キラキラおもしろ詰め合わせ映画『矢野くんの普通の日々』感想文

《推定睡眠時間:0分》

数年前に事故で母親を亡くしてからというもの主人公の女子高生は健気にも二人のきょうだいの母親代わりとしてご飯を作ってあげたりなんかしていたがそのためか過度な心配性になってしまいいつも弟は大丈夫かなー妹は大丈夫かなーと気を揉んでばかり。そんな主人公のクラスに包帯を巻き目には眼帯という只事ではない格好で転校してきたのが矢野くんであった。なんとこの人『ファイナル・デスティネーション』系男子、完全になんにもない平和空間と思われる場所でもピタゴラスイッチみたいなデストラップが発生して怪我を負うというチープトリックとかペナルティオンリーのスタンドでも憑いてんのかおめー!? という怪人物であった。心配性の主人公がこんないつ天国に召されてもおかしくない男子を放っておけるはずもなく、死んだ目と声で「普通の高校生活を送ってみたい…」とつぶやく彼のために、彼女は仲間たちと一念発起するのであったが…!

いやはや今年のキラキラ映画は豊作だ。コロナ禍もありジャンル自体がオワコンと思われていたところで特攻系キラキラ映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』がまさかの大ヒット&ロングランを記録してしまい一気にキラキラ映画界が息を吹き返した今年2024年であるが、公開中の前衛キラキラ『あたしの!』も夏の爽やかキラキラ『恋を知らない僕たちは』も良い出来で、量だけでなく質の面でも充実。ダメ押しとばかりに現れたこの『矢野くんの普通の日々』も実にたのしいキラキラでこれはキラキラ映画の第二黄金期に入ったのではと思われるところである(第一黄金期がいつかは識者によって異なる)

何がイイってやっぱこの設定ね。設定がまず強かった。なんもないところでも不運に不運が重なり死の危機に瀕する人っていうのが笑っちゃって面白いのよ。またその設定がよく活かされてるんだ。ほとんど毎回のように書いておりますがキラキラ映画というのは女子高生の成長を描くジャンル。この映画では矢野くんを主人公が護ることになるわけですが、その行為を通して主人公が母親の死というトラウマ的な出来事を乗り越えて精神的に成長するっていうのが巧いじゃない。ちょっと精神分析的な視点があって、すぐ死にそうになる矢野くんが主人公にとっては思い出したくないのに何度も回帰する母親の死の代替イメージになっているって構造なわけですよ。知的な作劇でしょ。

でもって最近のキラキラ映画はとくにそういうタイプが多いんですが、成長するのは主人公だけじゃない。主人公に護られる矢野くん(と、主人公の仲間たち)もまたそのことで成長していって…という共助と相互成長の関係が描かれるわけだな。それを象徴するのが終盤の矢野くんが崖の下に落ちた主人公のレスキューに向かうシーンなわけですが、ここが必死な表情の矢野くんが木にロープを結ぶと矢野くん『ファイナル・デスティネーション』系男子だから案の定クビにロープ巻き付いちゃって窒息しそうになるっていう…大笑いしちゃったよ。これ書きながら思い出して笑ってるぐらい。イイでしょ、深刻にならなくてさ。死のトラウマと恐怖の克服なんて重ためのテーマを扱ってるのに演出は軽妙でシリアスだけどユーモラス、ユーモラスだけどシリアス、だからよく出来てるんだよこれがさ、落語的っていうか。キラキラ映画ってもっと上の年齢層を対象にした邦画に比べて格下に見られがちですけど、俺こっちの方が映画としてよく練られてると思いますよ。

キャラクターも良かったねぇ。主軸はやはり吉田さんこと池端杏慈と矢野くんこと八木勇征でありますが、その同級生たちもみんなしっかりキャラが立っていて、それぞれの役者さんが「このキャラはこういう演技!」という感じで見事に個性化されておる。中でも中村海人くんはそのキャラクターのらしさと役を頑張って演じているアイドルっぽさが同居しているあたりフレッシュで良し! 知らない人だったが検索にかけたら旧ジャニーズの人だそうで、言われてみればジャニーズ系の芝居っぽいな~って感じですね。八木勇征は眼帯をしている時は『ちびまる子ちゃん』に出てくる人みたいだが眼帯を外すとイケメンというあの子がメガネを外したらの男子版、そのギャップがよい。『恋わずらいのエリー』に続いて今年キラキラ映画二本目の白宮みずほは慣れた手つきで片思い女子を好演して安定ですな(コメディリリーフの先生だって忘れてはいけない)

一時期はキラキラ映画といえば壁ドンと誤解されたものだが(まぁ実際オラオラ系男子キャラが多かった時期はある)『矢野くん』はプラトニックなので二人の身体接触は最後の最後まで引き延ばす。きっちり期間内で撮れるようだいたいロケ地域を同じ県内で固めるキラキラ映画には珍しく神奈川の沿岸部がメインロケ地なのに終盤は林間学校で山に行くので、その物珍しさも相まって主人公二人がいつキスするのかとドキドキしてしてしまったのもこの映画の良いところだ。

昨今のキラキラ映画に多いアーティスティックな画作りはないものの画面は総じて抜けが良く、あくまでも高校スケールで波瀾万丈の物語はテンポも良好、監督の新城毅彦はキラキラ映画を既に何本も手掛けているだけでなく『あすなろ白書』の演出からキャリアをスタートさせたというベテランなので、職人の技が光る好編ってところかもしれない。突飛な設定、迷いのないキャラクター、明るい画面、コミカルな演出と胸キュンなシチュエーション、加えて見事に構造化されたシナリオ。キラキラ映画の面白さが存分に詰まった映画なので、キラキラ映画を普段観ない人もぜひぜひどうぞ!

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