『レッド・スパロー』見た感想(オチバレないが多少ネタバレ)

《推定睡眠時間:0分》

エロ劇画調で面白かったんですけどいやしかしこんな戦中プロパガンダみたいな映画が今になって作られるとは思わなかったので…イギリスの元ロシア人スパイ毒殺事件が日本公開と重なってしまうという偶然も作用してたいへん奇妙な後味、ある。作りは奇を衒ったところのないオーソドックスなものなんですけど。

だいたいタイトルからして今これかっていう。このレッドって『レッド・スコルピオン』とか『レッド・オクトーバーを追え!』とかのレッドじゃないですかハリウッド命名法的に。
映画の中では深紅の衣装を纏って優雅に(あんまりそう見えませんが)舞い踊るバレリーナのジェニファー・ローレンスを指すが、現代ロシアのスパイ像を赤のイメージで印象づけるって逆に新鮮ですらあったよ。

だって内容的にはさぁ、バレリーナとしての未来を閉ざされて過酷なスパイ道でハートの凍り付いた女の人の話なわけだから『コールド・スパロー』とかの方がそれっぽいんだよ。寒々しい画が多いし。
でもコールドだと訴求力が弱いから『レッド・スパロー』なんでしょ。いや全部想像ですけど。全部想像だけど、でもロシア=ソ連=レッドの連想に食いつく層を狙った映画なんだと思ったな。
つまりレッド・ステイト(=共和党支持者の多い南部・中西部)の人向けアメリカ映画。毒には毒を。レッドにはレッドか。なんか仄かに皮肉が香りますが…。

でお話はロシア人バレリーナのジェニファー・ローレンスが相棒の裏切りに遭ってバレエ生命を絶たれるところからはじまる。
絶望に暮れるジェニファー・ローレンスに手を差し伸べたのは政府関係のゴニョゴニョした仕事をしているらしいプーチン風ルックスの叔父マティアス・スーナールツ。

写真をスッ。テープをカチッ。こいつを見てみな、おめぇを陥れたのはおめぇの相棒だぜ。真実(?)を知ってブチ切れたジェニローは秒で元相棒を半殺しに。
言うまでもなくこれは瑕疵と貸しを作ってジェニローを手駒にしようとするぷぅちん叔父サン(ひっとらぁ伯父サン風表現)の策謀だったので、ジェニローは為す術もなく血で血を洗う情無用のスパイ道に堕ちていくんであった。

一方そのころ。合衆国の対露スパイとして暗躍するジョエル・エドガートンはふとした勘違いから政府中枢に食い込んだ情報提供者の存在をロシア情報庁に嗅ぎつけられてしまう大ポカをやらかしていた。
いったいどんな勘違いだったのか。野外での情報の受け渡しの際にたまたま近くを通りかかったポリカーを見て殺られる! と判断。せめて情報提供者だけでも守るべく発砲してしまったのである。

こうして謎の情報提供者を巡って米ロそれぞれの美男美女スパイの暗闘それとも愛憎それとも…的なやつが始まるのだがそれにしても同胞を裏切ったり強姦してばかりのロシア人とたとえ敵国の人間でも絶対に裏切らないし紳士的態度を崩さないアメリカ人のプロパガンダ的対比が早すぎるし露骨すぎないですかね…。

それから色々あってジェニローは僻地のスパイ養成所に赴くことになるのだがそこの教練過程が凄まじくいきなり、シャーロット・ランプリング演じる超巻き舌のロシア語風イングリッシュを話す教官(※ロシア側の人もみんな英語を話す)が男女混合スパイ候補生の眼前でジェニローに全裸を命ず。
いや忖度しましたよ俺は。まぁそういうこともあるかもしれないな映画だしなって感じで納得しようとしましたよ。でもぶるぶる震えるどこかの変態を養成所に連れてきてハニートラップ要員の女スパイ候補に半ば見せしめ的に「しゃぶれ!」ってなんだよそれどんな訓練だよ!

ハニートラップを習得すべく個々のデスクすら用意されていないボロボロ(築年数推定不可の木造建築)の部屋で延々エロビデオ見せられる候補生たちとか…別にエロビデオを見せるのはいいがもう少し設備整えるだろっていうかそんなものよりまず座学をやれ。エロビデオ見せてる時間があるなら心理操作術を体系的に理論的に学ばせるべきだろ。
変態男を連れてきたっていいがせめてシチュエーションを作って実技的に活用するとかしろよこれじゃあ自国に対する憎悪を植え付けるだけで何の訓練にもならないだろむしろ逆効果だろ。っていうかあの変態なんだったんだよ!

