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『デヴィッド・リンチ:アートライフ』の題になにか違和感を感じ沈思黙考、思い出しましたこれからはデヴィッドじゃなくてデイヴィッド・リンチ! 滝本誠が確かにそのようなことを言って喜んでいた。
『マルホランド・ドライブ』公開後のリンチDVDリリースラッシュでメーカー各社協議の結果デイヴィッド・リンチ表記での統一が決まった、と手元にあったリリースラッシュの一本、『イレイザーヘッド 完全版(ニュープリント・スクイーズ)』の封入チラシには書いてある。
ちゃんと書き手も滝本誠だったからちょっと得意になるが、記憶から抜け落ちていたのはこれはプチ対談形式で相手は川勝正幸。リリース、2002年だもんなぁ。
マルホはその前年公開だからあれもうなんと17年前の映画ということになるのか。17年か。チラシにはまた「この夏、デイヴィッド・リンチが日本を席捲する!」みたいな惹句が躍っていて隔世の感だ…「この夏」に続くのがスパイダーマンとかじゃなくてリンチだなんて…。
腐敗はリンチのおおきなテーマ。十数年の間にデイヴィッド・リンチのイの字もいつの間にか腐敗融解してデヴィッド・リンチになってしまったようだが今度は『インランド・エンパイア』のDVD(『アートライフ』の前段ドキュメンタリー『リンチ1』とセットになってる)を取り出してみるとジャケ裏にデイヴィッド・リンチの文字が。2007年の作であるからそこまではデイヴィッド・リンチも生存していた。
こうなるとすこし気になってくる。そういえばリンチの自己啓発(瞑想)本もあった…ということで確認すると表紙にでかでかとデイヴィッド・リンチ! 邦訳の初版は2012年だから結構最近まで生きていたのだデイヴィッド・リンチは。
だが同年ラフォーレ原宿で開催されたリンチ展はデヴィッド・リンチ表記に戻っていた。以後、音楽家リンチ二枚目のアルバム『The Big Dream』国内版はデヴィッド・リンチ、音楽提供の『ファイアbyルブラン』(2014)はデイヴィッド・リンチ、監督を務めた2015年の『デュラン・デュラン:アンステージド』はデヴィッド・リンチと揺れているが、デイヴィッドの衰えは隠しようがない。
昨年発売のリンチBlu-rayシリーズは権利元は別だとしても以前のソフトを踏襲してかデイヴィッド・リンチ表記になっていたが、リンチ復活の『ツイン・ピークス The Return』はデヴィッド・リンチのクレジット。で、リンチとリンチの娘(ジェニファーじゃなくて最近生まれた方)しか出てこない高純度のリンチドキュメントが『デヴィッド・リンチ:アートライフ』。これはもうデイヴィッドの死亡宣告と言っていいだろう。
インターホン越しの声が告げる。デイヴィッド・リンチは死んだ。デビット・ボウイがデヴィッド・ボウイに殺されたようにデイヴィッド・リンチもデヴィッド・リンチに殺されたのだ。
ハイウェイがロストするが如しデヴィッド=デイヴィッドの迷走的呼称分裂だがデヴィッドとデイヴィッドの狭間にデヴィットが潜んでいることもまた忘れてはならないだろう…意識の高い日本語テキストには決して姿を現さず、精神に棲みつき発音としてのみ現れるデヴィット・リンチの存在を…。
リンチは語らせる人なのでほらもうこんなので1000字とか超えてます。リンチファンは饒舌だから。俺こそ俺だけがリンチを理解してると思ってるからやたら語りたがるから。パンフレットの寄稿文でそういう人が世界中にけっこうたくさんいたからリンチ人気になったって湯山玲子が身も蓋もなく書いてるから。わかってるから。それはわかってるから…。
このパンフレット、900円超えとかいう足元ガン見価格(どうせ買うんだろ?)だけあって充実しており、登場リンチアートのミニカタログのほか高橋ヨシキとか滝本誠を筆頭に小人サイズのリンチ評論が十本ぐらい入っていて良いのだがー、ようするにリンチはめちゃくちゃ普通に生きるのがうまい人なのであるというのが寄稿した人ほぼほぼ全員の意見が一致するところなのであった。
リンチはリア充。語らせ上手でユーモラスでオシャレで紳士のリア充。イザベラ・ロッセリーニと付き合ってたんだからそれはもうリア充。俺こそが俺だけがリンチを知ってる的なリンチファン心理とはつまるところホスト狂いもしくはキャバクラ通いの心理と寸分の違いもないのだろう…。
その普通領域に生きる普通サイズのリア充からなんであんな異様なの出てくるのというのがこの88分リンチ語り倒しドキュメンタリーの眼目だが驚くべきことに! わりと出てくるエピソードのほとんど、既にいろんな媒体で語ってる。
語っているしパンフレットの監督(ジョン・グエン)インタビューで結構いままでのリンチインタビューとかと内容重複しますよねとか直球に言われている。ジョン・グエンの返答はリンチの本とかいろいろ買ってみたけどあえて読んでない。それは確かに重複するよな、それは。
凹んでしまった。いや重複にじゃなくて率直に生い立ちから『イレイザーヘッド』に至るまでを語っていたことに。これはこういう感覚は談志の映画評論本を読んだときにも陥ったが、アウトサイダー的な芸風とかキャラで鳴らした人が老齢に達してすごい普通に淡々と語ってるの見ると死ぬの? ってなる。
フィラデルフィアでの孤独と鬱屈の日々を語るリンチ。確かに重複はおおいが、リンチはリア充であるから、ホストであるから、紳士であるからこんな風に憐憫交じりに無様な過去をさらけ出したことはあまりなかったんじゃあないか…。
いちおう言っておきますが、完全にホスト狂い専用の信者映画なんで。それは、もう、こういう、映画の内容をあまり人に伝える気のないポエム感想を書いてる時点である程度察してくれ。
ホスト狂いだから俺は見れてよかったとおもいましたけどパンフレットも含めて多彩なテキストや写真や絵画やオブジェや、を背景にリンチが淡々と過去を語るっていう絵面、構図、新情報がどうとかリンチの謎がどうとか言うよりも、リンチ追悼にしか見えないから全然たのしくはなかったよ…。
【ママー!これ買ってー!】
大きな魚をつかまえよう―リンチ流アート・ライフ∞瞑想レッスン
見てくださいこんなに大きくデイヴィッド・リンチが! あと瞑想レッスンとか言ってるが超越瞑想に関しては「さぁ、やってごらん」ぐらいなことしか書いてないので少しもレッスンにならない。
↓その他のヤツ
デイヴィッド・リンチ 改訂増補版 (映画作家が自身を語る)
デイヴィッド・リンチ インスタレーション/インランド・エンパイア+リンチ1 (初回限定生産) [DVD]