じように)抱かずに観に行ったらつまらなくてムカついたので何の期待もしていないと言いつつ心のどこかではたとえわずかでもブラムハウスのホラー映画に面白さを期待していたらしいことにガッカリしてる。映画は悪くない。映画は悪くないのだ。ただつまらないだけで悪くないが、それを面白いかもしれないと思ってしまった俺が悪いのである。今後はブラムハウス映画を観るときにはもっと気を引き締めて路傍の石に「面白くないに決まってる!」と爪が剥がれるまで刻みつけてから血まみれで映画館に入ろうと思います。
何がつまらないって身も蓋もないのだがこれはでけぇプール付きの邸宅を買ったファミリーが怖い目(※怖くない)に遭うという話だがでけぇプール付きの邸宅を買った金持ちファミリーが主人公ということでまず誰が死んでも一向に構わないどころかどちらかと言えば積極的に死んでほしいのでいくらファミリーをプールの怪が襲ってもこんなものは怖くなりようがないではないか。ファミリーの母親は学校事務とかいう目立たない仕事をしているが父親の方は今は難病治療中だが復帰を夢見ている元大リーガーである。大リーガーは毎年10億ぐらい稼いでいるはずなので年収200万の俺がいくら難病で引退状態とはいえそんなやつに共感できるわけがないだろ。他のジャンルならともかくホラーというジャンルなら共感できない主人公が怖い目に遭ったところで観てるこっちが怖さを感じるのは難しい。
その怖い目というのも浅いコケオドシもといジャンプスケアであり、急にでかい音がしてビックリ! が9割である。じゃあ残りの1割はなんなのか。血とか内臓が爆裂噴射でもするのか。そんなわけはないだろ。これはブラムハウス製作の全年齢対象ホラーである。ジャンプスケア以外の恐怖描写の残り1割は排水溝から黒い水が出るとか目から黒い涙が出るとかであった。目から黒い涙…そういえば今のスタイルになる前の映画泥棒のCMはシャっとした感じの女の人が黒い涙を流すやつでしたよね。そんなもんが怖くてたまるか!!!
急に話が逸れるが俺はそのむかし自主映画の撮影で行った海で訳あって『浦安鉄筋家族』の春巻遭難回のごとく炎天下の浜辺で財布もない電話もない服もなくて海パン一丁という準遭難状態に陥り助けが来るまで泳いで待つかと深く考えずに海に入ったところそこは遊泳禁止のサーフゾーンでちょっと歩いたらガクンと水深が深くなり足がつかない。弱小部員とはいえ以前は水泳部だったので泳ぎはできるのだが離岸流というやつなのか急な足場の喪失に戸惑っていたらアッという間に岸から十メートルぐらい離れてしまい、そのとき俺の脳細胞には死の観念が充満した。とにかく頭が真っ白で何も考えられずひたすら泳いで岸に向かったところ無事着岸ということで事なきを得たが、あれは俺の人生史上もっとも死に近づいた瞬間だったと今でも震える。あの水死の恐怖がこの映画にはあっただろうか。いやない! プール題材のホラーなのに水死恐怖がぜんぜん描写できていなかった! そういうのはダメである。
でも本気で怖い映画は実はそもそも目指していないんじゃないかという気はした。これはいわゆるモダンホラーというやつであり、ファミリーを襲うプールの怪の正体は何かということは書かないが、ともかくそれは単に怖いだけのやつとかじゃなくてそれを通して家族愛とか人のありようが問われるとか、そのようなスティーヴン・キング調の物語であった。言わばホラーは副菜。主菜はこのファミリーの、とくにその元大リーガーで金持ちの父親のドラマなのである。
終盤の展開からすればこの映画を作ってる人はキング原作の『シャイニング』に影響を受けていることは間違いないし、水の恐怖のテーマでいえばアメリカでもリメイクされた中田秀夫の『仄暗い水の底から』の影響もあるんじゃないかと思われる。スタンリー・キューブリックが監督した映画版『シャイニング』からはその要素がずいぶんと削がれてしまったが原作版『シャイニング』はホラー小説というよりもホラーもある超能力ヒューマンドラマ。『仄暗い水の底から』もやはり本質的にはシングルマザーの不安を描いたヒューマンドラマであった。
マイク・フラナガンなど代表格だが、最近のアメリカではストレートなホラーよりもこうした本質的にはヒューマンドラマなホラー映画が流行ってるらしい。ホラーなんか人が無意味に死ぬだけでいいのに派としてはこれはガッカリな事態だが、とはいえマイク・フラナガンのホラー風ヒューマンドラマは全作が泣ける上にちゃんと怖いので、結局は何を作るかよりもどう作るかの方が大事なのかもしれない。その系譜の最新作という感じの『ナイトスイム』がダメなのはなんだかんだ言って恐怖描写が安いジャンプスケア9割という点じゃあないだろうか。もっとちゃんと怖い状況とか怖い演出とか怖い造型とかを作ってくれ。ホラー風味のヒューマンドラマとして観ればウェルメイドな出来で楽しめなくもないが(でも人物描写は類型的でなんの面白味もない)、そんなわけでホラー映画としてはまぁいつものブラムハウス映画ですねなのであった。