《推定睡眠時間:0分》
主人公のスタントアクターを演じるのが『ドライヴ』でスタントアクターの役だったライアン・ゴズリングという時点で内輪ジョークなのだがその後も走り方が変でスタントダブルに対する要求が無駄に多いアクションスターのトムというキャラが出てきたり豪快というか無神経というかな女傑プロデューサーのゲイルというのが出てきたりして後者はおそらく『ターミネーター』や『アルマゲドン』のプロデューサーを務めたゲイル・アン・ハードが元ネタ、前者はやはりトム・クルーズのパロディでしょうというハリウッド内幕映画っぷり。この(劇中の)トムという役者は物語の鍵を握るカス人物であるからわざわざ「トム・クルーズじゃあるまいし」みたいな台詞を入れてこの映画に出てくるカスなトムはあのトム様とは別人ですよ~と予防線を張っていると思われ、なにやらスタントアクター出身の監督デヴィッド・リーチの表にはあまり出せないハリウッドでのあんな嫌な経験こんな嫌な経験が反映されている風に見えないとも言えなくも、ない!
映画を作る映画は大抵おもしろいのでこれもおもしろい映画であった。いろいろあって一線を引いた主人公のスタントアクターだったが現役時代に好きだった助監督がついにハリウッド超大作の監督に抜擢されしかも自分がその現場に呼ばれたってんで有頂天、一路撮影地オーストラリアへ。そこで撮影されている例の超大作はストーリーが『スターウォーズ』で美術が『マッドマックス 怒りのデス・ロード』で色調や景観はヴィルヌーヴ版『デューン』なので笑ってしまうが、それはさておき実は主人公を呼んだのは監督じゃなくてプロデューサーのゲイルさん。例の超大作は主役がトムなのだが、トムは奔放な性格なので撮影中にもかかわらず姿を消してしまったらしい。昼は大好きな監督の演出でスタントアクターとしてハードな撮影をこなしつつ夜はゲイルさんの依頼でトムを探し回るいそがしい主人公。そうこうしているうちに主人公はなにやら陰謀めいたものに巻き込まれていくのであった…。
パロディネタや楽屋落ちネタ満載のハリウッド内幕もの的な映画撮影パートとハードボイルド風ミステリー&スタントアクションのパートが1本の映画で楽しめるお買い得セット的なこの映画を観ていると返還前の香港アクション映画を思い出す。香港アクション映画といえば兎にも角にも見せ場至上主義が特色であり、ストーリーの辻褄とか伏線がどうとかそんなもんはどうでもいいからとにかくカンフーをして銃撃戦をしてやたら物をぶっ壊して観客の目を楽しませる。その場その場で面白ければなんでもいいのでギャグもパロディも常に過積載だ。その感じがこの映画にもあったよ。主人公がトムの邸宅に侵入すると突然カタナを手にした女戦士が襲いかかってきて結構長い戦いを繰り広げるのだが実はこのシーンにはマジでなんの意味がなかったと後に判明するあたりなんか実に香港映画っぽいな~と思う。
スタントアクターものの映画というと今年はあのジャッキー・チェン主演の中国スタントアクター映画『ライド・オン』も公開されたが、監督インタビューからするとどうもその着想源になったらしいのが『龍虎武師 カンフースタントマン』という香港アクション映画界を支えた命知らずのスタントアクターたちのドキュメンタリー映画。この『龍虎武師』を観ると香港アクション映画というのは決してカンフー映画スターだけではなくスターとスタントアクターが二人三脚で作り上げてきたものなのだな~とかしみじみしてしまうのだが、映画的にどうこうというよりもスタントアクターの見せ場を作るためだけに用意されたような『フォールガイ』の派手な落下スタントやカークラッシュや殺陣等々を観ていると、これもまた命がけでアクション映画を作るスタントアクターを讃えるための映画なのだなぁと思え、なんだかほっこりさせられてしまう。
それは良いところでもあるのだが悪いところでもあって、そのへんもまた香港映画っぽいところなのかもしれないが、スタントアクターの見せ場を作ることに腐心あするあまりシーンの取捨選択はうまく出来ていないし、ストーリーは良く言えば王道だが悪く言えば無味乾燥ともいえる。スターの影でがんばってきたのに身体が使えなくなったらハリウッドからもスターからもポイ捨てされてしまうスタントアクター(たち)の逆襲というコンセプトならシナリオも演出ももっと盛り上げることもできたと思うのだが、どうもそこらへん軽い味付けのせいで迫真性を欠いているのもあるし、全体的にメリハリがないので個々のシーンは面白いのに終盤で盛り上がるに盛り上がれない。これはデヴィッド・リーチの前作『ブレット・トレイン』もそうだったのでこの人の手癖みたいなもんなんだろう。
でも概ね同じような作りになってても香港アクション映画は常にアツいしどんなに脚本や演出が稚拙でも最後は盛り上がる。じゃあその違いはなんなんだといえば、おそらくはアクションの思想の違いなんじゃないだろうか。香港アクション映画のスタントアクターたちは今も昔も技を観客に見せる傾向にあるというのはたった今おもいついた俺のざっくり印象である。対してハリウッドのスタントアクターたちは、というよりもスタントアクターを使う演出陣がなのかもしれないが、個々のスタントアクターの技ではなくスタントアクターの作り出す風景を観客に見せる。
ドニー・イェンが『ブレイド2』に参加した時の話が『龍虎武師』に出てきてたいへん興味深かったのだが、ドニーの擬斗を撮った監督のギレルモ・デル・トロが「すごいアクションシーンができたよ!」とニコニコ顔で持ってきた映像をドニーが観たら、それは何台ものカメラで撮った擬斗(ハリウッドでは一つのシーンでカメラを数台同時に回して撮るのが慣例)を細かくカットを割って繋いだもので、ドニーはこれにムカついたのだという。こんなに細かくカットを割ってしまったらせっかくの俺の技のすごさがわからないじゃないか! たしかに、香港アクション映画は擬斗のカットを割ったりしないで一台撮影の長回しでじっくり見せる。これはハリウッドみたいに何台ものカメラを同時に回せるような大量のお金がないという身も蓋もない事情もめちゃくちゃあるとはいえ、アクターの技をハリウッドよりも尊重しているということでもあるんじゃないだろうか。
スタントアクターの腕の見せ所が満載のわりに『フォールガイ』には香港アクション映画のようなグッとくるアクションがほとんどない。その代わり派手なアクションがたくさんあるし洗練されたユーモアもたくさんあるのでずっと楽しい。まぁそんなところか。香港アクション映画がC級予算のA級魂なら、『フォールガイ』はA級予算のC級魂というか、みんなが楽しんでくれたらそれでいいぜ! みたいな肩の力の抜けたところがある。どちらがより良いかは好みとかその日の気分で変わってくるので良いとか悪いとかの話じゃあなく、ハリウッドのアクション映画とはこういうもの、というのがよくわかる『フォールガイ』なのであった。
※ハリウッドのスタントアクター映画としては『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』も必見作(決してアフィリエイト誘導じゃないぞ! リンク先はアマゾンだが…)