《推定睡眠時間:0分》
最近のメジャー邦画には韓国映画の日本版リメイクが年に1本ぐらいはあったりするが俺の観た限りではどれも粗はあるが面白く、『見えない目撃者』『22年目の告白 -私が殺人犯です-』『最後まで行く』など邦画ではあまり見ないパワフルな作品になっていたので、予告編を見た時には生放送でニュースキャスターが爆弾テロ犯人と対決というあらすじから『グッドモーニングショー』か? と思ったこの『ショウタイムセブン』も、韓国映画『テロ,ライブ』のリメイクと知ってまんまと多少の期待を抱いて観に行ってしまった。
アタリである。実はこれを書いている時点でオリジナルの『テロ,ライブ』は観ていないのでそれとの比較はできないのだが、多少粗っぽくはあるも去年の『ラストマイル』に続くパワフルな社会風刺サスペンスとして大いに楽しめた。逆に言えばここから社会風刺を読み取れないと面白味は大幅減となるかもしれない。というのもこのリメイク版とオリジナル版をどちらも観ている人によればオリジナル版は派手な見せ場がたくさんあるもっと王道のサスペンス、対してこちらリメイク版は舞台がほぼテレビ局内の、それもラジオとテレビのスタジオ内に限定された密室サスペンスに近い仕上がりである。爆破テロはオリジナル踏襲の設定らしいが、爆破シーンはすべて遠景や中継映像でしか登場しないので、画的なケレン味はオリジナル版に比べて遙かに少ないんじゃないだろうか。
個人的にはこんなの大好きである。三谷幸喜の映画では唯一の傑作かもしれない『ラヂオの時間』の爆破版とでも言えばいいのだろうか、そう広いとも言えないテレビ局内で今は落ちぶれてつまらないラジオ番組をやらされてる権力志向の強い元ニュースキャスター(現代の役者さんには権力志向の薄そうな顔の人が多いので、これを演じるのが阿部寛というのは適任としか言いようがない)が爆弾テロ犯人との生交渉というウルトラビッグダネを手に再び局内権力を握ろうと奔走して周囲の様々な人を困らせながら、次第に自分自身も窮地に陥っていくサマを時に皮肉なユーモアも交えつつリアルタイムで描いて上映時間96分。群像劇というにはやや物足りないが、オモシロ要素(人や出来事)を躊躇も節操もなく次々投入する韓国映画作劇とテレビ的な映像ギミックの多用が効いて、ほぼ密室劇ながら飽きる暇がない。
主にサブ(番組をコントロールするあの部屋)なのだがテレビ局内の描写も映画的なリアリティがあってなかなかの見物で、とくにプロデューサーの吉田鋼太郎が放ついかにも居そうな業界人っぷりには、一平と呼ばれるこちらは一転いかにも現代っ子っぽいディレクターとの対比で笑わされてしまうことしきり。いるわーいるいるーこういうスキンシップ多めの声が無駄にデカいおじさんテレビプロデューサー。会ったことは一度もありませんが。
スタジオ内で爆破が起こると焦ったディレクターが咄嗟に「て、提供!」。緊迫するスタジオ内とは対照的に「この番組は、ご覧のスポンサーでお送りします」と場違いに明るい例の画面が流れてこちらも笑う(フジテレビみたいにスポンサー撤退間違いなし!)。犯人との丁々発止のやりとりが続く中で不意にねじ込まれるリモコンを使った視聴者投票もまた鋭いブラックユーモアで、こういう笑いどころが実は随所に仕込まれている映画なのだが、劇場では笑っている人がほぼいなかったので残念。よく日本の観客は笑いどころは笑いどころと明確に示されないとわからないみたいなことを俺が言うが、やっぱそうなんであろう。ちなみにこの「俺が言うが」というのは読んでいる人に「いやお前が言うのかよ!」とツッコんでもらうためのボケでしたがみなさんはお気付きでしょうか。
このブラックユーモアの差し挟み方からもわかるように、オリジナル版はどうか知らんがこのリメイク版はある程度観客の知性を信頼した感じの映画であった。知性を信頼と言いつつザ・モブ的な挙動のスタジオモブとか都合良く気絶して終盤まで起きてこない女子アナとかバカっぽい場面は少なくないのだが、まぁそれも含めてというか、そのバカ演出にも日本のテレビ番組ってこんなもんでしょ笑みたいな皮肉を感じなくもない。なんでもない街景から何気なく始まりなんでもなくない出来事が大量に起こっているにもかかわらずなんでもない街景で幕を閉じてしまうこの風刺、そこからPerfumeの新曲プロモのエンドロールに繋がる編集の意図するところは明確である。「しょせん善良なる視聴者のみなさまにとってはテロも人死にもよくある対岸の火事でPerfumeの新曲と同程度の、いやむしろそっちの方が価値が大きいぐらいなのでありましょう」
映画を観に来てくれている観客をも敵に回すその根性、気に入った。気に入ったがネットでの評価はかなり悪いので敵に回された観客たちが怒ってしまったらしい。これにはさすがに苦笑いだが、そうした観客の反応がこの映画の風刺の鋭さを裏付けているとも言える。いったい狂っているのは誰なのか、テロ犯人か、テロ犯人が恨む電力大手か、テロ犯人を追い込んだ国か、はたまた視聴率至上主義の民放テレビ局か、それとも、そのすべてをエンタメとして消費してしまうわれわれ視聴者なのか。いややっぱみんな狂っているのかもしれないので、もうPerfumeでも聴いて現実逃避するしかないな! テレビ画面の中の「発電所爆破」が福島第一原子力発電所の水素爆発による建屋損傷のパロディであることに、そしてそれをあのとき日本国民の多くが不安や恐怖と表裏一体の奇妙な高揚感の中で見ていたことに思い至らなかった人は要注意だ、自分でも気付かないうちに狂ってしまっているのかもしれないぞ。とそんな具合に、パワフルで毒々しく志の高い密室風刺劇として、たいへんよいかったです。
※なおもっとも笑ってもっとも胸がアツくなったところは明らかにそれどころではない状況でも決してカメラの後ろから離れず決定的瞬間をきっちり捉えるカメラさんたちのプロっぷり。