《推定ながら見時間:各エピソード30分程度》
食品偽装とか不正取引の実態を暴く告発系ドキュメンタリーを思わせる邦題だったが当たらずとも遠からずというか遠からずとも当たらずというか、原題の方は腐った○○的なRottenの一語でこれに各エピソードの題材がサブタイトル的に付く。「腐ったハチミツ」「腐った魚」「腐ったミルク」とか。つまりむかしは健全だった食品(業界)が今では腐ってしまった、という少々懐古的なニュアンス。
そういう切り口のドキュメンタリーだったのでまずそこで意表を突かれておもしろかったですね。邦題みたいな告発・啓発要素もあるんですけど、力点が置かれてるのはあくまでグローバリゼーションがもたらした産業構造の変化なわけですよ。
で取り上げられているのはep1が「養蜂」、ep2が「ピーナツ(食品アレルギー)」、ep3が「ニンニク(ダンピング)」、ep4は「養鶏」、ep5が「酪農」でラストep6が「漁業」。
基本的には生産者に取材してその視座から業界の歪構造を問うていく的な構成になっていて、市場のグローバル化と外国企業の参入に伴う格差と競争の激化だとか、多国籍大企業の寡占による管理と搾取のシステム、先読みのできない環境変化に政治の変化に需要の大幅な増減に振り回されて現場もうやってられんぞ、これもうアメリカの第一次産業立ちゆかんぞとなんかそんな感じの内容。
なかなかおそろしい話も出てくるものでep3のニンニク譚、これなんかはすごかったですね映画みたい。なんでもニンニク輸出は中国が強い。でその最王手の中国なんとか社というのがアメリカ国内のニンニク加工大手とカルテル組んでアンチダンピング逃れをしてるんじゃないか的な疑惑が出てきたらしい。
アンチダンピングの対象を決めるのはニンニクの業界団体だそうなのでそういうことになったが、すごいのはそこからの展開で、そりゃあフェアじゃないとアメリカの生産者とかアメリカ側中国側双方の有志弁護士とかが立ち上がるのであるがその立ち上がった人々こそ実は中国のニンニク最王手を潰すために同業者に利用されたんではないか、みたいな話になってくる。
国境をまたいだ業界代理戦争(だったのかどうかは不明)に翻弄され次第に同業者間で亀裂を深めていくアメリカの貧乏ニンニク農家たち、一方そのころ中国では、ベンチャー的なニンニク業者がニンニク最王手の刑務所で囚人にタダでニンニクの皮剥かせてる疑惑を暴くため刑務所に潜入しようとしていた…って映画じゃん。映画になると思うよ。この回の邦題は『仁義なきニンニク戦争』でしたけどマジそんな感じでしたよ…。
ep4の養鶏回もすごかったな。この回は主役格のベトナム人養鶏農家の人のキャラが超良くてですね…もう絶対良い人じゃんみたいな。学業のためにアメリカ渡って学資金稼ぎだかなんだか知りませんが養鶏手伝ってたらいつの間にか養鶏場任されちゃった。本当は大学戻ろうと思ってたが鶏に情が移っちゃったし後釜もいないからそのまま養鶏農家になってしまったという…確実に良い人。鶏はブロイラーだけど。
この人の語る養鶏賛歌からep4は始まったのでのんびり構えていたがその後、めっちゃダークネス。ここでもやはり力が強いのは加工会社。養鶏農家の立場はとても弱いので飼育の苦労に反して激安で買い叩かれ、ブロイラー養鶏コンテストに強制参加させられる始末。
この養鶏コンテストというのは規定の餌とか使って同一条件下でどの取引農家が一番でかい鶏を育てられるかを競わせるもので、見事一位の座を獲得するとインセンティブが入るのだが、そのインセンティブ分は最下位の取引農家から罰金として引かれるのだった…。
アメリカン養鶏の惨状が描かれるのと平行してブラジルの超多国籍お肉企業による貪欲な買収模様とお肉支配の野望が描かれ、更には飼育場の鶏数万羽を丸ごと殺して回る狂気の鶏大量虐殺犯まで出てくる鶏肉ノワールでしたねこの回は…。
わりとNetflix的なイメージからズレるところがあって新鮮だったのは中国のニンニク企業がとかブラジルの多国籍食品企業がとか、外国企業の侵略やべぇぞみたいな雰囲気を煽るところで、そのことの実態がどうこうっていうか比較的進歩的リベラルみたいな作りの作品が多い感じのネッフリでこういう視点はあんま見ない、イメージ。
