物流の世界はたいへん映画『ラストマイル』感想文

《推定睡眠時間:0分》

いろんなものが連動して動いているのを見るのが子供の頃から大好きなので某アマゾンをネタにした巨大物流倉庫でガッシャンゴッションと機械と人間が動き回っているその風景ときたら楽しさ爆発でこんな風景をずっと観ていたいなぁと思うがこれはフレデリック・ワイズマンのドキュメンタリーとかではないので巨大物流倉庫のメカニズム描写にはそこまで時間が割かれず当たり前だが映画はこの倉庫から出荷されたらしい荷物に混入した爆弾を巡るサスペンス&ミステリーへと移っていくのであった。

さて、この映画を観てみんなどう思ったであろうか。えーとそうねと考え始めたところでその思考をガン無視して俺の考えを身勝手に書き散らすと(だって俺のブログだからな!)面白かったけどテレビドラマのスペシャル版の面白さだなって感じでキャラクターを共有する監督・塚原あゆ子×脚本・野木亜紀子の『MIU 404』『アンナチュラル』を観ていないのもあってそこまでグッと来たりはしなかった。

大抵ミステリー系のテレビドラマはその状況設定を受け入れられるかどうかに楽しめるか否かの半分ぐらいはかかっているんじゃないかと思うが、そこでノれないとまでは言わずともそういう設定かーぐらいな感じになってしまったのは大きいかもしれない。誰でも出来る系の底職はまぁまぁやってきたというか現役ウーバーイーツ配達員かつオフィス清掃員なので現在も底職続行中の俺からすると、こう言えば身も蓋もないのだが、外部からの危険物持ち込み不可能なはずの巨大物流倉庫にどうやって爆弾が持ち込まれたのか…というのは、実際どうかは知らないがあまりリアリティの感じられるものではなかったのだ。

たとえばみなさんが朝会社に出社すると掃除なんかしてないはずなのに不思議とオフィスやトイレはキレイになって前の日に入れといたゴミはどこかへ消えているという摩訶不思議な現象が起こっているはずだが、これはみなさんの目には見えないわれわれ透明人間の清掃員が妖精さんのようにこっそりとオフィスに入ってお掃除をしているからなわけである。自分の部屋は自分で掃除しないとすぐゴミとホコリでいっぱいになっちゃうのにその部屋の入ってるマンションの廊下とかエレベーターにはなぜかそういうことは起こっていないはずだが、これもびっくりするであろうがわれわれ透明人間の(略)

そういう仕事をしながら俺はよく夢想したものであった。もしも清掃員たちがひそかに反社会秘密結社を立ち上げていつも入ってる会社からデータを盗んだりマンションから住民の個人情報を盗んだりしようと思えば、あるいはそこに爆弾なんか仕掛けようと思えば、あまりにも簡単ではあるまいか。清掃員とかああいう職業の会社は人なんか選べる余裕がないし履歴書だってろくに見やしない。仮に偽造身分証かなんか使って偽名で清掃員になったところでいったい誰が気付くだろうか。『ラストマイル』を観てまず思ったのはそこだった。危険物持ち込み不可のはずの巨大物流倉庫というが、そんなもん犯人が警備員一人とか買収すればいくらでも持ち込めるだろうし、警備員の安全性チェックなんかどこの会社もいちいちしたりしないんだから、別に難しい話でもないだろう。

だから俺はこの映画をそういう設定のサスペンスとかミステリーとした観た。現実社会にすごく肉薄したとかそういうものではなく…群像劇スタイルで物流業界の多層構造とメカニズムを描いてはいるけれどリアリズムのタッチではなく、あくまでも誰もが安心して観られる図式的な娯楽テレビドラマの範疇で、それ以上には行かない。それでいて観るとちょっと勉強になったり啓蒙されたりするのだからありがたい話で、なるほど映画が総合芸術ならテレビドラマというのは総合娯楽なのだなとか思う。

総合娯楽としてのテレビドラマに観客を不快にさせることなどあってはならないので、この映画には随所に観客を不快にさせないための仕掛けが見られる。たとえば連続爆破事件の被害者と被害の程度を画面に映さないのはそのひとつで、映画の主人公は爆弾を出荷した巨大物流倉庫の新任センター長なのだが、最初は自分の責任を徹底回避して爆弾事件の捜査を行う警察の妨害すら平然と行う反社会人間であるこの人が徐々に改心して最終的にはヒーロー的なポジションになる展開のために、おそらくこうした選択が必要だったんだろう。

画面に(黒焦げ死体以外の)被害者が映らないので観客は主人公に感情移入したりすることもできるだろうが、はたして画面に爆弾被害者の、とくに重傷者がはっきりと映っていたなら、観客はためらいなく主人公に感情移入してその行動を素直に応援することができるだろうか? 改心したといってもなんだかんだ最後まで決して被害者を見舞ったりせず謝罪したりもしないこの主人公が正しい人間だと本当に思えるだろうか?

