あまりにもスヤスヤ映画『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』感想文

《推定睡眠時間:80分》

世の中には希少種ながら観客を眠らせるために作られた映画というものが存在し具体的には睡眠コンサートのドキュメンタリー『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』とかソクーロフの『精神の声』とかなのだが(タルコフスキーはどうなんだとの声を幻聴で聞いたがタルコフスキー映画は単に表現が眠いだけで眠らせるためには作られていないとの説をわたしは支持します)その言ってみれば睡眠導入映画のハイパーニッチジャンルに今回新たに一作加わりそれがこれ『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』です。思わずアースの前にザを付けてしまいたくなるがアースは不可算名詞だから冠詞が付かないんだね。ドラえもんの英語がくしゅう本で学びました!

いや~、眠い! これは眠い! 眠いというかもう眠いという意識すらないね! 映画を観ているはずなのにあまりにも自然と眠ってしまっている! そしてびっくりする大きな音などまったくないため中途覚醒することなく最後までしっかり安眠である! 『精神の声』とかはめちゃくちゃ眠いのになんだかんだ戦争ドキュメンタリーだから途中銃声などがして起きてしまうが、こちらはそういうことは一切起こらないのだから、睡眠導入映画の新人にして脅威のエースと言えるだろう。ただし、『ソング・オブ・アース』が1時間34分であるのに対して『精神の声』のランタイムは6時間28分あるので、トータルの睡眠時間ではやはり睡眠導入映画界の王者『精神の声』に軍配が上がる。

さてそんな『ソング・オブ・アース』の気になる内容は。舞台はノルウェーのすげぇ僻地のフィヨルド、フィヨルドというのはたった今Google検索して調べたところによると氷河の侵食によって形成された湾とあるが、劇中ではエメラルドグリーンの水が超ヒーリングな湖を抱く峡谷と見えた。色合いとかは正反対だけど火山湖とかと感じ近かったかな。湾といっても海には接しておらず閉じているが、美しきフィヨルド~みたいに劇中で歌ってたから一応こういうのもフィヨルドなんだろう。

そのフィヨルドにたった一軒家があってそこに老夫婦が住んでいる。そんなところで生活が出来るのか! 近所にミニストップもないのに! まぁでも草とか食ってりゃ死ぬことはないよな。この老夫婦の生態は謎だがともかくそこに住んでいることは間違いない。映画はフィヨルドの美しい景色を実に様々な角度から切り取ってみせる。そしてそこに老夫婦のジジィによる朗読のような平凡人生語りとババァによるアカペラ歌が乗る。それだけだ。それだけの、93分!!!! ババァの歌は結構上手い!!!!

感想といったらフィヨルドきれいだったとかよく眠れてよかったぐらいしかないがこんな映画が今年のアカデミー賞の国際長編映画部門にノミネートされたらしいのでギョギョギョッてなる。こんな映画って別につまらない映画とか悪い映画みたいな意味で言ってるわけじゃないがでもマジで寝るための映画だからな…しかもドキュメンタリーなのにドキュメンタリー部門じゃなくて国際長編部門。これはノルウェー映画だが、今年のノルウェー映画そんなにも面白い映画がなかったんだろうか…選んだのはアカデミー賞の側だからノルウェーが悪いわけではないが。

もしかするとそこには昨今のハリウッドのニューエイジ・リバイバルが少なからず影響していたかもしれない。おそらくSNSの台頭によって2010年代以降徐々に盛り上がりを見せMCU映画『エターナルズ』でひとつの頂点に達したハリウッドのニューエイジ・リバイバルも今は少し落ち着いたのかなと思われたがまぁSNSも終わったわけじゃないし『HOW TO BLOW UP』みたいなこれ自体はニューエイジではないもののそのラディカルなアクティヴィズムやエコ意識にはニューエイジ・リバイバルの影響を強く感じさせるという映画も2022年にアメリカで公開されているから(日本では今年公開)、ハリウッドのニューエイジャーたちにとっては全然終わったものではないんだろう。てか考えてみたらニューエイジのバイブル『デューン』の新映画版とかもやってるわ今。

あニューエイジとは何かということについては前に書いた現代映画を理解するためのニューエイジ覚え書きをよろしければどうぞ。といったところでみんな読まないと思うから超要約すればスピリチュアルだよね。ほらむかしヒッピーカルチャーというのがあったでしょアメリカで。ヒッピーといえばの映画『イージー★ライダー』でUFOがどうのという会話が出てきたように当初からヒッピーにはスピ感がちょっとあったが、それが1970年代後半ぐらいに入って神秘主義色を強めてニューエイジというムーブメントに進化した。それが今のパワースポットとかヨーガとかのスピリチュアル・カルチャーへと発展するわけです。

あるニューエイジャーはニューエイジを一言で表すとすれば「癒やし」なのだと語ったが…そうした文化が背景にあると思えば『ソング・オブ・アース』のアカデミー謎の高評価も謎ではなくなるかもしれない。人口構成の変化。気候変動の顕在化。ウクライナ戦争とイスラエル戦争という大きな戦禍。田舎と都会の深刻な政治的分断。時代の大きな波に呑まれてアメリカは疲れきっている、そして癒やしを求めている。そんな、映画ともノルウェーとも全然関係ないことを考えさせられる『ソング・オブ・アース』であったが、とにかく映画そのものに関してはずっとスヤスヤ寝ていたので繰り返しになるがフィヨルドがきれいだったというのとよく眠れてよかったしか言えない。

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