《推定睡眠時間:0分》
単刀直入に言うとそこまで面白くないし俺は好きじゃなかったなぁ。最初は怖いしカッコ良かったのに途中から…。
お得意の犯罪心理学を駆使すればどんな犯罪者も完璧に理解できるに違いないと思っている傲慢刑事・西島秀俊。ところがまったく理解不能な連続殺人鬼に遭遇したことから自信を失い刑事を辞めてしまった。
分からないものは分からないでまぁいいか。これからは検挙でなく謙虚な気持ちで平凡に生きよう…とそんなワケで仕事を変えてお引越し、カミさんの竹内結子と共に心機一転新しい人生を送るつもりだったが、そこに情緒不安定なキモ隣人・香川照之が住んでいたことからエラいことに巻き込まれてしまうのだったとそんなお話が『クリーピー』。いや正確には自ら進んで巻き込まれていくのだった。
教訓は単純明快であって自分の頭で理解できないものは自分の頭で理解しようとしないこと。すごく歪で変な映画だったが、つまりそれをインテリ巨匠・黒沢清の作家性として肯定しあれこれ忖度して勝手に理解してあげるような優しいお客さんこそ香川照之みたいな怪しい人に引っかかるので、こういう映画は素直に変な映画だなぁで済ませた方が平和に生きられるという話なのだった。
それさえ意図するところだとしたら意地が悪すぎてスゴイのですが、でも黒沢清そんな器用な人だと思ったことないので違うんじゃないすかね。
ほんでこれはどのような映画かといいますと『DOORⅢ』(1996)のセルフリメイクみたいなもんで、仕事もしてるように見えないし無気力だし面白いこと言わないし一見すごくダメそうに見える謎の男に保険外交員のキャリアウーマンが曰く言い難い魅力を感じてしまったことから恐怖の幕開けとそのよなお話が『DOORⅢ』、翌年の『CURE』(1997)の習作みたいな感もあるが、これ面白かったんだな実に。
なにが面白いってシンプルでいいよシンプルで。変に捻ったりしません。DOORってタイトルだからタイトルバックが鋼鉄の扉。どうだこの直球っぷり! あれだろ鋼鉄の扉って『悪魔のいけにえ』(1974)に出てきたヤツだろ! 黒沢清トビー・フーパー好きだしDOORってタイトルだから鋼鉄の扉を出すんだよ! 超潔いよ!
無駄なものとか別にない。怖いシーンは怖いぞって撮る。どうでもいい人はどうでもよく撮る。謎の男の正体をフィクション丸出しのセリフでサラっと説明。最後は謎の男と対決してスッキリ終わる88分。
「『エイリアン2』(1986)はアカン、何故ならエイリアンに睨まれたリプリーがあっさりその攻撃をかわしてしまうからや…」と語る黒沢清なので合理性とか言い訳とかいらない。理由もなく恐怖が襲ってきて理由もなく逃げられない! それが映画やそれでええやないかと竹を割ったよな面白いホラー映画なのだった。
で、謎の男に鋼鉄の扉はもちろんオチも含めてほとんど同じことをやってるよに俺には見えたのが『クリーピー』だったんですが、登場人物は倍くらいに増えて結末は同じなのに展開は二転三転、説明過剰なのに説明が足らず主な舞台が保険会社と謎の男の家ぐらいだった『DOORⅢ』と違ってあっち行ったりこっち行ったり、怖いような笑えるような真面目なようなふざけてるような微妙なシーンが続く130分。
でも骨子は同じなんだからこれは単に『DOORⅢ』を太らせてあれこれこねくり回しただけじゃないのか。『DOORⅢ』で諏訪太朗が担ってた探偵の役割は『クリーピー』では東出昌大と笹野高史の二人の刑事に分担される。だからなんなのかと。取る行動すら突き詰めれば結局同じなんだぞ…。
何が言いたいかっつーと違う映画なら違うことを思い切りやればいいじゃんってだけの話で、今更『DOORⅢ』のバリエーションみたいなことやってもしょうがねぇだろしかも40分も尺長くして、とそういうことになる。
竹内結子も西島秀俊も香川照之も藤野涼子も描写が薄くて何考えてんのかよくわからんが、よくわからんならよくわからんなりに振り切っちゃえばいいわけで『地獄の警備員』(1992)やら『DOORⅢ』やら『CURE』やらに出てきたよな人たちと同じ性格類型に落とし込んじゃったらそれ単に中途半端に見えるだけじゃんみたいな。
そらまぁファンの人なら微妙な差異の数々を楽しめるでしょうが、その思い切りの悪さが俺はイヤだったわけですなんか。延々と同じテーマに同じ画に同じキャラクターにっつっても押井守くらい腹をくくっちゃえば面白いのにさぁ。
西島秀俊・香川照之コンビといえば『インファナル・アフェア』(2002)の日本版リメイク『ダブルフェイス』(2012)でも見たが真逆の立場に置かれた二人の男の境界が次第にボヤけてしまいにゃ関係性が反転してしまうという深淵を覗き込む者もまた深淵に…の図が『クリーピー』でも再びでありこれはあれかメタなギャグなのかという気もする。
そういえば刑事を辞した西島秀俊の勤務先ロケ地が埼玉県立大学だそうでこれが黒沢清の好きそうなガラス張りのメカニカルな設計だった。同志・篠崎誠の新作『Sharing』をこないだ観てきたがこちらも深淵を覗き込む者もまた深淵にタイプのお話でありそして立教18号館のガラス張りが出ずっぱりとこう…なにかをシェアしてしまったんだろか。切っても切れぬ立教ヌーベルバーグの縁。
俺はあんまノレなかった『クリーピー』ですが歪な分だけ取り付く島だらけとそのよな感じで色々遊べるんじゃないすかこれは。不自然な編集とか不自然なセリフとか不自然な照明とか不自然な美術とか不自然な展開とかそういうの好き勝手に解釈したりして。あぁこのシーンはあれのオマージュだなとか勝手に推測したりして。あぁこれはあの作品に繋がるなと色々妄想したりして。そんで観た人と議論を戦わせたりとか。
ちょうど公開が重なったんで『ディストラクション・ベイビーズ』とか『ヒメアノ~ル』の狂人たちと脳内リングで戦わせたりあれこれ比較してみても面白いんじゃないか。喧嘩が強いのはディストラクション柳楽、しかしヒメア森田は平気で凶器を使う、クリーピー香川は単純な戦闘力では一番弱いが仲間は多い…。
あれだなそう考えるとこれは随分キャッチーな遊びの映画だな。香川照之も遊んでて面白いしな。犬を怖がるとことかな、ヨチヨチ歩きで逃げるとことかな。西島秀俊の棒読みメロドラマ芝居とか確信犯的にギャグだしな。「俺を信じてくれ! 俺は君を守る!」「うわコイツ狂ってるなぁ…」。爆笑。
いや、だからその遊び方がさ、いつまでそれやってんだよそういう映画遊びとかこういう恐怖の表現とかもう古いよ脱構築だポストモダンだゴダールだうるせぇよいい加減に立教ヌーベルバーグを卒業しろよていうかせめてクライマックスだけはスカしてないでちゃんと盛り上げてくれよ! みたいな…。
(文・さわだきんたま)
【ママー!これ買ってー!】
いいじゃんこういうの。シンプルで短くてでも例の独特の美意識充満してて。なんだか最近の黒沢清の映画はみんなランタイムが長い傾向にある気がするがこれみたいにタイトにまとめてくれたら面白いのになぁ。
プログラムピクチャーへの偏愛を語ってた黒沢清は一体どこへ消えたんすか…。