マフマルバフ親子映画二本立て感想文『苦悩のリスト』&『子供たちはもう遊ばない』

なんかよくわからんが『独裁者と小さな孫』等を撮ったイランの名匠ポジション監督モフセン・マフマルバフと娘のハナ・マフマルバフがそれぞれ撮った60分ぐらいのドキュメンタリー映画がセットで公開されてたので観に行ってきた。ちなみに監督も公開に合わせて来日して連日舞台挨拶に立っていたが俺が観たのは舞台挨拶なしの回です(舞台挨拶嫌いなので)

『苦悩のリスト』

《推定睡眠時間:0分》

ハナ・マフマルバフの監督作。2021年の米軍アフガニスタン撤退とそれに伴うタリバンの電撃的な政権掌握はその後いろんな戦争が始まってしまい日本では今やすっかり忘れ去られた気配だが、振り返れば当時の世界的大ニュースであった。ということで米軍撤退の期日までにアフガン国内の進歩的芸術関係者(タリバンに処刑される恐れがある人たち)を退避させようと関係各所に電話したりメールしたり家の中で奔走していたモフセン・マフマルバフと息子マフマルバフの姿をハナが撮り、アフガンからの空路での脱出口だったなんとか空港周辺で起きた様々な出来事のスマホ撮影映像を織り交ぜたものがこの映画。

当初マフマルバフ・ファミリーは800人ぐらい避難させようとイギリス政府やフランス軍などと交渉していたが全員は無理なんでタリバンに殺害される危険度のもっとも高い何百人かだけ選別してくれと言われ、タイトルはこうして作られたリストを指す。さながらイランのシンドラーというべき活躍っぷりなマフマルバフだが生きられる人と死ぬ(かもしれない)人を選別する作業の心理的負担はたいそう大きく、何百人かはどうにか国外脱出に導くことができたものの、祝賀ムードなどなどその後味は苦い。

このとき脱出の叶わなかった進歩的芸術関係者たちの内どれくらいが今もアフガンに残っているかはわからないが、全員脱出できたわけではないことが確実らしく、それが今こうして映画を作り公開に至った理由か。映画では触れられていなかったがアフガンは資源に乏しく産業も発達していない貧困国なので外国からの援助がなければ到底やっていけない国、しかしタリバンは自らのイデオロギーを優先してさまざまな援助を切ってしまったので(欧米諸国は援助の条件として女子の教育再開などの人道的配慮を求めたがタリバンは拒んだ)、都会の進歩的な人々だけでなく田舎の貧困層も今や生存が脅かされるほどの困窮状態にあるという。

いろいろと大変な世の中でアフガンだけを特別視する必要はないだろうが、未だアフガンではそこに住む人たちにとって大変厳しい状況が続いているということは、たまには思い出してもいいかもしれない。そのためのこの映画、という感じである。一本の映像作品として言えば、緊張感あふれる構成と演出で面白かったです。

『子供たちはもう遊ばない』

《推定睡眠時間:30分》

そしてこちらは父マフマルバフの監督作。娘マフマルバフの『苦悩のリスト』は臨場感たっぷりで心臓に悪い映画だったが、こっちはイスラエル国内(厳密にはガザもそうだと誰かに言われるかもしれないが)のイスラム系居住地の住民インタビュー集、撮影時期はいつごろかわからないがのんびり平和なムードなのでガザ侵攻以前に撮られたものかもしれない。観光客もまぁまぁいて気持ち父マフマルバフのカメラもリラックスして観光気分である。

平和といっても戦闘が起きていないというだけでイスラム系住民たちの話を聞けばユダヤ系住民との根深い対立はもはや日常化しているらしい。隣に住んでいてもお互い話はせず共有通路に物を置いたりするだけでも警察沙汰になるとか。普段からそんな調子ならガザ侵攻のきっかけとなったハマスの越境虐殺後はめちゃくちゃ関係が険悪になったんじゃないかと思うが大丈夫だったのだろうか。そういえばなんかニュースで就労ビザ持ってイスラエルで働いてパレスチナ系の人が大量送還されたみたいな話してたな。

映画の主な取材対象はここで観光ガイドの仕事をしているという元パレスチナ人民解放戦線(PFLP)闘士でムショ帰りのアフリカ系イスラム教徒おじさん。アフリカはあまりイスラム教のイメージがないかもしれないが山口昌男の『アフリカ史』によればイスラム教の流入によってそれまで群小集落群のような感じだったアフリカに大きな王国が出現したとのことで、現在でも西アフリカの内陸部ではイスラム教徒の勢力が強い(沿岸側は奴隷貿易の影響でキリスト教徒が多いらしい)。このおじさんもアフリカ内陸の方からメッカ巡礼で現在のイスラエルにやってきて定住した人の子孫とかなんとか言っていた。

このおじさんの話はさすが観光ガイドらしくなかなか面白いのだがいかんせんのんびりムードで延々と続くので寝てしまった。寝てしまうぐらい平和というのはまぁしかし悪いことではないから、いつかまたイスラエルでこんな映画が撮れるといいですねと適当なことを書いてそれっぽく感想を終わってしまおう。

※マフマルバフはイランの監督だが現在はイラン当局の検閲を逃れて自由な映画制作を行うためにイギリスで亡命生活を送っている。イスラエルのガザ侵攻はその後イランとの小戦争に発展してこれはイスラエル支援を明言しているトランプがアメリカ大統領に就任すれば一段と激化しそうであるから、親欧米派のイラン人監督として胸中は相当複雑なんじゃなかろうか。そう考えればどの立場にも寄りかかることのできない宙ぶらりん感がたしかにこの映画にもあったような気もする。

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