《推定ながら見時間:10分》
ほんの二三日前のことであった。いつものように気怠く目を覚まし朝ご飯を作りに台所にのそのそ歩いて行くとゴミ箱の前になにか黒いものが落ちている。ゴミかな。昨日買ったバナナをカゴに入れるときに房の部分がちょん切れて落ちちゃったの気付かなかったとかだろうか、と思って目をこらすとギョッ、こりゃあ…こりゃあゲジだ! そのときの俺の動揺は『かまいたちの夜』で最初にペンションの面々がバラバラ死体を発見したときに匹敵したので思わず心の中で俊夫さんが叫んでしまったほどである。
クモちゃんなら手に乗せて遊べるけど細長い系はコワイ。どうやらG用の毒餌を食べて死んでいたようなので助かったが生きていたらどうなっていたであろうか。もっとも、検索したところゲジは見た目がキモいだけで実は益虫であり、Gとかを食べてくれる正義の味方なのだという。ムカデと違って毒もなく臆病な性格なので人目から隠れてくれるという配慮っぷり。なんかすまんかった…でもキモいからもうウチには入って来ないで下さい…。
それが昨日の今日でさっきU-NEXTの新作をチェックしたら配信が始まってたのがこれ、『ムカデ男』。明らかにタイトルをそこから取ってきている『ムカデ人間』は人間が三匹繋がるだけでムカデは別に出てこないが、こちらの方はちゃんとムカデが襲ってくるタイ産のパニックホラーということで、ゲジパニックを経験したばかりの俺にとってはなんともタイムリー。しかもエグさに定評のあるタイホラーだ。これはきっと面白いに違いない。
で観てみたら面白いけどいややっぱキモいわキモい。キモい! 時は新型コロナ禍2020年、新コロ陽性反応の出た人々が隔離のためのホテルへとやってくる。だがそのホテルには人間の血が好物で人から人へ寄生してどんどん巨大化していく妖怪ムカデを身に宿した職員が潜伏していた。妖怪ムカデに寄生されると『遊星からの物体X』みたいな感じで思考がジャックされる。今やこれがホントのムカデ人間と化したこの職員は人間どもの血を求めて行動を開始する。そしていつしかホテルは妖怪ムカデが召喚した無数のムカデに覆い尽くされるのであった。これはもはやパンデミックではない…ムカデミックだ!
いろんなキモい主に昆虫が人間を食い尽くすキモアニマルパニック映画がブームという異常な時代は三十年くらい前に過ぎ去ってくれたと思っていたのでこれは不意打ちである。ナメクジ軍団が人を襲う『スラッグス』も巨大ダニが人を襲う『ティックス』(ちなみにこれは隠れた逸品)もスタッフの手によって投げられた可哀相な蛇たちが人を襲った後に実際に焼かれる『人蛇大戦・蛇』もゴカイが人を襲うキモアニマルパニック映画の先駆け『スクワーム』も平気だった俺なのにこの『ムカデ男』に関しては素直に気持ち悪くなって一旦SNSに逃げてしまった。昔はようあんなにキモアニマルパニック映画があったのに最近のホラー映画界じゃあ全然作られないじゃねぇか、たるんでるぜまったく…と強がりながらリアルタイムでは経験していないあの頃に虚構のノスタルジーを感じたりもしていたが、やっぱキモいからキモアニマルパニック映画作られないでいいとおもいました。
しかしキモいはキモいが面白いは面白い、さすが本国タイで大ヒット(どんな国だよ!)と紹介文に書いてあっただけある。中盤までは妖怪ムカデに取り憑かれた従業員が一人ずつホテル療養者等を血祭りに上げていくだけだが、そこからはホテル中の穴という穴からムカデが飛び出し壁も床も一面ムカデ、ムカデ、ムカデ祭り! ムカデは英語でセンチピードというらしいがこれは確実に千ではなく万単位で這っているのでもはやセンチピードではなくマンチピード! 妖怪ムカデの方は特撮怪人みたいな見た目だから別にいいが大半CGだとしても普通サイズのムカデを『スクワーム』もかくやの大容量で提供してくるのやめてよーコワイよーキモいよー! もちろん接写ショットではリアルムカデを何匹も使っているのでキモさのディテールに手抜かりはない!
ぶっちゃけ曰くありげな登場人物がたくさん出てくるわりには誰が妖怪ムカデに寄生されているかわからないという『遊星からの物体X』的設定はあまり活かされていないのだが、万単位のムカデが押し寄せるパワープレイを繰り出されたらもうそんなのどうでもいいと思う。その後はついに正体を現したブレア・モンスターみたいな妖怪ムカデと人間たちが若干よくわからない展開で戦うことになるのだがびっくりしたのが最終的に新型コロナウイルスの正体(?)は妖怪ムカデで世界はムカデに支配されましたという黙示録オチになることであった。えええっ! そんな…欧米系のキモアニマルパニック映画はなんだかんだ最後は丸く収まったりしてたのに…世界中がムカデでいっぱいになるとか仮に生き延びても死ぬしかないだろそんなもん! 嫌すぎるよ!
嫌といえばテントの中でスマホ見てたらスマホ画面にボトッとムカデが落ちてくるとかいう冒頭シーンもキャンプに行けなくなるレベルで嫌だったねぇ…までも、それってつまり映像に力があるということですわな。てなわけで主役の役者さん二人が男の方も女の方もこんな映画には似つかわしくない美形で思わず惚れてしまう点も含めて全体的にパワープレイな映画だがパワープレイゆえ満腹感は高い『ムカデ男』であった。最近はグロホラーに意外と若いお客さんが入るようになったし、これも劇場公開できていれば日本でもスマッシュヒットしたかもしれないっすねぇ。