《推定睡眠時間:0分》
純愛映画というよなこういうのは純愛純愛いってるがベッドだけはしっかりと共にしている類の映画と違って、いや純愛と性行為の有無は無関係かもしれませんが別にピューリタン的な思想を持ってる人ではないのですが俺は、この映画がどれくらい純愛かというと拳銃片手にストリートに生きるイイ歳したおとなが初恋の人を想って夢精するというそれぐらいのピュアネスですよだって…!
ちょっと考えていただきたいよな。数多ある純愛映画の中で夢精していた人が何人いただろうと。オナニーですらないからな。夢精だからな。しかもだよ…いわゆる淫夢じゃないんだよ…ちゃんと服とか着てる人を夢に見て夢精するんだよ! それが『ムーンライト』だよ! この夢精に! オスカーが贈られたんだよッッッ!!!
かどうかはともかく精液周りがこんなビューティフルに映るの珍しいよなっていう映画で手コキ…初めての手コキで主人公が暴発してしまって…相手方の手がべっちょべちょになるわけですが…その精液を月明りの下で砂浜に文字を書くように拭う。なんてロマンティックな手コキ処理なのよ。
アカデミー賞とかあんま詳しく知らないけど…あれこれの異端を冒険しつつも結局は挿入至上主義の欧米映画において性的不能と惨めさの記号に過ぎなかった夢精・手コキ表現に新たな可能性を開いたという点でたいへん意義深いオスカー受賞になったのではないかな今回のこれは。時代は非挿入だ!
本番なし映画としての『ムーンライト』。核心的な部分は全部省略するのですが、すごいと思ったのは結構な重要人物がいつの間にか死んで5年ぐらい経っている…!
そのへん徹底していた。なんの映画というと貧困地域のこどもがおとなになるまでの映画だったのですが、この彼の来歴とか生育環境とか、簡素なスケッチで仄めかされるだけ。
ソフトコアというよりイメージビデオ、イメージビデオというより日記。夢精にせよ手コキにせよ日記に記録はするだろうけどそこに詳細は書かねぇだろ、とつまりそういう作り。
こんな風に抽象化された学童記憶はそれはもう普遍性を伴って脳に奥深くに浸透してしまうから記憶の古層が刺激されて困る。主人公のびんぼうこどもシャロンくんと同級生たちのティンコ品評会の場面でふと思い出してしまったのは小学生のころ、トイレで乳の見せ合いをしていた女子の一人が泣き出してそのあとあいつはレズだとかなんだとか噂が立ったりいや! 小学生女子だからまだ明確にレズの概念は持っていなかったのですが! なんか、そういうのあったな…そういうのあったよ!
学校が終わってひとりで家に帰る途中、路上にたむろってた同級生の悪ガキが絡んできてありがたくもオナニーの仕方を教えてくれたその時の悪ガキの卑猥な表情…中学に入ってすぐのことだなこれは確か…そういうのも思い出すがただそんな記憶、べつに、いらない!
おもにシモ周りのジャンク記憶のカマが掘られる映画体験だった。
映画は三幕構成になっていてシャロンくんの小学生編・高校生編・おとな編と続く。どのシャロンくんも魅力があったが特に高校生編のちょっと転んだら肋骨三本いきそうな華奢シャロンくんの美少年ぷりが魔性域。
こういうの撮影の力も大きいらしく黒光りというのはあるがこれは青光りで、人物の肌が発光酵素でもあるんじゃねぇかレベルで常に青い反射光に包まれてまるでブロンズ像。なにか現実離れしたエロティシズムがあるな。黒ギャルものAVのジャケ写を格調高くした感じだ(その表現はどうか)。
映像的には独特のグラフィカルな美意識があるとしてもお話は普遍的なというかよくあるよなこういうのというもので。オカマオカマといじめられるシャロンくんだったが。風呂に入らず服も替えず臭い臭いといじめられるこどもも小学生の頃はクラスに一人ぐらいはいた(今にして思えばネグレクト疑惑が濃厚)。
特定の属性についてのお話じゃないと思ったよな。理由はなんでもいいと。なんでもいいけどマイノリティの烙印を押されていじめられる人はいるし、そういう扱いを受けている人が段々とそういう風に自分を形成していっちゃうこともあるよなっていう。
俺がこのメロドラマが好きなのは。黒人であることゲイであること貧困にあることの自認がほとんど問題にされない、不幸とも幸福とも言えない一人の人間がただただ状況に流されて変化していくその過程だけが淡々と映し出される映画だったから。
なんでもかんでもアイデンティティの次元に落とし込めばいいってもんじゃねぇだろ。自分は何者かの問いかけがともすれば身に帯びた属性の方向と強度を一緒くたにして自らを一つのモデルに押し込める抑圧に転ずることだってあるじゃないの。貧乏人から成りあがった人ほど貧乏人に厳しい、みたいな感じで。
そういう外的でも内的でもある抑圧に対して。諦めきった沈黙の無名性で抵抗する。何者でもない自己をラディカルに肯定しようとする。『ムーンライト』そういう映画だと思ったな俺は。
それとあと過剰な女好きアピールをする同級生とシャロンくんの会話のぎこちなさ、あれめっちゃグッとくるところ。
【ママー!これ買ってー!】
超好きなシーンがあって仲良し少年ふたりがお泊りして同じ布団で寝るのですがそこで、つい、興味本位からお互いのアレを手でコいてしまうっつーね。いやそんなもんでしょ! 人間そんなもんでしょ! いい加減なもんでしょ人間の性なんてが如実。
これもそういえばゲイの人が少年から大人になるまでの映画だった。年上の女に童貞を奪われて泣くコリン・ファレルが見れるのは『イノセント・ラブ』だけ!
こんにちは。
この映画、なんだかウブだなあ、って思って見てました。貴レビューでそのナゾが解けたような気がします。
後ろ姿を沢山撮ってたのも、なんだか好きです。
めちゃくちゃプラトニックですよね…あんまり目を合わせられないところとか…寂しげな後ろ姿も印象的でした