《推定睡眠時間:0分》
同日鑑賞の『のみとり侍』とは部分的に印象が被ってしまうのは時代の空気、というのが少しは影響しているのかもしれない。
無論もっと影響しているのはどっちもタイトルにサムライが入っているという点である。そんなことで印象が変わるので人間はダジャレと韻の魔力からは逃れられない(でも真面目に言えば、オリンパス事件の遠い起源として劇中のある人物が封建制の名残りではないかと語っていたのだ)。
内容。オリンパスの巨額粉飾事件のドキュメンタリー。俺みたいな経済わからない勢からすればなんか悪いことしたんだろう程度の認識で記憶の彼方に追いやられていたあれ。
なんかひろゆきがホリエモン仮釈の時のニコ生で言ってなかったすかね。オリンパスなんてあんな酷いことしてるのにホリエモンに比べて追求甘いねぇみたいな(別の金融事件だったかもしれない)。
それぐらいは記憶にあるが逆に言えばそれぐらいの記憶しかないあのオリンパス巨額粉飾事件です。単にオリンパス事件だとなんか悪いことした感が薄いのでオリンパス巨額粉飾事件。
事の次第についてはまぁネットに詳細な事件の流れ載ってますし…映画を見ればどんな事件か一目瞭然なのでそこを書いてもしょうがないが…おそらくは赤字解消のための組織のスリム化とリストラ断行目的でオリンパス新社長に抜擢されたイギリス人経営者マイケル・ウッドフォードが思ったより本気でバッサバッサとオリンパスの懐にメスを入れたらウン十年ぶんもの物凄い膿が出てきてえらいことになったと。
オリンパスはバブル崩壊後に大きな損失を出したがこれを解消できず先送りに先送りを重ねていた。その額だいたい1200おくえん。どうしようこれ会社倒れるぞ。
ってことでウッドフォードの先代でウッドフォード就任時には会長職として二頭体制を築いていた菊川剛とその取り巻きの森久志元副社長なんかが中心になって金融チートで見せかけの赤字解消を行っていた。
新社長に就任して意気軒昂なウッドフォードがこれすげぇ無駄な買収じゃね? と気付いてしまったのは実はその一環で、これなんなんすかと菊川らに説明を求めるがどうも煮え切らない。かくして大事件に発展していく。
それにしてもこれ2011年7月のことだったんすね。地震があって原発があって韓流ドラマをいっぱい流すフジテレビに対するデモがあって…なんかとてもどうでもいい出来事が混ざっているが(その後の行動する保守の興隆からすればそれなりに重要な事件ではあるが)、忙しい年だったからあんま意識が向かないのも当然だよなぁ。
事件内容的にはたいへん示唆に富むというか現代日本の状況ともリンクするところ多数なので逆に今、新鮮な感じで見れたのは結果的に良かったかもしれない。
基本的には事件の全容を当事者インタビュー(無論、粉飾を行った側は出てきてくれない)と多彩なニュース映像なんか交えてテンポ良く端的に、視覚的にもわかりやすく解説してくれる良いナビ映画で、ちょいちょい顔を出すアイロニーとユーモアのおかげで前知識マイナス状態でもたのしく見れたてよかったです。
こういういうのはもう、映画見てくれとしか感想として書くことがないが、見ていて思い出したことがあったので分量的にはそっちの方が長くなってしまうが以下回想。
映画とは基本的に関係ないです。いや基本的にはね。俺の中では全然繋がってますから。日本的組織ほんとうにダメだなみたいな感じで。
さてこんな大きなスケールの話ではないけれども何かとても身につまされるところがあったのはその昔、バイト先でコンプライアンス完無視案件に遭遇したからだった。
スケールこそ小さいが病根は深い。発端は年末になって来年分の扶養控除等申告書を必ず提出せよとのお達しが人事から届いたことだった。
その時の俺はダブルワークをしていたのだがお達しが届いたのは給与の少ない方、源泉徴収区分では乙に当たる方で、甲に当たるメインのバイト先には既に来年分の扶養控除等申告書を提出していた。
とにかく社会人知識がない底辺バイトだからそういうものかと考える。ちゃんとした社会人の皆様ならば扶養控除等申告書は1カ所にしか提出してはならないというか、2カ所以上に提出しても結局は確定申告で追徴を受けることになるとご存じだろうと思うが、こちとらそういう一般常識がないから底辺をやっているのだ。
会社から必ず提出せよと言われたら(ご丁寧にアンダーラインまで引いてある)とりあえず面倒だから従っておこう、となるわけである。
