人生の痛みと光の映画『ぼくのお日さま』感想文

《推定睡眠時間:0分》

最近邦画界隈で流行ってるぽいスタンダードサイズでこの映画も撮られているがと書いたところでその具体例がパッと出てこないので人間というのはいい加減なもんである。『悪は存在しない』はスタンダードでしたっけ? 『こちらあみ子』はスタンダードのようでビスタだったような。完璧なる余談ですが最近映画における画面の形を画角と呼んでいる人がSNSで多く見受けられるんですがこれは誤りで、画面の形(横と縦の比が4:3の正方形に近いものとか16:9の横長のものとか)は正しくはアスペクト比という。画角というのはカメラのレンズが光(画像)を取り込む角度のことで、広角レンズは画角が広い、望遠レンズは画角が狭い、ということになる。以上今日の無駄知識のコーナーでした。へぇへぇへぇ~(タモリは押さない)

そんなことはどうでもいいが16:9が標準のこのご時世あえて映画でスタンダードサイズを選択する意図を考えると、おそらく画面に余分なものを入れないでキッチリ整った画を作りたいとか、観客に世界の狭さを感じさせたいとかそういうものがあるっぽい。『ぼくのお日さま』は明示されないものの現代よりもちょっと前(スマホはないがケータイはあるのでゼロ年代はじめぐらいかもしれない)の時代設定らしく、舞台は北海道の雪深い町っていうか村ぐらいの規模のところ。そこに暮らす小学6年生の主人公は吃音持ちでなんとなくクラスに馴染めず…ということで、テアトル系の映画館で何度も見たマナー予告のほんわか感に反して、実はけっこう閉塞感のある映画。その閉塞感にはスタンダードサイズのアスペクト比チョイスも貢献していたように思う。

めちゃくちゃ不満というわけではないけれどもなんとなく気の晴れない毎日を送っているのは主人公だけではなかった。少年野球のチームに所属している主人公は冬期は野球ができないため近くの屋内スケートリンクでアイスホッケーをやっている(※やらされているという方が近い)のだが、そのスケートリンクには一心不乱にフィギュアスケートの練習に励む中学生女子、そしてそのコーチの元フィギュアスケーターがいた。中学生女子もまた何がどうということもないようなのだが疎外感を感じているらしく、もしかするとフィギュアスケーターとしての自分の力量に限界を感じ始めて焦ったり失望したりもしてるのかもしれない。

最近こっちに引っ越してきたコーチの方は名の知られた元フィギュアスケーターということで周囲からはわりと尊敬の目で見られているし、恋人と仲睦まじく暮らして一見幸福に見えるが、この人はゲイであり、今に比べれば同性愛の理解の進んでいないゼロ年代はじめぐらい(たぶん)という時代設定を考えれば、やはり世間との壁を感じることもあるだろうし、それにまたフィギュアスケートの一線を引いて熱情のない日々を送っていることに空虚さを感じたりもしているらしい。

さてそんなどこか満たされない三人の人生が交差する。孤独を漂わせながら美しく氷上を舞う中学生女子を見て主人公一目惚れ、たぶん初恋。そんな主人公の姿を見て今の自分や教え子の中学生女子にはない初期衝動のようなものを感じたのか、コーチは彼にフィギュアスケートを教え、中学生女子とコンビを組ませようとする。ささやかだけれども充実した幸せな時を過ごす主人公とコーチ。だが中学生女子は秘かにコーチに恋心とも憧れともつかない感情を抱いており、三人の時間を楽しみつつも自分ではなく主人公ばかり目を掛けるコーチに嫉妬を覚えるところもあった。春が来れば雪は溶ける。一冬の三人の親密な時間は、こうして春が近づくと共に徐々に失われていくのであった。

普通「雪解け」というと和解のイメージだと思うが、雪解けに分散と別れのイメージを託しているのがちょっとこの映画の新鮮なところである。そういうのあるよね。なんつーのたとえば修学旅行でさ、旅館の部屋でいつもは話さない不良っぽいクラスメートと一緒になって、眠れない夜を共に過ごしながら妙に親密に話し込んじゃったりとか。でも修学旅行が終わっていつもの生活に戻るともう仲良くしないし話もしない。本来は交わらない人たちが環境によって偶然、一時だけ交わって親密な関係を築いてしまうその楽しさ、美しさ、儚さ、切なさ、痛さ。そういうものをこの映画はよく捉えていたと思う。

コーチ役の池松壮亮はリアルにスケートコーチに見えてしまう達者な滑りと演技で、あらためてこの人はとても演技派だなぁと感服。達者な滑りといえば女子中学生の中西希亜良も元々スケートをやってた人だそうで吹き替えなしのスケートシーンは衝撃的、そりゃ見る人が見ればこれがどの程度の滑りかなんてのはわかるでしょうが、普段スポーツを全然見ない俺の目にはオリンピック選手のように映ったのであった。ほかの登場人物もみんな実在感のある演技をしていて、画作りもビシッと決まっているし、これが細部まで気を配ったとても丹念に作られた映画であることがわかる。

人間なんてそんなもの、というどこか超然とした眼差しで人々の営みをつぶさに見つめるヨーロッパ映画的なスタイルは人によっては冷たさと映るかもしれないが、まぁでも人間なんてそんなものだからな実際。そんなものの人間たちに差し込むほんの一瞬のあたたかい光(そして何気ない残酷さ)を逃さず捉えた秀作と俺は思ったよ。

※ストーリーとか映画の作りは全然違うのだが雪深い町を舞台にしたヨーロッパ映画的な近年の邦画の秀作ということで『泳ぎすぎた夜』という映画を思い出したのでアフィリンクを貼っておきます(露骨に言うな!)

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