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愛と信頼のウィキペディアを見るとこの映画でファン・ジョンミンが演じているヴィランのチョン・ドゥファンは2021年末に病気で死んでいるらしい。製作が2023年なのでドゥファンの死を受けて企画されたのがこの『ソウルの春』であると見てまぁ間違いはないだろう。最近ほかにも有名な政治家かなんかが死んだ直後にそいつを批判的に捉えた映画が公開されたようなされてないような気がするのだがなんだっただろうか。思いついた人はコメントで正解を出せば先着で俺の思念がいきます。中身は愛とか勇気。
さてみなさん粛軍クーデターですよ! あの韓国の1979年12月12日粛軍クーデターがついに映画化! うんまったく知らない! そうか…韓国では比較的つい最近こんなことが起きていたのだなぁ。事の発端は『KCIA 南山の部長たち』で描かれたパク・チョンヒ大統領暗殺事件。その後大統領はチェ・ギュハという人が引き継ぎあこれ全部ウィキペディアの雑情報を基に書いてるのでほぼ信用しないで話半分ならぬハナ半分で読んでくださいハナ会だけにね! ハハハ!
それでチェ・ギュハは積極的な革新派というわけではなくても折りからの民主化要求には強硬保守のパク・チョンヒと違って親和的な態度を取っていたので韓国国民の間では民主化の機運が高まった。これが光州事件で終息を迎えるソウルの春の芽生え。このまま行けば韓国も悲願の民主化か…と思われたが、そう簡単に軍政を終わらせてなるものかと立ち上がったのがチョンヒ路線を引き継がんとせん軍人のチョン・ドゥファン(ファン・ジョンミン)とノ・テウ(パク・ヘジュン)を中心とする軍内部の秘密結社ハナ会であった。ちなみにこの映画では事実に基づくフィクションということで登場人物の名前はすべて微妙に変えてある(めんどくさいからここでは映画の役名ではなく実名で統一)
戒厳司令官チョン・スンファ(イ・ソンミン)はハナ会の解体を目論みドゥファンを閑職に回そうとするが、それに反発したハナ会はスンファにチョンヒ暗殺共犯の嫌疑をかける。時の大統領ギュハは軍出身者ではなかったため軍人コネクションがなく軍を掌握できていなかったというのも重なり、かくしてハナ会とその賛同者たちによる粛軍クーデターが勃発、首都警備司令官のチャン・テワン(チョン・ウソン)らは反乱許すまじと徹底抗戦に出るのであった。
近年の韓国娯楽映画はとにかくどんでん返しどんでん返しどんでん返しの連続で見せ場がひたすら続くのでアドレバリンドバドバでずっと面白く、この『ソウルの春』もなにせ軍内部の出来事とはいえクーデターだから状況が分単位でひっくり返って反乱軍と正規軍のどっちが勝つかわからない(知ってる人ならわかってしまうだろうが)。あぁ負けた、あぁ勝った、あぁ失敗、あぁ成功、あぁ裏切り、また裏切り…とそんなものが面白くないわけがない。韓国映画だしミリタリー周りの描写も本格的でアツいことこの上なし。ファン・ジョンミンのバカなのか老獪なのかよくわからない怪物感もさすがである。
しかし思うのだが、なんというかこういう映画を、あるいはこういう史観を、面白いからという理由でそのまま受け入れてしまうのはちょっと危ういんじゃないだろうか。というのは俺の中で二つ理由があり、一つはいくらチェ・ギュハが非軍人の穏健革新派だったとはいえ、これは正規の手順を踏んで選出された文民大統領ではなく、パク・チョンヒ暗殺という暴力によって大統領代行→大統領となったわけだから、ギュハがチョンヒ暗殺に関わったわけではないとしても、結果的にある意味ではクーデター的な民主化(風味)だったわけである。
人により革命観はさまざまあろうが暴力によって奪取され正当化された権力はいずれ暴力によって覆されるというのが俺の持論で、その点では気に食わない反動エリートのハンナ・アーレントが『革命について』でめちゃくちゃフランス革命を貶しているのも全面的には賛同しないがまぁでもそういうところ(革命後のロベスピエール恐怖政治)あるよな暴力革命には…とか思うし、今のウクライナ戦争を見ていても発端はユーロ・マイダン革命にあるわけで、パク・チョンヒ暗殺という暴力によってソウルの春が開花し仮に民主化が果たされていたとしても、いずれそれは軍部によって暴力的に覆されたんじゃないかと思うのだ。なにせ軍部には「お前らも暴力で権力取っただろ? じゃ俺らが暴力で取って何が悪いのさ?」という理屈があるわけだから(その理屈を与えないために、民主化は非暴力によって果たされなければいけないのだ)
でもう一つの理由というのは劇中で反乱軍のハナ会はもっぱら私利私欲で動く臆病なろくでなしどもで対する正規軍の面々はチョン・ウソンを筆頭に国に忠誠を尽くす真面目な愛国者として描かれて、観る人は普通に考えればチョン・ウソンの方に肩入れすると思われるのだが、これは国よりも私利私欲を取る売国奴と私利私欲を捨てて国に滅私奉公する愛国者という、一見リベラルに見えてその実とてもわかりやすく右翼的・ナショナリスティックな敵対構図と世界観を持っている映画なわけである。
もしもあのとき民主化が果たされていればというたらればの歴史修正願望を愛国者の軍人をヒーローに見立てて描くこの映画は、俺からすれば多くのハリウッド製アクション映画(『トップガン』とか)と同じようにだいぶ保守臭が強く感じられた。よくこういう韓国現代史ものの映画に対して「韓国は自国の暗部を映画化できてすごい!」と賞賛する声が上がるが、自国の暗部というのは普通観る人が目を背けたくなるものであって、観る人が喜んでエキサイティングしてしまうこの映画は、元から光州事件の主犯といえるチョン・スンファの韓国内での評価は低いというのもあり、自国の暗部を見つめて反省しようとか先に進もうとかそういうものではなく、むしろポピュリズムに根ざしたタブロイド趣味の映画なんじゃないだろうか(そしてタブロイドというのは、その読者たる大衆は常に心情保守なので、必ず根本的には保守なのだ)
まぁ相当脚色も入ってるようだし、こういうのは過度に重く受け止めることなく、あくまでも面白い娯楽映画として観るのが正解なんだろうな。ちなみに劇中の描写からすればその後拷問を受けたりして獄中死を遂げたのだろうと想像できてしまうチャン・テワンは、実際には粛軍クーデターの翌年降格されて釈放、なんだかんだ2年間の自宅軟禁の憂き目に遭うも、その後1982年には会社経営に乗り出して上手くいったりしたらしい。
※実際にはどうだったか知らないがこの映画の中のソウルには粉雪が舞っていた。そういえば二・二六事件の時も東京に雪が降っていたというし、それを下敷きにしたと思しき『機動警察パトレイバー2 the Movie』でもやはり東京に雪が降っていた。ロシアがウクライナの首都キーウに侵攻したのも2022年の2月だからキーウに雪が降っていたかもしれないし、なにかこう、首都に雪が降ると軍人はワクワクして暴れたくなるのだろうか…。