しかしこの文面にはさすがの底辺も引っかかるところがあった。疑念が明確な不信の形を取るのは12月に入ってからである。再び人事からお達し。「当社では年末調整は行っておりませんので皆様で必ず確定申告を行って下さい」。
インターネットはデマを拡散する兵器にもなるが無学な底辺の武器にもなる。こんな通達は他のバイト先では受けたことがなかったので国税庁のサイトを確認してみれば、年末調整の対象者は一部を除いて扶養控除等申告書を提出した給与所得者とある(所得税法第190条)。
それに反した場合の罰則規定の有無など細かなところまで頭が回らないのが底辺たる所以であるが、ともかく適法ではないのはわかる。
第一には扶養控除等申告書の提出を強要している点、第二には扶養控除等申告書を受け取っていながら年末調整を行わないと高らかに宣言している点、それから第三に、以上の点からこれはおかしいと気付いた俺が記載事項に誤りがあったため(実際、本来1カ所に提出するところを2カ所に提出しているのだから記載全体が誤りだろう)提出した扶養控除等申告書を取り下げて欲しいと通達を出した担当者に要求すると拒否された、という点で。
第三の点は所得税法第194条に抵触するのではないかと思うが法律を素人が都合良く解釈しても無益どころか有害。いやそんなことはわかっているし抵触するしないはどうでもよい。
腹が立った。所詮は金も教養も持ち合わせていない最低賃金クラスの底辺バイトだからと舐めやがって。言っておくがそのロクデナシ会社はバイト従業員数が数百人規模のそれなりに年期の入った結構な会社である。
源泉徴収義務の免除される従業員二三人の個人事務所なんかとは訳が違うし、なんでこんなしょうもない法令違反(と思われる)が堂々とまかり通っているのか。
入社時の会社説明でパワハラなんか受けた際には自分が担当なので連絡下さいと言っていた、手紙を送りつけたのとは別の人事の人間から名刺を貰っていた。
そう言われたからにはお言葉に甘えて使わせてもらうことにした。会社勤めの経験がないから具体的にその人間がどんなポジションでどんな権限を持っているのかはよく分かっていなかったが、ともかく文句を言うにも筋は通すべきだろうと一応は思ったのだ。
さて電話で状況を説明すると呆れたことになってしまった。電話というのは件の名刺をくれた人間(面倒なので仮に名刺さん)のデスク直通で、電話口から話が漏れていたのか背後で騒ぐ声がする。例の「年末調整は行っていません」の手紙を送りつけた担当者だった(これも面倒なので以下手紙さん)。
騒ぐということは本人もマズイことをやっている意識はあったんだろうな。こちらの声がダダ漏れなら向こうの声もダダ漏れである。違うんです! 分かってますよ、分かってますけど! それを認めちゃうと仕事量がとんでもないことになるんです!
これを含めて以下の会話は全て録音していたので源泉徴収義務違反の疑いありとして通報するときに送らせてもらいましたありがとうございます。
せいぜいのところ適当な行政指導でも入っただけで何の変化もなかったでしょうがね(指導があったのかさえ怪しいところだ)
そんな発言を聞いちゃったら逆にもう引けない。はっきり言っておきますが俺はどうせこの会社で年末調整をするつもりはなかったし(ダブルワークなので)、どうせ確定申告も行くので被害と呼べるほどの被害は被ってないんである。
もし実害があるとすれば年末調整を忘れた際に多少のペテルティを受けるぐらいなものでしょうが、そんなものは屁みたいなもんでまったくどうでもいい。
どちらかと言えばそれで傷が付くのは底辺フリーターの俺じゃなくて会社の信頼だろうだいたい。
後に先方からも説明があったがどうして扶養控除等申告書を提出させていたかと言えば呆れるほど単純な話で、その社の雇用条件だと基本的にアルバイトは月収5万とかそこらを超えることはない。
源泉徴収区分の甲ならば88000円未満の給与所得に月々の源泉徴収はないから事務負担ゼロ。一方で乙ならば88000円未満でも事業者の方でアルバイトひとりひとりの税額を算出しなければいけない。これは事務負担が大きく超面倒。
話を聞けばいつかの時点でこれを回避するためのスキームが編み出され、つまりは税制区分を甲にするために全てのパート・アルバイトに扶養控除等申告書を提出させ、同時に更なる事務負担の軽減策として扶養控除等申告書を受け取りながらも年末調整を拒否するのが慣例となっていたのだった。
お前らは人間の味を覚えた熊か。三毛別か。まったく。
手紙さんが焦ったのはこの事務負担軽減スキームを法的に怪しいと知りつつ前任者のやりかたを引き継いだだけだから、との意識があったからだろう。自分は悪くないと思えばこそ無意識の罪悪感も重くなろうというもので。