あとそういうのがすごい深刻そうに描かれていていやこれは実際に深刻なんでしょうが、そこらへんたぶん食料自給率の突出して低い国の人の感覚とズレる。
そういうの如実に出てるなと思ったのはラストの漁業エピソードで、これはヒラメとかの底魚獲ってるニューイングランドの漁師さんたちに取材してんですが、需要拡大と野放図な漁の結果その地域の底魚の生息数減っちゃったので漁獲量制限+漁獲枠売買のキャッチ・シェアという制度が設けられたと。持続可能な漁業にはそういうの必要でしょうと。地球温暖化対策のco2排出量取引と同じようなもので。
でもそれに対して漁師さんたちはまぁ一枚岩ではないんでしょうけどかなり反発するわけです。なんで反発するかって言うとそれ海の私有化じゃねぇか、金融商品化じゃねぇかみたいなことを言う。自分たちの食品は自分たちで獲るもしくは作るものっていう感覚がすげーある。
まあシリーズの総まとめって感じで積み上がった問題全部ぶっ込んできたんでズシンと重かったですよ、この回は。なんでそうなったかっていうとあくまでこのドキュメンタリーはそういう風に構成されてるって上でですけど、60~70年代にどこのだか知りませんが外国船団の大規模な漁場荒らしのようなことがあって、ニシンとか生息数が激減したりした。
それでこのままだと漁業壊滅するぞっていうので、多分に国防目的とかもあって近海をアメリカ漁船で埋め尽くそうとバンバン漁業に参入してもらえるよう超低金利で漁船のローン組める法律が通ったと。ライバルもいないし誰でも簡単に参入できたし参入さえすれば大儲けできたわけだからアメリカンドリームですよね。
でもそしたら今度はアメリカ漁船が獲りすぎるようになってしまった。これは本末転倒、大変まずいというので、環境防衛基金(EDF)という環境保全団体が政府にキャッチ・シェア導入を働きかけた。
EDFはDDTの撤廃に尽力した歴史と権威のある団体で、環境保全アピールしとけば企業の株も上がるから色んな大企業と繋がりがあるわけ。だからロビー力が地元漁師とは桁違いで、まぁ漁師からどんな反発があろうと結局はEDFの声が通る。
でどうなったかというと、これも排出権取引と同じようなもので、資本の集中と大資本による漁獲枠の買い占めを招いてしまった。フォード大統領の時代にアメリカンドリームだぁって唆されて漁業に駆り出されたような人が格差の下層に固定されるような事態になっちゃったわけです。それも自分たちの意見が聞かれることもなく。
いやもうなんともおもしろいというかおもしろいというと失礼なぐらいの悲劇っぷりですけどおもしろかったですよ。つーのは前の大統領選挙のときにトランプの支持層は製造業とか農家が多いとかって識者系の人がよく言ってたのでなんとなくそんなものかぁって思ってましたけど、あぁこういうことなのかと。
外国嫌いとかインテリ嫌いとか壁の建設とか保護貿易を求めるような心情っていうのは一過性のものじゃなくて、歴史性を持ったかなり重いリアリティに根ざしてるんだなぁと腑に落ちたので。
それが正しいとか正しくないとか事実に即してるか即してないかとかは関係なくて、現実的かどうかではなくて心情のリアリティとしてアメリカのそこそこ多くの人にはこういうのあるんだと思いましたね。
ていうのも含めて見応えあるドキュメンタリーシリーズでよかったです『食品産業に潜む腐敗』。タイトルはぼくだったら『腐った✕✕』とかにしますがでもそれだと食品産業の話だって分からないからな、邦題も難しいな。
あとあれこれは日本版を作るとしたら「腐った鯨」とか「腐ったウナギ」とか入ってくるんだろうなぁって思いました。ていうかラストエピソードの「腐った魚」は問題重なる部分もあるんで他人事じゃあないね。まぁぼくはウナギとか食べないし絶滅しても別に構いませんが…。
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こういう人たちの救済措置を講じないとえらいことになるという教訓。『レイキャビク・ホエール・ウォッチング・マサカー』という亜種もあったな。