コンビニ夜勤等々接客業バイト経験の長い俺としてはエアコンの効いた安全なオフィスであーだこーだ呑気に身の上話とかしてるホワイトカラーな主人公たちを眺めながら(でも画面には映らないところでじゃ営業の人とかが病院の被害者に謝罪しに行って一生治らない後遺症が残ったんですよどうしてくれるんですかとか家族に泣きながら詰められてすいませんすいませんとひたすら謝って死にたくなってるんだろうなぁ)とか思ってしまうのだったが、そういうことを考えたら気持ちよく映画が観られなくなっちまうってんで、この映画にはそのような本当の意味で「考えさせる」シーンは出てこず、「考えさせられる」ような気がするシーンだけが出てくるのである。

巧みな映画だなぁと思う。事件の責任が下から上へ上へと転嫁されて最終的にアメリカが悪いという感じにしつつ日本のものづくり賛歌を同時に見せるあたりもまったく巧み、野木亜紀子はというか、日本の人気テレビドラマ脚本家なんか全員そうだと俺は思っているが、日本はもとよりどこの国でも大衆は常に無意識的な心情保守であることがよくわかっているのだ。このへんは『七つの会議』とか池井戸潤作品にも通じるところかもしれない。

こうしたテレビドラマ性は監督の塚原あゆ子もおそらく充分に意識しており、塚原あゆ子といえば俺の中では『わたしの幸せな結婚』で見事な伝奇アクション世界を作り上げた人なのだが、この『ラストマイル』には『わた婚』で見せたような陰影の深い画作りやじっくり間を取った演出といった映画的な要素はあまり見られず、その代わりにパッと見てそのシーンの場所はどこか、そこにいるキャラクターは誰か、そのキャラクターが何をしているのかとったことがわかる、テレビドラマ的なわかりやすさが前面に出ていたように思う。これは良いところでもあれば悪いところでもあるかもしれないが、まぁでも元々テレビドラマの派生企画の映画なわけだから別に間違いではなんだろう。この脚本ならこの演出、というわけである。

あとテレビドラマっていうとやっぱキャラクターが命みたいなところあるんでこれもキャラクター面白かったすね。『MIU』とか『アンナチュ』組はよくわからんがこの映画オリジナルと思われる警察の二人組、酒向芳と大倉孝二の噛み合わないコンビっぷりが良くてねぇ。オヤジ刑事の酒向芳が物流倉庫のデカさを見て「どんだけぇ!」と言うも大倉孝二に無視されて「どんだけぇ…デカいんだこの倉庫は!」とか取り繕うところ笑っちゃった。あと火野正平と宇野祥平が委託配送ドライバー親子の設定とかそんなのはズルいでしょー。この2人が配達しながらわちゃわちゃしたり愚痴をこぼしたりするだけのスピンオフ5分ドラマとか観たいよね。宇野祥平の弁当に入ってるシュウマイ見た火野正平がそれ勝手に1個食おうとして宇野祥平に自分で買えよーって言われるみたいな。で火野正平がお前ねそんなだから嫁さんに逃げられるんだよとか理不尽な説教するの。

まそんな感じか。キャラクターは面白いしいろんなお仕事が社会科見学できるのもタメになる、展開はテレビドラマの作りだから映画的な大きなうねりがない代わりに小刻みに見せ場があって飽きることがなく、最後は勧善懲悪でスッキリしつつうーん自分たちもアメリカ式のグローバル流通システムについてちょっと考えなきゃナァと適度な教訓も与えてくれるってなわけで優良娯楽には違いないが、テレビドラマとして優良娯楽なのであって映画としてそう優れたものではないみたいな、そんな『ラストマイル』なのであった。面白かったが俺はやっぱり『新幹線大爆破』とかの現場の人間の苦労が画面からむんむんと滲み出る爆弾映画の方が好き。

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