映画の方の『虐殺器官』の感想(ネタバレなし)

《推定睡眠時間:0分》

“ゼロ年代最高のフィクション”の惹句が重すぎて刊行時には最初のページを立ち読みするに留めていたのですが映画を見たら原作も気になったので今日本屋さんに行って4ページめぐらいまで読んできました。おもしろいな。これはおもしろい。
良い気分になってしまったので普段そんなことはしないが三千円ぐらいの文化批評の本をジャケ買いしてしまった。その名も『現代ゲーム全史』。“ゼロ年代最高のフィクション”とタメを張る大仰にして500ページ超の大部。
小島秀夫に宮部みゆきにとなんでも褒めてくれる良い人なので逆に期待感の煽られない巨匠たち激賞の帯だった『虐殺器官』に対して『現代ゲーム全史』の帯は中沢新一。そのビッグネーム感とやはり期待を今一つ煽らない感でもタメを張っていた。

まだ序文ぐらいしか読んでないけど『現代ゲーム全史』、おもしろいですね。映画の方の『虐殺器官』もおもしろかったです。原作本は買ってないので4ページから先未読です。感想。

『虐殺器官』、原作の伊藤計劃という人は『メタルギアソリッド』の小島秀夫と相思相愛だったそうですがそういえば『現代ゲーム全史』には各論としてメタルギアに触れている部分があるようだったのでその部分だけ先に読んでしまった。
ゲームソフト批評の本じゃなくてホイジンガの遊戯論を下敷きにしたゲーム文化(史)批評というメディア論的な本。なので個々のソフトについてはそれほど突っ込んだ議論がされているわけではなく、メタルギアへの言及もスーファミみたいな戯画としてのゲームからもう一つの現実としてのゲームへという時代の変遷の中で、とくに仮想現実の追求がひとつのアメリカ批評ないしアメリカのファクターを通した時に現れる日本批評に到達したものとして述べる程度(ほかにもあるのかもしれませんが)

ところでこの著者の人はその観点から『メタルギアソリッド2』を高く評価しているようなのですが『虐殺器官』の節々でゴーストのようにちらついていたように見えたのもやはり『2』で、計劃自身メタルギアの大ファンを公言しているしその後『メタルギアソリッド4』のノベライズも手掛けているのだからお前そんなことも知らなかったのかよ計劃は『2』に触発されて『虐殺器官』書いたんだよ見りゃわかるだろ何さも俺が発見したみたいに書いてんだよ死ねよとか皆さん思われるかもしれませんが個人的には発見だったのでへぇそうなんだなあっておもいました。

『2』、発売直前に911が起きちゃったので空母みたいな巨大メタルギアがマンハッタンに上陸する場面がカットされてしまいましたがドキュメント『メタルギアの真実』に載っていたインタビューを読むと当初は極秘裏にメタルギア(大量破壊兵器だ)を開発していたイラクに国連が査察団を送り込むも受け入れを拒否され…みたいなストーリーだったようで。
してみると批評の方向性として911とシンクロしてしまった『2』とポスト911の『虐殺器官』は重なる部分がとても多いように思えるし、国内の安全というか安心と引き換えにしたデジタルネットワークの全面展開と管理社会化が急速に進む状況下でのリアリティの在り方とか存在不安を主題とするところなんかもう小島秀夫が「双子」と呼んだとか呼ばないとかいうぐらいだから二人はよくよく思考と嗜好が似ていますねほんとうにね。オマージュとかパロディとか大好きなサブカル感覚とかも。

それで映画版『虐殺器官』の方にようやく話が戻るのですがおもしろかったな俺は。90年代後半に日本SFの最先端でやられていたようなことの終着点にあるようなストーリーはもう今更っていう感じがある程度あって、例のサブカル感覚とか批評性の鋭さも時代の軛を直視させるがために消費期限の短さに繋がっているだろうし、そもそも『メタルギアソリッド2』の時点であの表現とかストーリーが先鋭的であり得たのはもう既成物のコラージュでしか新しい「映画」を作れないっていう小島秀夫の作家としての自虐とメランコリーのおかげ(それもまたゼロ年代的だなあ)だったと個人的には思っているので、そういう意味でこれもうストーリーの土台が陳腐になっちゃてるよなっていうところなのです、が。

だけど入り組んでそうなストーリーにしてはサクっとまとまっといるようだったから飽きなかったし、作画の良し悪しとかはアニメをあまり知らないからわからないんですけどメカのデザインとかカッコいいからよかったとおもう。主人公の所属するナノマシン食べてるから痛くない部隊が空から作戦地に降下するときにですねなんか繭みたいなマシンに乗るんですけど、これ。中は人工筋肉で覆われてるから子宮の中で丸まる胎児みたいなイメージを喚起して面白いし、その胎児が着陸するや銃ぶっぱなして女子供殺しまくる。
繭の頭からは支援ドローンが生えてきて飛びまわりながら女子供を殺しまくるんですが(とにかく女子供を殺しまくる映画なのだ)、こちらはまるでタンポポみたい。胎児とかタンポポとか牧歌的なイメージと戦場の地獄絵図の対比がたいそう異様で、意外とアクションそのものは単調で面白味がない気がしたのですがこういうのすごい良かったなぁ。

最初の方に出てくるステルス迷彩着て見張り兵の首を搔っ切っていくところ。これもカッコイイ場面は『メタルギアソリッド』のサイボーグ忍者登場シーンの引用なんでしょうが(そしてそれも更に『プレデター2』(1990)の引用だろうから孫引きだ…)、原作もそうなら映画もオマージュに意識的らしいのでナノマシン食べてるから痛くない部隊の隊長が大塚明夫で確かにいつもの大塚明夫かもしれないがその喋り方はちょっとやっぱりスネークに寄せてきてるだろのファンサービス感。製作会社の倒産により当初より一年完成が遅れたこの映画だそうですがさすがに待たせたなとは言ってくれない。

おもしろかったんですけどそこだけ嫌だったのは中途半端に気持ち悪いゴア描写とか子供が撃ち殺される描写とかで、これ結構コアの部分だと思うんですけどテーマのためにあえて過激な描写入れてるような感じが言い訳がましいし安直だしそういうのはやるのはやるでそれ自体を目的としてちゃんとポルノ的にやれよと何見ても思う派なので…だって『フルメタル・ジャケット』(1987)だって少女兵を殺すところは直接的な描写はなかったけどテーマは際立ってたじゃんみたいな。

なんかそういう映画版『虐殺器官』でした。原作もこんど買おう。

【ママー!これ買ってー!】


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小島計劃的世界観の震源のひとつとして押井守が及ぼした影響のうちでもっとも重大かつ深刻なのは長広舌を良しとするところで前世紀に押井によって撒かれた独白文法が世紀を超えて『メタルギアソリッド4』を誕生せしめたことを考えるともはやテロ。

↓その他のヤツ

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
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