しかし手紙さんは手紙さんとして、会社の方で問題を認識しているのならさっさと過ちを認めて謝罪と扶養控除等申告書の返却でもしてくれりゃあいいのだ。
ところがそうはならなかったから心底どうしようもねぇし後にも引けなくなってしまったんである。底辺にも意地があるのだ。むしろこの件に関して言えば実害がほぼないので意地しかない。
名刺さんとの話し合いの場が設けられた。なんと言ったか。社労士がOKと言っているの一点張りである。こちらも武器がないと戦えないので人生で始めて作ったプレゼン資料()を手に前述のいくつかの点で所得税法上の問題、また労働法上の問題があるのではないかと反論する(実際に問題があるかどうかは知らないのでハッタリとしてですが…)。なんと言ったか。「それは分かるけど、でもそうすると仕事が回らなくなっちゃうんだよ」。
馬鹿なんじゃないだろうか。こっちはICレコーダーで録音してるんだぞお前の言ってることを。今時その可能性ぐらい考えるだろう普通。
尤も使えない人間だから肩書きがそれっぽいだけの実態は社内クレーム緩衝材的なポストに回されたのかもしれない。会社勤めの経験がないから知りませんがなんか色々あるんじゃないの、なんか。
社労士はOKと言っているの牙城を辛抱強く突き崩していくと次第に態度が軟化してくる。「それは分かるけど、でもそうすると仕事が回らなくなっちゃうんだよ」には腹減ってて金が無かったらパン盗んでもいいのかとアホみたいな説明を返す。名刺が折れた。
確かに扶養控除等申告書を提出してないアルバイトはいる。君もそうして「あげても」いい。ただし条件がある。他のバイトにこのことが知れ渡るとみんな扶養控除申告書を提出しなくなっちゃうから、私とあなたの秘密にしておいてください。
…入社時の説明でパワハラを受けたら俺に電話しろとか言っていたのはなんだったんだ。いや、俺にしたってその言葉を信じるほどピュアではありませんが、一応そういう立場の人間として言って良いことと悪いことの区別ぐらい付かないのか。馬鹿なのか。本日二度目の馬鹿が出てしまったぞ。
話した印象で言えば名刺さんの人柄は別に悪くない。頭だって別に悪くないだろうと思われるが、ただ馬鹿なんである。会社組織の中で、組織のハウスルールに従ってなぁなぁでやっているうちに人は馬鹿になるんである。
名刺さんに恨みはないし手紙さんに恨みはないし仕事内容も別に悪くない、どころか底辺基準で言えばけっこう割の良いバイトだと思っていたが、こんな阿呆組織に屈する苛立ちが勝つ。
結局そのバイトは辞めることにしたが、後日別の部署の人間が謝罪にやってきた(以下、謝罪さん)。関係ない人から謝罪をされても困るしどうせ辞めるからもうどうでもいいので、とりあえず指摘した点についての社としての見解と再発防止策などを訊くがうーんうーんと要領を得ない。それからまた本当にすいませんとくる。
察するに名刺さんとの話し合いの際に労基だの税務署だの(「社名は黒塗りにして例の通達のコピーを見せ、違法だと説明を受けております」)と言っていたので、なんか変な行動に出ないよう情でほだしにきたんじゃないかろうか。
謝罪さんの説明によれば「上の人間は知らなかった」そうです。そうですか。こんな短時間アルバイターが数百人規模で毎年みんな源泉徴収区分甲っていう不思議に気付いていなかったんだとしたら人事でも総務でも経理でもなんでもいいですが知りませんが上の人すげぇ無能じゃないですか。社内コミュニケーション取れてないんじゃないですか。ていうかダメなんじゃないすか?
ところで辞意を伝えた後で就業規則を読んでいたら気付いたのですが、コンプライアンス遵守のために監査室のホットラインを設けたと書かれており、従業員はコンプライアンス違反を発見した際には速やかに監査室まで報告する義務を負うとの条項があるのですが、その番号は就業規則のどこにも記載されていないのだった(内線も含めて)。
【ママー!これ買ってー!】
エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか? デラックス版 [DVD]
参考映画に挙げつつ見たことのない大手企業崩壊ドキュメンタリー(オリンパスは崩壊しておりませんが)。
これを含む経済ドキュメンタリーで鳴らしたアレックス・ギブニー監督が今やってる『ラッカは静かに虐殺されている』の製作総指揮に名を連ねているのは興味深い気がしないでもない。
↓元になったルポ