《推定睡眠時間:0分》
このソイ・チェンという監督の人を最初に知ったのは『ドッグ・バイト・ドッグ』(2006)だったんですけど『ドラゴン×マッハ』は原題が『殺破狼Ⅱ』だし狼が出てくるので犬から狼、出世魚みたいだなぁとか思いましたがあんまりそういうことを言えるような雰囲気の映画じゃないめっちゃガチの因果応報ハードコア。狼だから『狼/男たちの挽歌・最終章』(1989)を連想するというのは別にふざけているわけじゃなくてあれぐらいのハードコア。
あれぐらいのハードコアであれぐらいのやさしさで、人にやさしくあろうとすればするほど目の前の世界の血に塗れた相貌を直視しなければならないというような映画なので、大層しんどい分だけ救済の真実味もあったのだとそういう感想。
それでお話というのはこれが結構複雑でソイ・チェンの映画わりといつもそんな感じだと思うんですが、筋が複線的でプレイヤーが多いのに全然整理されてないので実に混沌。
大雑把に香港で暗躍する臓器密売組織、それを追う警察、そしてタイの刑務所というのが出てくる。臓器密売組織のボスがルイス・クー、この人は自身重い病を患って心臓のドナーを探している。ウー・ジンは組織に潜入した警官で、潜入捜査を続けるうちに薬物中毒になってしまい苦しんでいる。サイモン・ヤムはその上司で兄貴。さっさとルイス・クーをとっつかまえてウー・ジンを救い出したい。そして白血病の娘を抱えてこちらもドナー探しに躍起になっているタイの刑務所の看守がトニー・ジャーというわけで…とにかく背中に重いものを抱えすぎている人たちが沢山でてきて因果の糸に絡めとられていくとそういうお話で書きながら思い出して辛いが冒頭からして臓器密売組織が妊婦さんを拉致って臓器抜いて捨てるシーンなのでそれは辛いよもうやめてください。ってなる。はやい。
そういう初期設定のお話。進行につれて泥沼が拡大し誰もが地獄に堕ちていくのでテンション大暴落。ふつう香港アクションってラストのカチコミでテンションMAXだと思うんですが俺はもうテンション下がり過ぎてカチコミ行かないでって思いましたよ。殺し合いなんかやめて家でのんびりしてようよと。だって悪い人というのは基本的にいないすからねこの中には。
ルイス・クー、確かにこいつは悪い。めちゃくちゃ悪い。でもこの人は幼い頃から死の病と孤独に闘ってきた人なのだ。医者からも半ば見捨てられ明日死ぬかもしれないと怯えながら今日まで生き続けてきた人なのだ。人並の退屈な毎日を送ることさえ許されなかった人間が犯罪とはいえ幸福を追求しようとして何が悪いのか。
トニー・ジャーは刑務所長から賄賂を受け取っていた。どうもその所長というのは立場を利用してなんらかの犯罪行為に手を染めているらしいが、ジャーはそのことに薄っすら気付きつつも賄賂と引き換えに目をつむり続けている。なにが悪い。どうしても娘の治療費が必要なのだ。非難するのならまずその前に娘を救ってくれよ! お前ら見て見ぬふりじゃねぇか! こんなに苦しんでいる人間がここにいるのに!
…なんだか段々と感情が入ってきてしまいましたが出てくる全員がこういう具合ですからそりゃあもうバトルが辛くてですね最後なんて涙で前が見えないなこれは! 見えない!
とにかく言いたいのは辛いの一言ですね。こんなに長々と書いたのに辛いの一言でまとまりました。辛い。
それにしてもソイ・チェンの追求してきた世界観というものがトニー・ジャーを得てついに結実したなと思うと感慨深いものがあるんじゃないすかね。
この監督はまず言葉を信用しない人ということで『ドッグ・バイト・ドッグ』は言葉の話せない殺し屋の話、『軍鶏』(2006)は日本の漫画が原作なので日本が舞台なんですけど言語も人種も滅茶苦茶で、でも強引に成立させてしまっていた。『ドラゴン×マッハ』も言語と人種が入り乱れる。
個人的にソン・チェンの世界観を象徴すると思っているシーンが『アクシデント』(2009)にあって、これ事故に見せかけてターゲットを処理する殺し屋集団を率いるルイス・クーが何者かに命を狙われて疑心暗鬼に陥るサスペンスでしたが、どうやってルイス・クーがその犯人を知るかというと日食を見る。日食を見たら理由もなく一瞬で全てを悟ってしまった。
条理を超えた動物的な、神秘的な自然信仰と無常観というものがこの人にはあって。それが言語も生い立ちもなにもかもが違う人間同士の無言の連帯と劇画的で荒唐無稽な展開に非常に説得力を与えていると思うんですが、こういうのってトニー・ジャーが一連の仏教アクションでやってきたことでもあるわけじゃないですか。
だからそれが巡り合ったんだと。これが因果なんだと。象をはじめとした動物がジャーの仏教映画では重要なファクターですけれども、そこに『ドッグ・バイト・ドッグ』で犬、『軍鶏』で軍鶏、『モンキーマジック 孫悟空誕生』(2014)で猿とダリオ・アルジェントばりに動物タイトル映画を撮り続けてきたソイ・チェンが辿り着いたんだと。すいませんちょっとふざけましたけれども。
でドニー・イェン×サモハン・キンポーの前作『SPL/狼よ静かに死ね』(2005)には艶とケレンがあっていかにも香港ノワール! っていう感じあったと思うんですけど、話が暗いだけじゃなくて『ドラゴン×マッハ』って本当に絵が汚くて艶とか全然ない。トニー・ジャーの華の無さもそれに寄与してるようにおもいます。
これがでもすごく良かったな。言葉を信用しないということは取りも直さず言語が維持する社会の秩序への懐疑っていうことになるわけじゃないすか。なのでソイ・チェンの言語不信は映像的には風景の乱れとして現れると思うんですが、社会のシステムに順応できないとか、システムが回収できないし癒すこともできない不条理を浴びてしまったりとか、そういう風にして社会からあぶれた「言葉を持たない人」っていうのはたぶんカオティックな風景の中にしか発見できない。
だからここには社会的に弱者とされたり欠陥があるとされる人ばかり出てくる。この少しの美しさもない辛いだけの映画の中にはそういう人たちが生き生きと息づいている。それめっちゃやさしくて感動的だったんですよ本当に。
以上、アクション映画の感想なのにアクションを語らないという斬新な感想になりましたがこれは俺の中では「やさしい」という映画ジャンルなのでアクションとかそういうことではないのです。っていうかアクション凄すぎて最後の格闘曼荼羅なんてなにやってるか少しも分からないので凄いとしか言えません。スゴイ。あとはただ滂沱の涙。
「分かるのか?」「分かるよ!」
【ママー!これ買ってー!】
ソン・チェンの無常無国籍無時間的映画は曼荼羅構造を取り込んでいるので『ドラゴン×マッハ』も曼荼羅的布置に従いどんな映画とも異なるレベルで関連性を持ってしまうようなところがあると思ってここから数千字くらい妄想を綴っていたのですが全部削除しました。
これは予期せぬアクシデント。『アクシデント』面白かったです。
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