黒沢清ベストアルバム的映画『Cloud クラウド』感想文

《推定睡眠時間:20分》

予告編になんかかっこいい感じの日本のロックバンドの曲が流れてたので黒沢清の新境地か? と思っていたがこれは最近流行りの予告編のみで使用されるイメージソングというやつで寝ていた時間に流れていた可能性もあるので断言はできないが本編ではおそらく流れていなかった。一安心という気もするしなぁんだ結局いつもの黒沢清かと若干ガッカリしないでもない。ちなみに公開中のヨルゴス・ランティモス監督最新作『憐れみの3章』は予告編で流れていたユーリズミックスの「スウィート・ドリームス」が本編でもド頭からかかったのでちょっとエライ。個人的には予告編だけに流れるイメージソング、騙された気分になるからやめてほしいのよ。

音楽面で新境地か? と思わせておいて実際にはまったくそんなことはなかったわけだが、ストーリー面でも黒沢清の書くシナリオには珍しく転売屋とインターネットが加速させる狂気という社会問題を扱ったものと事前に宣伝されていたから新境地と思わせておいて、やっぱりそんなことはなくいつもの黒沢清。ブレッソン映画ばりに細部の削ぎ落とされた「仕事」の空虚な感じとか黒沢清だわ~って感じである。『蜘蛛の瞳』などに顕著だが、仕事とか生活とかの描写に全然地に足の付いた感じがないというのは黒沢清映画の特徴のひとつだ。

いつもの黒沢清なのであらすじなんか一行に満たない。転売屋がいろんな人から命を狙われる。それだけ。その模様を温度の低い不穏なムードで見せていって終盤はいつもの…というほどでもないが黒沢清映画でありがちな銃声が耳障りに反響する廃工場での演劇的な銃撃戦。これは『復讐 運命の訪問者』や今年公開されたセルフリメイク版の『蛇の道』でも出てきたしオリジナル版の『蛇の道』にも出てくる。リメイク版でもやっているということはよほどこのシチュエーションが好きなんだろう。っていうかそれを撮るために作ったストーリーなんじゃないか説が脳裏には浮上している。

山の中の別荘みたいな転売屋の本拠地がネットで集まった転売屋死ね死ね団によって襲撃されたり転売屋の恋人が転売屋の助手を誘惑するところ、地元民らしき何者かに嫌がらせを受けて警察に行くが警察の対応は渋いところなどはサム・ペキンパーの『わらの犬』をちょっとだけ彷彿とさせたが、1970年代のアメリカのアクション映画というのは黒沢清の大好物なので、あながち穿った見方ということもないだろう。『わらの犬』っぽいこともやりたい、廃工場での銃撃戦もやりたい、あとはなにかな『回路』で見せたインターネットの繋がりの恐怖とか? とにかく、ここにあるのは黒沢清の好きなものばかりで、黒沢清というのは自分の好きなものばかりを映画に詰め込みながらも世渡りとセルフブランディングが上手いので、すごい趣味的な映画を撮ってるのになんとなく一般ウケしてしまう、というなかなか希有な監督なのである。

そんなわけで転売屋とかインターネットがどうのと言われればなにやらアクチュアルで社会風刺的な映画と思ってしまうが蓋を開けてみれば黒沢清の映画ベストアルバム第二弾(第一弾は『クリーピー 偽りの隣人』)。インターネットで加速する憎悪といってもその表現は掲示板で知り合った見知らぬ人間たちが殺し目的で集結という10年以上前ぐらいな感じだし、目新しいものといったら菅田将暉とか古川琴音とか役者陣の顔ぶれぐらいで、それ以外は新味なし。窪田正孝の目が死んでる人っぷりは黒沢清の世界観にマッチしていてかなり良かったが前から目が死んだ人が上手い人だからなこの人は、『ヒーローマニア -生活-』とか。

だから俺はあんま面白くなかったなぁ。別に嫌いじゃないし悪い映画とは思わないけど、やはり新味が感じられないとあぁまたいつものアレかってなっちゃうもん。で、そのいつものアレのもっと面白いやつを見たかったら『復讐 運命の訪問者』とかを観ればいいんだよ。もう巨匠ポジションである程度変な企画でも通せないこともなさそうなんだから黒沢清にはもっと冒険してほしいけどな。『叫』の上からダイブしてくる幽霊とかあぁいう変なの観たいよ。などと考えていたら眠りに落ちていつの間にかエンドロールに入っていた『Cloud クラウド』なのでした。

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