《推定睡眠時間:10分》
冒頭のムービングロゴにアメリカのホラー映画専門配信サイトShudderが入っていたのでおそらくこれはShudder配信作品として作られた映画だと思うのだが日本にはShudderが参入していないので劇場公開の運びになったぽい。少し名の知れたアメリカのホラー映画ならだいたいShudderにあるので早く日本版も始まらないかなぁといつもは思っているがShudderが上陸していなかったことで配信作品(と思われる)が映画館で観られるのだとしたらそれも悪くないのでちょっと複雑な心境である。配信化の急激な進行は必ずしも良いことばかりではないということだろう。もっとも、Shudderがなければこの映画は制作されていなかった可能性もあるわけだが…。
さて『邪悪なるもの』、これはアルゼンチンのちょっと変則的なゾンビ映画。悪魔憑きの奇病が世界を覆ってから早十数年、いかなる理由でかはよくわからないが従来はカトリック教会が悪魔を祓っていたところ、教会が崩壊してしまったために悪魔憑きが伝染病として定着してしまったということで、詳しくは語られないが都市部は壊滅状態となって人々は郊外や田舎で細々と暮らしているらしい。まぁあれは都会の病気やからね、と田舎在住の主人公兄弟は呑気なものであったが、そんなおり近隣住民に悪魔が憑いたことが発覚。さてどうする。とりあえずこの悪魔憑きボディ捨てに行くかとこの一帯の顔役的な農場主は提案するが、そうは問屋が卸さず感染は急速に広がっていくのであった。
悪魔憑きゾンビといえば『REC』シリーズだが『REC』が設定は悪魔憑きでも行動的には普通の走るゾンビだったのに対して『邪悪なるもの』の悪魔憑きゾンビはちゃんと悪魔っぽい行動をするのがなんだかエライ。悪魔に憑かれるとどうなるか。どうやらあまり表面的な一貫性はないようなのだが、周囲の人々を苦しめるという目的は一貫しているようだ。苦しめるといっても直接殴るとかではない。罪悪感を植え付けたりほじくられたくない過去の傷を抉ったりと基本的にはメンタル攻撃。その一環として肉体の変容などがあり、最初に主人公兄弟が発見した悪魔憑きゾンビはジャバ・ザ・ハットぐらい肉体が膨れてしまい疱瘡はできるし口から変な黄色い液体吐くし汚物まみれでベッドから動けないという状態。そうしてこの可哀相な悪魔憑き被害者の家族を苦しめるのが悪魔のやりくちなのである。
悪魔憑きはわかるがゾンビ要素はどこかといえばこの悪魔憑きは殺すことで感染するらしい。上のジャバザ悪魔憑きなど家族の心情としてはもう見てられないし世話も大変だから安楽死させてやろうという感じなのだが(憑かれた本人も苦しいのか殺して…殺して…とか言ってる)普通の人がえいやと殺してしまうとその肉体に閉じ込められていた悪魔が肉体の外に飛散して周囲の人間もまた悪魔憑きになってしまうらしい。こうして悪魔憑きがどんどん広がっていくので悪魔憑きゾンビなわけである。唯一の対処法はカトリックのエクソシストに悪魔祓いをしてもらうことだが、この世界では教会がなくなっちゃった設定になっているから世界が終末へと向かっているのであった。
ユニークな設定は面白いし悪魔の残酷さを見せつけるゴア描写やバイオレンス描写もなかなか容赦がなく(子供もワンちゃんもちゃんと死ぬぞ!)ブルータルな終末ゾンビものとして低予算ながら燃えるところは多かったが、しかしとはいえ低予算の限界もそこかしこに感じられるのもまた事実、重要な設定の大部分が説明台詞で処理されるのもどうかと思うが、大規模な終末セットなどを作る余裕がなかったのか普通の郊外の街並みを終末世界の一角とするのはさすがにちょっと無理目な感じじゃあないのか。
終末といってもとりあえず形だけは行政も司法も政治も医療もスマホも発電所も生きてるので人々は迫る終末から目をそらし続けながら何事もなかったかのように暮らしている…という設定だからこういう普通の街並みが出てくるわけだが、劇中の悪魔憑き感染速度からしてこれが十数年も続いたんならさすがにその生活は維持できんだろと思わざるを得ない。パンデミック直後の設定にすればこういう疑問は生じなかったであろうから単なる設定ミスだろう。なんでわざわざ悪魔憑きゾンビ発生から十数年とかいう盛った設定にしたんだろうか。あんまそうである意味もなかったと思うのだが。
ましかしそこらへんをあえてあんま深く考えずに観ればやはり低予算の終末ゾンビ映画として佳作の部類、設定だけはどんどデカくなっていくのに反比例して展開はずいぶん小さいところに収まっていくのももうちょっとがんばってほしかった感だが、キャッチコピーの絶望がどうのというのはウソではなく、実はラスト10分寝てしまったので主人公たちが最終的にどうなったかはよくわからないのだが…たぶん全滅だろうなハハハ! 誰か一人ぐらいは生き残ったかもしれないがどうせそいつも生還したかに見えてホントは悪魔に憑かれてましたとかそんなオチじゃあないでしょうか。悪魔は平等に残酷なので誰にだって容赦なし。最初から最後までずっと(きっと)救いがないホラー映画って素敵ですよね。素敵な映画でした。悪魔憑きに絶望した人が斧で自分のドタマかち割って自殺するところ最高!