《推定睡眠時間:60分》
いや、さすがに寝過ぎたからもう一回ぐらいは見ようかなぁとは思ってるんですよ…もう予告編で寝ちゃってるわけだから。カメラ男まで起きてられなかったからこれ。それはいくら睡眠鑑賞者でもねぇだろと思って。
一応ところどころ目が覚める箇所はあったんですけど意識は覚醒してないから映像が意味を成さない。大人の映画すからね。大人の映画ということは言語的に構成された映画ということだし、言語的に構成された映画ということは即ち意味の束、意味の体系として編集された映像ということであるから、こういうのは映像の意味を理解できないと少しも面白くない。まぁ基本的には。
どのへんで起きたかの記憶も覚束ないんですが、たしかワシントン・ポスト編集部に件の機密文書の抄録みたいのが持ち込まれたあたりで…その少し前ぐらいから起きていた気もするが、寝ぼけているからメリル・ストリープとトム・ハンクスが何か話しているのを目撃したが内容は一切理解できていない。
でその後、編集部の人間が情報提供者とコンタクトを取ろうとするあたりで短時間とはいえ再び寝落ちしているので…まぁ、そういう風に極めていい加減に見ても面白かったから面白い映画ってことだろう。
俺は悪名高き『死霊えじき 最終版』からロメロにハマったクチですからね。素材が良ければ寝ようがズタズタに編集されてようが面白いんですよ。逆に、あえて映画を見ないことで映画の本質が見えることだってあるのだ(その居直りはどうか)。
よくわからないところはネットで復習できるから今は良い世の中だ。寝ていてよくわからなかった“ペンタゴン・ペーパーズ”というのは1971年、ニクソン政権下で秘密裏に作成された「ベトナムにおける政策決定の歴史」という1945~68年にかけての合衆国の対ベトナム政策とか秘密工作(無論アメリカによる)の結果をまとめた長大な報告書の通称で、今はこれもネットで全文読めるらしいからやっぱり良い世の中(→Pentagon Papers@アメリカ国立公文書記録管理局)。あとアメリカの公文書管理は実に立派。
本来の支持基盤である保守層に加えてヤング層リベラル層をも取り込むべくニクソンはベトナムからの撤退を選挙公約にしていたとインターネットに書いてある。アメリカの欺瞞が、などと言うが略してペンペーが記すのは従ってニクソン以前の政府対応のお粗末なのであるから段階的撤退を進めてた矢先にこれ漏らされてめちゃくちゃ叩かれるニクソンが少し可哀想になってくるが、まぁこういうのは最初から見てなかった人独特の感想だろうということで…。
可哀想だろうがなんだろうが過去の政権の不手際も含めて責任取らなきゃ国の代表の意味がない。ウォーターゲートとか指示するぐらいだからニクソンは悪党だったがそれでも大人の政治家ではあったんだなぁ…と色んな国のリーダーの顔を頭に浮かべながらしみじみ書いているがただ別にニクソン憎しの映画じゃなかったし基本ニクソン出てこないから本当に寝てた人の感想だなって自分で思うね。
それでそのペンタゴン・ペーパーズというのを保守系シンクタンクのランド研究所に所属していたダニエル・エルスバーグという人(→ベトナム戦争の「不都合な歴史」を若者に伝える傑作ノンフィクション@ニューズウィーク日本版に簡単な紹介あり)が色々思うところあって文書の一部をニューヨーク・タイムズにリーク、と同時に映画の舞台となるワシントン・ポストにもリークする。
先に記事を出したのはニューヨーク・タイムズだったがー、ニクソン政権はこのことに過敏に反応して出版差し止め訴訟を起こす。じゃあワシントン・ポストはどうするか。
掲載か。黙殺か。俺が見たのはだいたいこのへんからですねいやもうそれクライマックスじゃんほぼ! 睡眠はおそろしい。
おもしろいなぁと思いましたのはなんか妙ちきりんな照明してるじゃないすかこれ。屋外のシーンとかでもそれどこに光源あるんだよみたいなすごい不自然で人工的な、陰影の深い。
たぶんなんかスピルバーグ(と、撮影ヤヌス・カミンスキー)がよくやりがちなクラシック映画とかの再現だと思うんですけど、寝ぼけ脳にそれがすごい焼き付きましたね。変な映画だなぁって感じで。そこかよって感じですけど…。
メリル・ストリープはワシントン・ポストのオーナー。トム・ハンクスは編集主幹。いいですね。良い塩梅。エチュード的な肩の力を抜いたお芝居合戦。ふたりの会話シーンとかはあれカメラ止めなかったら勝手にアドリブでどこまでも続きそう。そういうの好き。
政治には政治をというわけでメリル・ストリープは社交界で政治人脈とか作る、現場のトム・ハンクスはそんなもん知ったこっちゃねぇわってなもんで真実一路を爆走。
