帽子からハっと出た映画『メッセージ』感想文(間接ネタバレ超注意)

《推定睡眠時間:15分》

七、ちなみに“立方”が巨大なのは引用元のクリステヴァ『セメイオチケ』に準拠している(原著ではこの部分が草書体の漢字になっているんでしょう)

九、そこからふたつのことを連想したな。ひとつは『ブレードランナー』で、本編には使われていない「源」のネオンのシーン。レプリカントはこの「源」をバックに登場して自分たちの出自を辿っていく。レプリカントにとって出自を辿ることは延命の道を、未来への道筋を探すことだ。
ドゥニ・ヴィルヌーヴの次作は『ブレードランナー』の続編なのでなにか縁を感じなくもない。ぜんぜん期待してなかった『ブレードランナー 2049』、なんかすごい楽しみになってきてしまった。

十二、思ったのは、あれっすよねハリウッド実写版『ゴースト・イン・ザ・シェル』で問題の根幹は時代が作品を追い越してしまったと。そういう風に言われたりするじゃないですか。いや俺は『ゴースト・イン・ザ・シェル』かなり好きな映画なんで大いに反論したいところはあるんですけどそれは置いておいて。
時代に追い越されたっていうのはたぶん『メッセージ』もそうなんじゃないすかね。つまり、なんていうか、ネタバレに絡まないように書くのに難儀しますが、線条性の否定、ヒエラルキーの否定、流れる時間から点在する時間への認識の転回、とか…たぶんどれもデジタル世代が当たり前のように身につけてしまっていること。

六、ただし『メッセージ』の浮遊体は立方体じゃないのでこれはどちらかといえば原作の方のエピグラフだな、などと考えながら本棚から引っ張り出して軽く読み直してみたところ浮遊体自体が出てこない。じゃあ俺の脳内を浮遊していたモノリス的なあれはどこからきたんだろう。
読み返してみると『数』の方もマラルメじゃなくてフィリップ・ソレルスという人のもの。間違って引用したうえにその行き先もわからなくなってしまった。いったい↑の引用文はどこから来てどこへ行くんでしょう…。

二、テッド・チャンの原作短編『あなたの人生の物語』は一応教養的に読んでいるのでオチに驚きとかはまぁ、無い、無いし『あなたの人生の物語』は理系の論述小説なのでキングとかディック原作(とは名ばかりの)映画ばりの飛躍が脚色にない限りどう映像に落とし込まれているかの確認作業のようになってしまう。
ここでは2時間もたせるための仕掛けとして多少展開に広がりを持たせていて、それが『あなたの人生の物語』のタイトルが『メッセージ』(『arrival』)に化ける所以だったのですが、結構とってつけたような感じで俺はあんまり好きじゃなかったな…。

五、

石ならぬ石、横断する多数性、読まれ、埋め尽くされ、消し去られ、燃え上がる多数性、自らをその立方体と奥行に閉じ込めることを拒絶する多数性――立方――

十一、

それは、極めて単純な墨の暗号。ただ言語体系と墨象を結びつけるだけの最も単純な方法で、墨の表象に意味を宿す試みです。
http://www.hikarie8.com/cube/2012/10/post-6.shtml

四、そういえば浮遊体はマグリットの『ピレネーの城』が元ネタと言われているそうですがこれは一種の孫引きで、短編集『あなたの人生の物語』収録の『バビロンの塔』についてテッド・チャンは『ピレネーの城』から着想したと書いていた。
孫引きといえば。ついこないだ読んだ本に『メッセージ』に対する“メッセージ”と言えそうな詩が引用されていてひとり興奮してしまったので孫引き接続してみたい。マラルメの『数』というものだそうで――

十四、でもこれだけ脳みそを掻き回してくれたから良い映画だったとは思うな。

三、俺の感覚で言うとこれはキューブリック版『シャイニング』とミック・ギャリス版『シャイニング』の中間ギャリス寄りぐらいの映画で、おもしろいのはキューブリック版だけれども好きなのはギャリス版だから、つまりそういう感じに受け止めたのですがなにその微妙なたとえ…。
いや、だから、キューブリック版は画を見せるためにストーリーがあって、ギャリス版はストーリーを見せるために画があって、という違いで、これは換言するとパフォーマティヴな映画とコンスタティヴな映画ということになるのかもしれない。
あの岩石のような浮遊体みたいに『メッセージ』はそのふたつの領域の間を浮遊するのです。おもしろいような、おもしろくないような。

十、もうひとつは記憶のわりと奥の方の更に隅の方に眠っていたのを小一時間ほどかけて無事サルベージ。何年か前に見た宮村弦という書家の人の「イメージラング」だ。これがヘプタボットの表義文字とよく似ていた。作家さん本人の言葉を引用すればそのへん明確になってくる。

十三、だから『あなたの人生の物語』と『メッセージ』が大ネタとして用意したものが、もう珍しくないから大ネタにならないっていうところはあるんじゃないか。それでも『あなたの人生の物語』が答えに至るまでの論理展開の面白さと、一人の人間がどう変わるかっていうパーソナルな部分で読ませる物語だったのに対して、『メッセージ』は私的な視点を薄めて大局的な視点を導入してしまったので、そのへん物語として弱いっていうのがあるかもしれない。

一、※この感想は各パラグラフをカットアップの手法でランダムに配置し直しています。

八、『メッセージ』の最大のポイントは宇宙人“ヘプタポッド”の文字にあり、論述小説であるからして書字がコアになるのはなるほど感なのですがどう映像化するんだろうの謎。
原作から思い描いていたのは宙に浮いた球体の3D曼荼羅状QRコードみたいなものだったのですが、これは確かに読み返すとそんな感じに書かれているので記憶違いではなく、『メッセージ』ではシンプルな墨象みたいになっていたがあれはかなり面白い解釈だったんじゃないすかね。

以上、こういう映画です『メッセージ』。

【ママー!これ買ってー!】


あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

原作短編集。『顔の美醜について――ドキュメンタリー』と『地獄とは神の不在なり』がとくに好き。

↓その他のヤツ

伝道の書に捧げる薔薇 (ハヤカワ文庫 SF 215)
※ロジャー・ゼラズニィの短編集で、表題作が詩と異文化コミュニケーションのお話だったので(これも、というかこれがヴィルヌーヴで映画化見たい…)

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