《推定睡眠時間:15分》
猫も杓子も実話に基づくアメリカ映画界なので実話に基づいたからといってなんなのか、実話だから観に行こうみたいな宣伝効果が本当にあるのか、ある種のメディアミックス的な狙いがあるのか、それとも単なるネタ切れなのかと実話に基づく予告編を目にする度に心の中で心の中のスクリーンに心の中のポップコーンを投げてはいるが、明らかに実話に基づくニコラス・ケイジ待望の最新作は実話インスパイアを一切謳っていないのでいやそこだろ! そこは実話推しで行けよニコケイ主演以外の宣伝材料なにもないんだから!
…と思いつつも元ネタと思しきジェラルド・フース回顧録というのはなんか拗れている案件のようなのでインスパイアを推さない消極スタイルはあえての積極的地雷回避行動だったのかもしれない(剽窃とも言う)。
映画のストーリーは夫婦でモーテル経営に乗り出したニコラス・ケイジが買い取った安モーテルに屋根裏部屋の覗きスペースを発見、暇を見つけては客の性行為を覗いていたが…みたいな感じですがこれを(本人の言を信じるならば)リアルで数十年ものあいだ実践していたのがジェラルド・フースという怪人物。
アメリカのセックス文化に造詣の深い著名なジャーナリストのゲイ・タリーズはこの人と長年交流を持っていて、2016年にその集大成として例のフース回顧録『覗くモーテル観察日誌』を上梓し話題を呼ぶのだった、が。
センセーショナルなアメリカン回顧録の常としてフースの言っていることはどうも怪しいと疑惑噴出。その煽りを食らってタリーズの信用ならびに権威は暴落、一方フースも事実とは異なることが勝手に書かれているとかなんとか言い出して大ジャーナリスト入魂の最新作はキワモノ系の藪中案件になってしまった(以上、Netflixドキュメンタリー『覗くモーテル』による)。
ニコケイが覗きに勤しんでいるうちに犯人不明の殺人事件が発生してしまうニコケイ・モーテルですがー、フース信用できねぇ陣営が槍玉に挙げるのが彼が目撃したと言い張るモーテル殺人事件。
映画の中でニコケイはレズビアン・セックスを覗き見ていたが、フースが長年の覗き遍歴の中でもとりわけ印象的だったと語るのはレズビアン・セックスだ。
ニコケイに覗きモーテルを譲った前オーナーは近づく人間にガイガーカウンターで身体チェックをかけるような怪人物だったが、(本人の言を信じるならば!)100万ドル相当の野球カードコレクションを所持していることを許可無くタリーズに書かれたと憤慨するような男がフースであるから、そのせいで強盗に狙われると怯えるような男がフースであるから、実話に基づくかどうかはともかく『覗くモーテル観察日誌』に基づくのはほぼ間違いないだろうこれは。
そういうわけで設定から連想される江戸川乱歩的めくるめく変態ワールドよりも無許可原案の『覗くモーテル観察日誌』か、あるいはその騒動の顛末の描かれた『覗くモーテル』との絡みで観た方がおもしろいというかそのへん絡めていかないといやぁ厳しいな、厳しいよ!
去年公開されたニコケイ映画はわりとどれも面白かったし今年1発目の『ヒューマン・ハンター』は良い意味で低予算ニコケイ版『ブレードランナー2049』だったので油断していたが、この厳しさが本来のテン年代ニコケイ映画だよね。『リービング・ラスベガス』よりも厳しい映画の荒野に回帰するニコラス・ケイジ(そして客)。
もうオープニングクレジットからしてヤバい臭が漂ってる。空虚な荒野道を往く車載映像に画面奥から鮮烈な赤テロップがぬーんと迫ってくる『ロスト・ハイウェイ』風スタイルにデヴィッド・リンチ×ニコケイなあの輝かしい『ワイルド・アット・ハート』想起が待ったなし状態になるがテロップの切り方とか出のタイミングがめちゃくちゃ甘いやっつけ仕事の観。
覗き×殺人の組み合わせから更に『ブルーベルベット』に繋がるリンチ連鎖が脳内スタンバイに入っていたがテロップが雑ければ車載画も音楽も雑いチープでちぐはぐな出だしにリンチ連鎖は即座に相殺された。
リンチ連鎖が立ち消えになったからなんなのか。別に面白ければなんでもいいがおもしろくないんだって。全然おもしろくないんだって。
なんか1カ所秀でたところがあればいいじゃないですか映画なんて。そういうの何もないんだよ覗き描写は浅くておもしろくないしストーリーは平坦だしキャラクターはシールブック貼り貼りしてるみたいだし。
なんでそこまで何もないんだと思ったよ。普通…普通かどうかは知りませんけどどんなつまらない映画でも大体の場合はなんか1カ所ぐらい出るじゃん歪なところとか浮いたところとか。それでそれが妙な味になったりするじゃん。
そういうのが無いんだよ。逆にこれぐらい各要素が均等におもしろくない映画をよく作ったなと思うよ。絶対そっちの方が難易度高いよ。
最後の方に出てくるニコケイがどーん! な場面は少しだけおもしろかったけれども…この監督、ティム・ハンターという人、テレビドラマ界のベテラン演出家だそうでフィルモグラフィを見ると『ブレイキング・バッド』もやっているし『マッドメン』もやっているし『デクスター』もやっているし『ウェイワード・パインズ』もやっているし『Dr.HOUSE』もやっているのになんでこんな、と書きながらその手堅いプロ仕事が全面的にマイナス方向に働いた不幸なケースだったんだろうと逃避的自己解決。
今では珍しいTHE ENDの文字が採用される映画だったが散々とつまらないサスペンスを見せられた末に唐突に現れる下手テロップのTHE ENDはなんか笑ってしまったからあぁそうか、そういう意味ではおもしろい映画だったな。
下半身の抑制できないニコラス・ケイジの姿も笑っちゃうしな。原色ヴィヴィットな色彩は異様なムードより異様な安さを強調してこれも可笑しい。おもしろかったよ。おもしろかったです。
映画の荒野に迷い込むと人はまぼろしに縋るようになる。
【ママー!これ買ってー!】
盗作で裁判になったりしないのかと映画の中より外側にむしろサスペンスが。