プーチン統治下のロシアを擁護するものでもないがロシアのスパイ組織を一体なんだと思っているんだ…そんな無能組織が合衆国の大統領選のサイバー介入疑惑持たれたりとかするわけないだろ…。
いくらなんでもプロなパンダが過ぎるぞこりゃあ。もう笑うしかないから笑えばいいけど原作書いてるのは元CIAの人だしなんかガチっぽい演出だから笑うに笑えないよ…。
無意識のプロパガンダは面白いし過去のプロパガンダも面白いけど、ジェニローとかシャーロット・ランプリングとかジェレミー・アイアンズとか、こんな豪華キャストを配した現代のハリウッド映画として見るリアルプロパガンダは笑えないんだよ…。

しかしあの養成所のシーンは本当にすごかったなぁ。同じスパイ候補生の男にシャワー中に強姦されかけるなどの訓練の甲斐あってついにハニトラ要員スパイとして覚醒したジェニローが、候補生全員見てる前で全裸になって股をおっぴろげながら例の強姦男に啖呵を切る。さぁ、挿れてみな。
杉本美樹みたいでかっこいい気もしたが、東映ピンキーバイオレンスと違うのは東映映画は極端な思想の偏りこそあれ党派性を帯びたプロパガンダではなかったという点だろう。その点は、でかい。

これをプロパガンダだと思わない人はシナリオを変えずに出てくる国を身近に置き換えて想像してみればいい。たとえばアメリカを中国に、ロシアを日本に、とか。あるいはその逆。アメリカが日本で中国がロシア。
どうすか、日本語っぽい訛り中国語を話す中国の俳優さんが日本政府の偉い人とか演じてたら。中国語っぽい訛り日本語を話す日本の俳優さんが中国共産党の幹部クラスを演じたりしたら。
で、そのそれぞれで敵国の女スパイの実情はこんなだっつって、自国のスター女優を敵国側の人に犯させたりなんかしてたら。すげぇ古色蒼然としたプロパガンダって感じしませんか…。

そういう風に考えてみたらこれはシネコン的娯楽としてストレートに楽しめるかというと結構微妙な感じじゃないですかね。ていうか俺は微妙だったんだよ。
なんか輸入映画でよかったですね、物理的な距離の隔たりはリアルの距離も遠ざけるので。現地で見てたらもうちょい複雑な印象受けてたんじゃないすか。日本で見たら叶精作の劇画みたいな感じですけど。

それにしてもイヤラシイ映画だったが何がイヤラシイってジェニファー・ローレンスの水着姿(あんな水着でプールに来るかよ!)が、とかではなく、合衆国の仮想敵国としてはロシアと変わらぬ重要度を誇るはずの中国をネタにしてはこういう映画を作れないんだろうなっていうそこですそこ。
そこ、セコイよねぇ。成長著しい巨大な中国市場を敵には回せないわけでしょうアメリカの映画産業は。こういう映画が平然と製作されるのは政治的な対立っていうよりは単にロシア相手だと金にならないからなんだと思うよ。金にならない相手には一切配慮しない合理的拝金主義がハリウッドだから。

プロパガンダならプロパガンダで別にいいんだよどうせアメリカ映画は政治と切り離せないんだからどんどんやれよって思いますけど、相手の顔色を伺ってんのが丸見えのプロパガンダほど情けないものはないっすよ。
まぁ、ありそうもない続編でジェニローが今度は中国に潜入したら一回転して大拍手ですけど(でも俺みたいな屑以外はそんなの大ブーイングだろうし、大ブーイングであってほしいものだ…)

【ママー!これ買ってー!】


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スパイ絡みのプロパガンダ映画はどうせ製作国が勝つんでしょの一言で終わってしまうのでどんなにスペクタクルな内容だとしても逆に緊張感を感じさせないもので、比べるものでもないと思うが『レッド・スパロー』と『エスピオナージ』それぞれのラストに待ち受ける身柄引き渡し場面での迫力の差というのは、そのへんの違いが大きいんだろうと思われる。
超おもしろいですよ『エスピオナージ』。めちゃくちゃ好きなスパイ映画。

↓原作だそうです

レッド・スパロー (上) (ハヤカワ文庫 NV)

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