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ジョン・カーペンターの大カルト『ゼイリブ』といえばサングラスをかけるかけないでプロレスが始まるあの怪場面であるがリチャード・リンクレイターのこの慎ましやかな映画は配属先のイラクで死んだ軍人の息子に何を着せて葬るかで父親VS息子の上官が火花を散らす。
ここで一気に話が飛びますがようやく辿り着いた息子の葬儀の場面でなぜかどうしたことか頭にチラついたのは米国観察ドキュメンタリーの大御所フレデリック・ワイズマンの州議会ドキュメンタリー『州議会』で、なぜチラついたのか考えてみると次のような共通点が出てくる。
一つには映画のラストが弔いの場面であること、それから故人に代わって地縁や血縁のない第三者が共同体や機能集団におけるそのポジションを一時的にでも引き継ごうとすること、最後にその交代劇が衣装を介して行われることであると書いていて(いやそれはちょっと牽強付会が過ぎない)と思いましたので『州議会』のことはひとまず忘れてもらうとして、しかし『州議会』はともかく『30年後の同窓会』はそういう意味で衣装についての映画だったよな。
このような衣装の機能を社会科学の分野でなんと呼ぶかは知らないが、何を着るかがその人間の職業や社会階層や人となりを決定するし逆に着るものがその人間を作り上げる、という点を徹底してるように見えたので。
なんか知らんがアメリカっぽい感じだ。遺体の衣装選びまで政治行為になる。『ゼイリブ』の如く身に纏うものが違えば見える世界まで違う。衣装はアイデンティティの標識じゃない。アイデンティティそのもの。
おとなだから表面的には穏やかだが心中では『ゼイリブ』のプロレスが繰り広げられているに違いない父親と上官の意地の張り合いを眺めながらべつに何着て埋めたっていいじゃないですか後で掘り起こして見るわけじゃないんだから…とは思ったもののこうまで真剣にやられるとこちらも襟を正してしまう。
あれささやかな抵抗じゃないよな。父親としては息子を無駄死にさせた軍とか政府への弱々しい精一杯の異議申し立てのつもりだったのかもしれませんが、映画を俯瞰して見た時に遺体に軍服ではなくて学生服を着せようとする事は公に対する私の本質的な抵抗として現れてくるんじゃないか。
映画とはまったく関係ないのですが文化の盗用なる概念がアメリカでそれなりに支持(?)されるというのもそういう考え方が背景にあるのかもしれないなぁと思いましたよ。
というわけでその父親スティーブ・カレルと二人の戦友(ブライアン・クランストンとローレンス・フィッシュバーン)+αの葬送旅行はカレルが軍服での埋葬の提案を拒絶するところから始まる。
30年ぶりに再会した戦友が妻も息子も失って大変だというので(また重めの負い目もあったので)とりあえず遺体の搬送された空軍基地まで同行したクランストン&フィッシュバーンとしては青天の霹靂。
速やかに葬儀を済ませて帰るつもりだったのに軍服問題がこじれて遺体をアーリントン墓地まで自分たちで運ぶ羽目になってしまった…。
可笑しかったな三人の噛み合ってるような噛み合ってないようなコンビネーション。↑だってシリアスな悲しい場面ですけどほんのり笑えてしまったよ。
糞真面目な冷淡牧師フィッシュバーンが遺体を前にしながらさっさと引き上げようとするのが堕落バーテンのクランストンには我慢ならない。本当は自分も帰りたいくせに逆張りしてカレルと死んだ息子の上官を煽っていく。
煽られたらカレルもふつふつと上官に怒りが湧いてくる。売り言葉に買い言葉で上官の方も…のチェーンコンボが見事に決まってしまってDIY遺体搬送とこういう具合で。
個人としての強固な意志とか目的とかはあんま持ってないんですよね全員。三人だけじゃなくて出てくる誰もがそんな感じで、ただ目の前の状況に対して自分のポジションから何を言うべきかっていうことだけは分かってて。
だからあのゆるゆるな葬送旅行はちょいちょい第三者を巻き込みながらゴールのないパス回しを延々続けてるみたいものですよね。そういうところは衣装の主題化とも繋がってるんだと思った。
文字通りのポジショントークで旧交を温めるうちに逃避的に忘却していた過去のポジションと衣装…軍服を思い出すっていう展開は巧みだなぁと思いましたよ実に本当に。
三人がケータイショップに行くくだり、あれ最高。ガラケーでふざけるブライアン・クランストンの無邪気とローレンス・フィッシュバーンの呆れ顔が良いんだ。泣けるほどええかったですよゴツオッサン同士の戯れ。その間で微笑む悲しみのスティーブ・カレルも。
上官ユル・ヴァスケスの慇懃無礼っぷりも殺伐としてなくて良い。リチャード・リンクレイターの映画だから嫌なやつにも愛があるよ。
で、リチャード・リンクレイターの映画だから取るに足らない凡人の営みからアメリカを浮かび上がらせようっていう、やっぱそういう映画だったとも思いますね。
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原作者が同じというのを後から知って膝を打ったが『さら冬』はもっとふざけてますよね。若さか。
こんにちは。軍の慣習、属性などとても面白く鑑賞しました。フラッグを畳むシーンが好きです。原題呟くと泣きそうです。ワシントンの遺書は誰が引き継ぐのだろう?近隣の60代男性には、「見るべし」と勧めました。
そうなんですよねぇ、軍隊文化が結構ストレートに描かれた映画なんすよね。カーゴルームの新旧軍人会話なんかも面白く。でも誰かを弔うことが自分たちのケジメになることを示すフラッグの場面は普遍的なものでありました。