ペンタゴン・ペーパーズの掲載を巡っては他にも何人か社の人間が絡んでくるわけですが、この役割分担の面白さですよねぇ。
向いてる方向も置かれた立場もみんな違うんですけど目的はそれなりに共有してて、それを達成するためにはみんな一丸になってみたいな素朴なやり方じゃダメだよね、あえて身内に反乱分子みたいなやつを残しておいて黙認しとくみたいな戦略的な振る舞いも必要だよねみたいな。
そういう、仲間なんだけれども対立と緊張を孕んだ関係性っていうのが単に組織論として出てくるんじゃなくて、自己啓発的なっていうか、他者を通して今の自分の在り方を問うような一種セラピー的な関係性としても描かれていて、その中でメリル・ストリープが徐々に変わっていくっていうのがまた印象的だったところで…ただ俺はまぁ変わる前のメリル・ストリープ見てないですからそのへんよくわかんないんですけど、なんかでも良かったですよ、良かったムードはありましたね。
どこまでも政治的な映画だからペンタゴン・ペーパーズの記事作成でてんてこまいな編集部員たちに高額レモネードを売りつけて漁夫の利を得るトム・ハンクスの娘、とか出てくる。
大量の紙幣をひらひらさせながら歩く娘を背後から追うショットが可笑しい。これは痛快。
ほか、良かったところ。スピルバーグのモノ撮り(フェチ)炸裂。タイプライターとか、印刷所の輪転機とか、名称知りませんが転写用の銅板(?)ブロックとか。
タイプライターのカシャカシャとか輪転機のドゥーンドゥーンバババババなインダストリアル環境音は劇伴の少ないセミドキュメンタリータッチには実に映えるな。
俺が感想を書くときにいつも参考にしているallcinemaにはキャストとして載っていなかったがジェシー・プレモンス案件。これはたいへんボーナスポイント。
良いんだよなジェシー・プレモンス。アメリカ映画の顔してるんですよ。アメリカ映画の顔ってなんだって感じですけど中西部の保安官顔っていうか…風采の上がらない田舎の平凡アメリカ男のイメージで。
なんかいつも色んな人の板挟みになって溜め息を吐いている気がするジェシー・プレモンスなので今回も板挟みになってましたよ、社の弁護士役で。ははは。報道と政府の板挟みだ。
アジテーショナルなラストシーンを見れば新聞かくあるべし的な真面目なメッセージ映画なのかもしれないですけど、でもまぁそんなに100%真剣に受け止めない方が良いんじゃないかっていうか。
とくに情報の検証作業と速報掲載のどちらを優先するかみたいな劇中の議論はメディア環境がまったく異なる今だったらやっぱ違う結論を見るよなぁとか、映画の舞台が現代だったら客の受け取り方も全然違うよなとかそういうの、ある。
すごいアクチュアルな部分もあれば懐古的だったり単に理想的だったりする部分もあって、だから俺の中ではやっぱ扱いが微妙に難しい、バランスの悪い変な映画に分類されるんですけど、でも、まぁ、キャラクターの簡潔明瞭な交通整理とか編集部内の流暢なカメラさばきとか総じて軽妙ポップで楽しいし、あと微賛公開中の(『96時間』の、ではなく『シンドラーのリスト』の!)リーアム・ニーソン主演『ザ・シークレットマン』にto be continuedのテロップが出ないのが不思議なくらい接続されてしまうラストとか超燃えますから面白いは面白いんだよ、結局。
【ママー!これ買ってー!】
Most Dangerous: Daniel Ellsberg and the Secret History of the Vietnam War (Bccb Blue Ribbon Nonfiction Book Award (Awards))
そのペンタゴン・ペーパーズをリークしたダニエル・エルスバーグのノンフィクション。訳書は出ていないが対象読者層がヤングアダルトなので文章は平易とのこと(でも公開に合わせて翻訳出してほしかった)。
刊行2015年。メリケンと表面上無縁なところに住んでいると対トランプ目的でいきなりスピルバーグがブチ込んできたようなネタに思えるペンペーですが、こういうネタぐらいはいつでも繰り出せる土壌が出来上がってるわけですなUSAは。いいなぁ。
↓一方こちらはメリル・ストリープの演じた人の自伝
こんばんは。ペンペー…機密文書には思えませんね。(^_^;)
印刷のアレは、活版といいます。今は、多分、パソコンでちょいちょい、ピューン!で、印刷工程までいってしまうだろうなので、何というか、このアナログ感にヤラれました。
『The Post』だもん、ポスト愛に満ちてますよね。
ズルいよなぁ、って映画でした。
あれが活版ですか。それで活版印刷というのか…ありがとうございます。
輪転機が動き出す瞬間とか荒っぽい新聞配達風景とか、そういうのはテンション上がりますよねやっぱ。