脳みそデトックス映画『至福のレストラン 三つ星トロワグロ』感想文

《推定睡眠時間:15分》

トロワグロというのはフランスの僻地にポツンと建っている完全予約制の高級レストランなのだがなんでもここがすごいらしく55年ものあいだミシュラン三つ星に輝く名店中の名店ということでいったいお値段がおいくら万億円なのかは知らないがとにかく俺のような貧民には一生かかっても行くことができないことは明白なところらしい。この世でいちばんうまい飲み物はマウンテンデューでいちばんうまい食べ物はミニストップのバニラソフトクリームなので行けなくてもまったく困ることはないが、しかしそんなにすごい金持ちの巣窟とくればやはりいったい中でどんな超お金持ちにしか許されない食が供されているのか…生きた人間の皮膚を剥がしてパリパリにして食べるとかか? とにかく興味は尽きないわけだが、その美食空間に米国ドキュメンタリー界の巨匠フレデリック・ワイズマン(94)が潜入した。果たしてそこでワイズマンが見たものとは…!

すごく普通のお仕事風景であった。超高級店といってもトロワグロはゴージャス体験よりもリラックス体験をお客様に提供しているらしいお店。内装はもちろん拘り抜かれてはいるだろうとしても素朴な味わいを残し、そこで働く人々もまた各々プロフェッショナルではあるだろうが肩肘張ったところがなく、超高級店だからといって特別な超ルールなどがあるわけでは見た感じない。というかどちらかといえば逆に上下関係のゆるい和気藹々とした感じで、ちょっと拍子抜けだがちょっと安心である。トロワグロで働く人たちがこれぐらいの感じなら明らかにそれよりも薄給のわれわれが心魂傾けてお仕事で身をすり減らす必要などないだろう。ありがたい映画である。

まぁやってることとしてはそんな感じでいつものワイズマン・ドキュメンタリーと変わらない。調理、接客、食材選び、会議…とトロワグロの日常を様々な角度から捉える。いやでも4時間あるわりにはトロワグロのお仕事を全部撮るみたいな作りでもなかったな。このお店はホテルも併設しているとはいえ最高のサービスを提供するためにか客席は十数席ほどのわりあい小さなお店であり、撮ろうと思えばたとえば清掃のシーンとか業者の搬入シーンとかかなり細かい部分まで撮れると思うし、おそらく撮ってはいると思うのだが、完成品にはほとんど入っていない。

レストランだし超高級店だしということか、やはり主眼はお料理であった。いろんなお料理を厨房で作るシーン、それからいろんな食材を買い付けに行くシーンが長い。そこだけで2時間分ぐらいはあったんじゃないかと思うが、とくにお料理のシーンなどこれがこうなってこうなってこうじゃ! と素材が料理へと変貌していく過程が素直に楽しいので飽きずに観れてしまう。俺はワイズマンのドキュメンタリーのこういうところが好きだよ。なにせ考えなくていいからな。ショットのキレの良さもあって画面をぼーっと眺めているだけで楽しいというのは、もしかすると乳幼児向け番組に近いのかもしれない。

若い頃はもっぱら身近で地味なお仕事や場所を通してアメリカ社会を捉えていたワイズマンは世紀が変わったぐらいからアメリカではなくヨーロッパでドキュメンタリーを撮るようになり、その対象も社会から文化へと微妙にズレる。『パリ・オペラ座のすべて』『クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち』『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』など、いま日本で配信とかDVDとかで観ることのできるワイズマン映画というのはほとんどがこの時期のもので、『至福のレストラン 三つ星トロワグロ』もそうしたワイズマンのヨーロッパ文化ものの最新作といっていい。

社会から文化へという関心の変化はこの映画の終盤にもよく表れていたように思う。トロワグロの撮影時のオーナーシェフはとっても気さくで話し好きな人、この人がお客に料理の話をしているところをカメラは捉えるのだが、とにかくその話がやたらと長い、あまりにも長い。決して嫌な話ではない。むしろユーモラスで面白い話かもしれない。しかしそれにしても長すぎる。お客の目の前に料理が来ているのにこの人ときたらまったく気にすることなく10分くらい話し続けるので最初は料理に手をつけずに待っていたお客もついにしびれを切らして話を聞きながら食べ始めてしまう。これには笑ってしまったが、こんなのんびりした時間がこのお店の魅力でもあるんだろうな。

そんな光景を観ているとこっちまでなんとなくデトックスできていいのだが、ただ個人的にワイズマンの映画はやはりアメリカ社会を描いてこそだよなぁとか、脳みそを弛緩させながら逆説的に思ってしまった。権利的な問題からかワイズマンの20世紀のドキュメンタリーは今の日本ではほとんど観る機会がないのだが、初期のワイズマン映画のアメリカ社会の実相に切り込む角度の鋭さと冷徹な映像の迫力ときたら凄まじいものがあり、こんなふうにぬるま湯感覚で観ることなどとてもできない。『至福のレストラン 三つ星トロワグロ』はあえてぬるま湯感覚を出そうとしている映画だろうからこれで良いと思うのだが、まぁ、しかし、それとは別に、ワイズマン初期~中期の作品群もどうにか気軽に観られるようになってほしいところ。どこかしらお願いします。俺のオススメはちなみに『霊長類』『臨死』『法と秩序』『高校』『病院』『基礎訓練』『適応と仕事』『視覚障害』『肉』『パナマ運河地帯』それからあと…っていうか全部だ!

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