がんばればいきんまん映画『それいけ!アンパンマン ばいきんまんとえほんのルルン』感想文

《推定睡眠時間:2分》

こどもなんか映画に興味がないのが普通なのでいくらキッズ向けとはいえこの映画でも場内のキッズの半分くらいは始まっても画面なんか見ないのだがいざアンパンマン体操が始まるとパッと視線がスクリーンに釘付けとなりさっきまでは床に投げて遊んだりしてたミニタンバリン(お子様は入り口でもらえる)をしゃんしゃかと振って応援上映スタイルになったりするのだからさすがアンパンマン、キッズ向けコンテンツの圧倒的王者である。

さて開幕早々のアンパンマン体操でキッズのハートを鷲づかみにしたところで恒例のばいきんまん登場、いつものように(観てないから知らないが…)たべもの人間たちを襲いいつものように暴力解決上等のアンパンマンに殴られて地平線の彼方へ飛んでいくのであったが、くそーなんでいつも負けるのだおれさま悔しい! と秘密基地に帰って地団駄を踏んでいたところなぜかそこにばいきんまんがヒーロー役になった絵本が。なんでもその絵本の中の世界ではすいとるゾウという奇怪生物が森を枯らしたり森に住むホビット族を小さいゾウにしたりと暴れ回っているので、ホビット族の少女ルルンはとても困っているのだという。ルルンが助けを求めたのは伝説にあるばいきんまん。ホビットたちが困った時には正義のヒーローばいきんまんが助けに来てくれるというが…ばいきんまんが絵本をそこまで読んだところでアラ不思議、絵本が驚きの吸引力を発揮してばいきんまんを呑み込んだではあーりませんか。はたして絵本の世界に吸い込まれたばいきんまんはその世界でヒーローになることができるのだろうか…。

なかなか面白かったのだがおとなの俺がおもしろいということはキッズにとってはすこしむずかしいということだったのかもしれない。ばいきんまんが主役と聞けばおとなの俺は心躍るがキッズたちは画面の中でばいきんまんが孤軍奮闘しているのに容赦なく保護者に「アンパンマンまだ?」と不満顔で訊ね、画面の中ではばいきんまんがすいとるゾウと必死に闘っているのに「おうちかえる! おうちかえる!」とぐずったりしていた。やはりばいきんまんはばいきんまん、『アンパンマン』主要観客のキッズにとってあくまでもアンパンマンにぶん殴られる役でしかないのだ。『ダイ・ハード』をマクレーンに残虐に殺される強盗団のメンバーの方に感情移入しながら観る俺としてはちょっと泣けてくる現実であった。

しかしキッズに今回の『アンパンマン』が不評だったのは必ずしもばいきんまんがそんな好きじゃないという理由ではないらしかった。映画が終わってある保護者が自前のチルドレンに感想を聞くとチルドレン「こわかった…」。同種の感想はSNSでもチラホラ目にしていたが、やはりそうなのか。今回の敵すいとるゾウはまず見た目がすっかり大人に成長したはずの俺の目から見ても若干不気味であり(感情のない目がこわい)、それに加えてでかい、そしてやたらと強い。いや、本当に強いのだ。最初ばいきんまんがDIYメカで闘ってそれが負けるのはわかるが応援に駆けつけたアンパンマン勢も次々とすいとるゾウにやられて子ゾウになりカレーパンマンとか食パンマンとかお前ら何のために来たんだという無力っぷりで、頼みの綱のアンパンマンさえも子ゾウにされてアンパオーンとか言うようになる始末。どうせキッズ向けコンテンツだからアンパンマンが来りゃすぐなんとかなるんだろと大人の余裕で映画を観ていた俺さえ意表を突かれて本当に勝てるのかと心配になってしまったほどだ。

幼稚園ぐらいの頃だろうか。むかし、『ゴーストバスターズ』に出てくるマシュマロマンがとにかく恐かったことを思い出す。あのアニマトロニクスによる空虚な笑顔、ウボァァァという異形の鳴き声、そしてデカさ。今ではリブート版などでマスコットキャラ的な扱いを受けているが、『ゴーストバスターズ』一作目のマシュマロマンは今でも不気味だと思っている。だから今回の『アンパンマン』ですいとるゾウの恐怖を目の当たりにしたキッズが「おうちかえる! おうちかえる!」と恐慌を来したとしても無理はない。マシュマロマンはゴーストバスターズにわりかし単純に退治されるが、すいとるゾウはばいきんまんのみならずアンパンマンをも一度はやっつけてしまうのである。こうなればもはや絶望しかない。

しかし幼稚園の時分にマシュマロマンをあんなに恐れていた俺も今やホラー中毒者なので、おそらく今回の映画アンパンマンはシリーズでも異色のホラー編と言えるかもしれないが(ホラーマンも「ホラーですネェ」と言っていた)、この大人の味わいがむしろたまらないという特殊性癖キッズもアンパンマンの広範なキッズ視聴者の中にはいることだろう。まぁたまにはこういうアンパンマイノリティ向けの異色作があってもいいんじゃないでしょうか。

俺としてはそうですねとにかく今回はばいきんまんが頑張るからね。決して良いヤツになんかなったりしないんですよ。ばいきんまん自分勝手で自分のためにしか動かない。すいとるゾウと闘うのだってルルンのためじゃなくてすいとるゾウに負けて悔しかったからなのだ。まずそのキャラ設定のブレなさが良いのだが、でも泣き虫で弱音ばかりのルルンと行動を共にしているうちに少しだけ保護者意識が芽生えてくる。その関係性が絶妙だったね。

ばいきんまんが大工さん化していやに解像度の高い手作りロボ制作(木材一本一本にかんなをかける丁寧な職人仕事)を行っているとルルンも勝手に手伝う。最初は邪魔だどけ! とすげないばいきんまんだったが、何度怒ってもルルンは勝手に手伝おうとするので、次第にばいきんまんもルルンを認め、やがて二人で共に対すいとるゾウロボを完成させるのだ。言葉はない。スキンシップもない。ただただ一緒にロボを作る。その中で芽生える絆。作業中の事故で木材の下敷きになりそうになったルルンをばいきんまんが咄嗟に身を挺して守った時には不覚にもグッときてしまった。

ばいきんまんは所詮ばいきんまんに過ぎない。いくら取り繕おうとも一生薬用石鹸で除菌すべき存在だ。だが、そんなばいきんまんにも守りたい人がいる。だからすいとるゾウに負けてこのままではルルンも子ゾウにされてしまうと思った時に、ばいきんまんはプライドなど秒で捨て、いや、そんな葛藤などそもそもなく、ルルンに叫ぶのだ。「アンパンマンを呼べ!!!」実に泣ける話である。

きっと多くのキッズにこの良さはちょっと早いだろう。だが何年か経ってから何の気なしに再見してみれば、そのときにはばいきんまんの思いがけないハードボイルドマインドにヤラれてしまうかもしれない。映画『アンパンマン』の異色作にして、きっとごく少数のチャイルドにとっては心の一本になる映画が、今回の『それいけ!アンパンマン ばいきんまんとえほんのルルン』だろう。それにしてもすいとるゾウ、ほんとに強すぎるだろ…なんなんアイツ…。

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