《推定睡眠時間:0分》
シリア空爆直後の公開(日本)かつ右翼エンタメ界の超大物ジェリー・ブラッカイマーの製作でしょ。鉄板じゃん。完全に鉄板じゃん共和党アクションとして(※右翼エンタメより語感がよいので以後こちらを採用)。
ミラクルな公開タイミング、そしてパーフェクトな予告編のナレーション。「9.11直後…アメリカ最初の反撃は、12人の男たちに託された」。
初日に駆け込んだら客席に米兵コスプレ(砂漠仕様)のオッサンまでいたからシチュエーションも完璧。絶対これおもしろい愛国映画じゃねぇか…と思いきや!
いや面白いは面白いんですけどっていうか想像したより遙かに面白かったんですけど共和党アクション的な意匠が圧倒的に足りなかったんだ。
アフガニスタンが地図のどのへんにあるのかよく知らんけどとにかく砂漠に居て黒っぽい格好していて銃持ってる奴はみんな合衆国の敵だから正義のために殺そうぜみたいな星条旗Yeah感が本当に全然足りなかったよ!
それ良いことなんじゃないですかね。いや、俺も良いことだとは思うのですが宣伝でこれだけゴキゲンな共和党アクション感を匂わせといて中身真面目っていうサプライズがちゃんとした映画だなぁの共感的賛意に勝ってしまったから…。
先だってガキの時分は残酷で知られる抗争ウェルカムな70人からなる走り屋のヘッドだったとかなんとかいうツイッター武勇伝を披露した後、ネットメディアのお父さんインタビューで大学の頃はサーキットで走ったりはしていたが高校の頃は進学校で真面目にやっていて抗争とか不良とは無縁の良い子だったことが判明(実態はまた違うのかもしれませんが)してしまった某市議の如くというわけである意味、『ホース・ソルジャー』、シリア空爆とは別の意味で時宜にかなった映画であった…。
(出典:【行橋市議会議員】もともと「残酷」で有名だった?~小坪慎也氏は残酷だったのか、調べてみた)
ところで9.11直後にアフガン入りした米軍騎馬隊、みたいな表現は小坪市議的な精神年齢的若気のイキリ表現であってこの人たちは別に騎馬隊ではないし西部劇みたいに馬を駆ってバンバンとアルカイダ構成員をぶっ殺していったわけではない(劇中にはそういう場面もありますが)
9.11関係者としてアルカイダ構成員の引き渡し求める合衆国の要求を拒否ったアフガニスタン・タリバン政権にホワイトハウスの偉い人激怒、打倒タリバンを対テロ戦争第一幕として腰巾着有志連合と共にアフガニスタン攻撃に入るが、そのためにはアルカイダータリバン政権とは敵対関係にある軍閥・北部同盟の協力を得る必要があった。
9.11直後にアフガン入りした12人というのはいわゆるグリーンベレーというやつで、アルカイダに押されてジリ貧状態の北部同盟を支援すべく彼の地に派遣されたというわけである。
(というわけで「お前らが一人でも死んだら米軍引き揚げるんだから敵前に出てくるな!」と北部同盟盟主のドスタム将軍に怒られたりするのだった)
「12人のアメリカ人VSアルカイダ5万人!」みたいなキャッチーなキャッチは従ってやはりイキっており、一応フェイクではなくとも誤解を招く誇張というもので、12人の任務はなにかと言えば北部同盟の白兵戦を有利に導くための空爆誘導なのだった。
アルカイダと北部同盟の圧倒的な戦力差を埋めるには要衝への空爆が最も効果的だったが、しかし2001年当時の技術では本当に精密な精密爆撃というのは不可能だったらしいので(今はどうか知らん)、空爆に際しては狙撃手の観測手に当たる空爆誘導手というのが現地に直接赴いて座標を送信する必要があったのだ。
要するにそういう作戦行動のお話であるから文字に起こすとなんかめっちゃ地味。空爆により逆ツララ状に炸裂する爆破シーンは花火大会的大迫力も基本的にはそのへんを疎かにしないわりとリアリスティックな軍事もので、結局は馬を駆ってのド派手な戦闘シーンとかも用意されてるわけですが、人死にアクションよりも状況の推移と作戦の成否に興味がそそられるジェリー・ブラッカイマー印とは思えぬ偏差値高めの…どうしたジェリー・ブラッカイマー!
