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売春宿映画にハズレなし! のっけから一体何を言っているのかという気もするが、しかしこれは本当である。『血戦 ブラッドライン』は売春宿やギャングに襲撃されそこの経営者や従業員たちが文字通り血まみれの戦いを繰り広げる北欧フィンランドのバイオレンス・アクションだが、似たようなジャンルでいえば最近国内盤DVDが奇跡的にリリースされた『ボーデロ・オブ・ブラッド/血まみれの売春宿』、ロバート・ロドリゲスのホラーの中ではいちばんの傑作と思われる『フロム・ダスク・ティル・ドーン』などが売春宿映画の決定版。
だがそれだけではない。よくよく考えてみれば川島雄三の『幕末太陽傳』は品川遊郭が舞台だから売春宿映画であるし、近年フェミニズムの観点から少しだけ脚光を浴びている『サンダカン八番娼館 望郷』も売春宿映画、トンチキカルト作と思われているが実は赤線廃止前後の時代を舞台に性産業の搾取構造を多角的に捉えた社会派作の『怪猫トルコ風呂』ももちろん売春宿映画だし、ブニュエルの名作『昼顔』もまた売春宿映画である。
売春宿、それは人間の剥き出しの性とカネが交錯する、なにかこう社会の矛盾とか人間の業のようなものが集約される場所。そこからは人間という生き物の虚飾の剥ぎ取られたナマの姿が見えてくるんじゃないだろうか。『血戦 ブラッドライン』においても売春宿での凄絶な戦いを通して、ここに集った様々な人々の生き様をわれわれ観客は目撃することになるわけである!
と無駄にハードルを上げてしまえば売春宿の地下になんかゲームの方の『バイオハザード』に出てくる序盤の中ボスみたいなやつがいたりする展開に「おい!」とツッコまれかねないので映画のために変な褒め方をするのはやめておこうすいません。だってこの映画、出所したばかりの前科者主人公が売春宿の用心棒の職を得る序盤こそニコラス・ウィンディング・レフン作品を思わせる硬派なノワールの雰囲気だが、ギャングが襲撃を開始してからは血飛び首もげるゴア描写を織り交ぜた『要塞警察』のような…というよりもジョン・ウーの香港時代の作品を彷彿とさせるしっちゃかめっちゃかアクションと化す。
しっちゃかめっちゃかと言ってもコミカルなわけではなく人がバタバタと死にまくっていくということで、あくまでも映像的にはリアル路線の真面目なトーンではあるのだが、それにしてはいくら刺されようが撃たれようが人が死ななすぎるし、地下には例の『バイオハザード』の中ボスもいるので、なんでしょうな劇画的というか。映像はリアル路線でもやってることはけっこう漫画の世界なのである。撃たれても撃たれても全然人が死んでくれないのですごい銃撃戦が繰り広げられているのだがまるで盛り上がらず段々と笑いがこみ上げてくる(おそらくそれが作り手の狙いなのだろう)『フリー・ファイヤー』という映画が何年か前にあったが、それとも似ているかもしれない。
しかし徹頭徹尾シニカルだった『フリー・ファイヤー』と違うのは『血戦 ブラッドライン』はなかなかアツい映画だという点である。主人公の用心棒、偶然その日出勤していた娼婦(かなり魅惑的な美女であった…)、家族の死から立ち直れず売春宿内の自室にこもったオーナーの兄、残虐な性格のその弟、ギャングの尖兵として戦いの火蓋を切るサディスティックな女殺し屋、『バイオハザード』の序盤の中ボス、等々の劇画キャラのはたして誰が生き残るのかというのもアツい点だが、死闘の中でこれこれの人々が自分は人として何を為すべきかに一部を除いて目覚めていくのがアツい。
高級とはいえ売春宿なんだからそこに集う人間は客も従業員も経営者もあと襲撃ギャングもみんななにかしら後ろ暗いものを持っている。そのために程度の差こそあれ誰もが所詮自分なんてのはと卑下して、もっと真っ当に生きることを諦めてしまっているわけだが、今ここで死ぬかもしれないのにそんなんでええんか…? 最後ぐらいは人として恥ずかしくないことをした方がええんとちゃうか…? なぜ急に猛虎弁になったのかはわからないが、まぁだいたいそんな感じになってくわけだね。こういうのだいすき。だし、この敗者の美学がまた香港時代のジョン・ウー映画を思わせるところなわけです。
そうした人間ドラマもハリウッド映画みたいに過剰かつウェットに2時間超とかの上映尺でやられてしまうとそういうのいいからさっさと殺し合えとか酷薄にも思ってしまうわけだが、この映画はランタイム100分、人間ドラマに無駄がないというか、いや逆に主人公と娼婦のドラマは削りすぎてちょっと足りないぐらいな気がしているが、まぁそのへんは観客が勝手に想像して補えばいいんじゃないすかね。
構成のバランスは悪いしアクションは盛り上がりそうで盛り上がりきらないようなところもあるので結構荒削りな映画なのだが、しかし北欧の凍えた大地を焼きつくさんとするその熱意はしかと受け取った。やはり、売春宿映画にハズレなし。アツい売春宿映画である。ちなみにエロはほとんどないぞ!(そこもまた硬派な感じで良い)