いや、良いことなんですけど良いことっていうか普通のことなんですけど昨日まで不良だったやつが急に普通の人になったらそれ普通なんだけどエエッってなるじゃん…。
俺が戦争映画あんま見ないからっていうのはあるんですけど結構、他の戦争映画とかで見ないようなシーンがあったりしてそこらへんおもしろかった。
なんかディティールがちゃんとしてて。ウズベキスタン側の米軍キャンプからクリス・ヘムズワース率いる特殊部隊がアフガンに入る時に、探知されないようにとかでしょうけど雲海を見下ろす高高度を輸送機が飛ぶのでめっちゃ寒いし低酸素症でウゲってなるとか。
でその最悪フライトの後でクリヘム隊はドスタム将軍(ナヴィド・ネガーバン)率いる北部同盟一派のイスラム民族運動と合流するんですが、アメリカ産の中東アクション映画ってだいたい英語ペラペラな人が最初っから現地にいるので言語的衝突がないっていうか、英語を解さないのが敵側っていうわかりやすい無神経言語運用がなされる傾向あると思うんですけど、『ホース・ソルジャー』はここで言語をどうするか問題がちゃんと描かれたりするのすげぇ良かったですね。
あと他であんま見たことないシーンといえば自走多連装ロケット砲(BK-21というらしい)の恐怖。北部同盟のメインウェポン馬とライフルなのに自走多連装ロケット砲持ってきちゃったよアルカイダどうすんだよこれっていう。
BK-21の連射ロケットがビュンビュン飛び交う中をクリヘムと北部同盟の兵士が馬を駆って突っ切るシーンとかなんだかすごい絵面だが、これもその戦力の非対称性が面白いなぁって感じで。
なんかそういう台詞も出てきますけど地上を武力で制するのはアルカイダ側なのに空を制するのは米軍で、それでその中継点にクリヘム隊とドスタム隊が居るっていう。
谷での戦闘中に通信アンテナが落ちちゃって銃弾の嵐の中で拾いに行く、とかこれもなかなか見たことのない緊張かつちょっと笑える描写だったんですけど、空と地上を中継するっていうことがどれだけ難しいかっていうの、なんかメタファーっぽくもあったりして。
タリバン支配下のマザーリシャリーフを解放した後でドスタム将軍がクリヘムにこういうことを言う。
ここでは昨日の友が今日の敵になるし、今日の敵が明日の友になる。軍事介入した米軍が立ち去れば臆病者になるし、そのまま駐留を続ければ住民の敵になる。
何度もしつこいけど超びっくりしたよこんな常識的で星条旗万歳に釘を刺す台詞がジェリー・ブラッカイ(略
北部同盟+クリヘム隊への補給物資をアルカイダ支配下にあった町の住民が回収する場面に見える住民のしたたかさ、とユーモア(そりゃ空から勝手に降ってきたもんを勝手に拾って何が悪いんだって話だ)
投降するアルカイダ兵の中に自爆兵が混ざっていて…的な定番シーンも事後に両手を挙げながら右往左往するアルカイダ兵が画面後方に写り込んでいて、本当に投降しようとしていた連中に自爆兵が混ざっていたんだとわかる(つまりアルカイダ構成員を一群の抽象的悪者と見ていない)
今すぐやつらを叩くよう通信しろ、とドスタム将軍が武装勢力のキャンプを指してクリヘムに空爆を促すが、情報不足で彼らがアルカイダか同定できないじゃねぇかとクリヘムは食い下がる。
このへんのボタンの掛け違いと駆け引きのおもしろさというのもある。ただ空爆すればいいってもんじゃねぇんだよ、と安易な軍事介入を暗にたしなめているようなところを思えば逆の意味でシリア空爆直後の公開はミラクルタイミングでしょう。
『シェイプ・オブ・ウォーター』に続いてまたしても苦虫を噛み潰しまくり(そしてまた酷い怪我を負う…)なマイケル・シャノン、戦地に入ってからは兵士に徹してキャラが薄くなるマイケル・ペーニャのダブルマイケル置物芝居がかえって良し。米兵が主役のお話ではないわけだから(実質主役ですが)。
単身現地の軍閥間を渡り歩く飄々としたCIA工作員のキャラもおもしろかったなぁ。ともかく、思ったより全然良い映画でしたね。
図式は正義の使者が悪の権化アルカイダをぶっ倒す的なアメリカン愛国ファンタジーなんですけど、あれこれのディティールにその単純図式をひっくり返すような力があってなんか見応えありましたよ。あのジェ(略
【ママー!これ買ってー!】
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なんでもグラウンド・ゼロの9.11メモリアルミュージアムにはこのホース・ソルジャーの像が建っているそうで、愛国者ジェリー・ブラッカイマーはその像に秘められた物語を語り継ぐべきだと感じた(ホントかよ)そうですが、その美談の反対側には『オレの獲物はビン・ラディン』のゲイリー・フォークナーのような怪人も存在するのでむずかしいですね。
あとこれ超おもしろいから、『オレの獲物はビン・ラディン』。
↓原作
ホース・ソルジャー(上) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
※映画はマザーリシャリーフを北部同盟が奪還したところで終わりますが原作を立ち読みしたところ解放後に起こったアルカイダ捕虜の一斉蜂起事件がプロローグになっており、どちらかと言えば原作の比重はそちらに置かれているらしい。