《推定睡眠時間:0分》
ヒュートラ渋谷で観たら上映前に配給インターフィルムの広報の人による前説があり、これが台風にも台風による(と思いたい)まばらな客席の薄い反応にも屈しない実に暑苦しいハイテンション。
力が入りすぎてヒューマントラストさんではマーゴット・ロビーの新作もやるんですよね!? と脇にいた劇場の人にボールを投げて完全否定される珍プレーもあり(たぶんヒュートラではなくシネマカリテの特集企画で上映される『アニー・イン・ザ・ターミナル』のことを言っている)、映画も二転三転する先読みできない展開が見物だったが観る前から既に先が読めないハラハラドキドキの映画体験に。ありがとう暑苦しい広報の人。
配給の人間のキャラで映画を売るというのは叶井俊太郎ぐらいなものだと思うが、SNSを活用した配給のネタ的情報発信や応援上映をはじめとした各種イベント上映の増えてきている昨今、観客が元来黒子であったところの配給の人に触れる機会というのは叶井俊太郎の時代に比べれば遙かに増えているであろうから、とくにミニシアター系の上映ならこういうイベント映えする人はどんどん前に出してくれたらシネコン上映と差別化できておもしろいかもしれない(でもそれでタレント気取りの広報の人が出てきたりすると全力でムカつくわけですが…)
で映画の方ですが面白かったですよ『スティール・サンダー』。まずタイトルがいいすよね。単体だと別になんでもないが原題が『BLACK WATER』なのでふたつ合わせるとなんとなく声に出したいタイトルになる。『スティール・サンダー/ブラック・ウォーター』。『ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー』的な。
ブラック・ウォーターといえば某になっていない某民間軍事会社。そういえばドルフのメジャー復帰作的な『エクスペンダブルズ』のパンフで越智道雄が(エクスペンダブルズは民間軍事会社設定なので)大真面目に解説していたなぁと思い出すが、民間軍事会社も石油も中東もブラック・ウォーターの語から連想できそうなものはまったくなにも関係しないスパイ・サスペンス×テロリスト・アクションが『スティール・サンダー』であった。
厳密には敵はテロリストではないけれども『沈黙の戦艦』的な意味ということでひとつ。動くグアンタナモこと極秘拷問潜水艦(なんという映画ロマン溢れる響きだろう)を舞台にCIAの内偵中にハメられ拷問を受ける運びとなった諜報員ヴァン・ダムが八面六…まあ二面三臂ぐらいかもしれないがその分ドルフ・ラングレンの友情出演など他人の手を大いに借りて大活躍。
わりと最後の方まで出てくるとはいえドルフの出演時間はトータル10分ぐらいだったので苦しいが、強引に二大筋肉スター共演の脱出アクションとして括ればヴァン・ダム&ドルフ版の『大脱出』と言えなくもない。
いや、言う。観てるこっちのテンション的にはそんな感じでしたから! 映画の内容がそうかどうかは別として!
とそのように書くとなんか脳筋映画っぽいが意外やこれは捻った展開と癖のあるキャラクターのアンサンブルが面白い感じのシナリオで見せる系映画だったりした。
拷問潜水艦の搭乗者も一枚岩ではない。艦の運航に徹しているので尋問室で何が起こっているのか、そもそも誰が尋問されているのかなど全然知らない艦長ら乗務員サイド、ヴァン・ダムに情報を吐かせるべく乗船したCIAの偉そうなやつサイド、どうもそいつを怪しいと睨んでいるっぽいまた別のCIAの偉そうなやつサイドと立場も職権も思惑も異なる人間でいっぱい。
潜水艦の限定空間の中で刻々と変化していく各グループの関係性、裏切りや騙し合いがサスペンスを生むという類のシナリオでー、その変化に合わせて映画の印象も四段階ぐらい変わるのでなんかコンビニの幕の内弁当みたいなお得感。
オマケみたいに投入される正体不明のレクター博士的被拷問者ドルフ・ラングレンの存在がまた効いていて、こう、ちょっと不気味なユーモアを漂わせてええ感じ。アクションとか雀の涙ですが。
こういう趣向の映画であるし、振り返ってみれば一番影が薄いのは主演にも関わらずヴァン・ダムだったかもしれない。なにせ敵役連中の面構えがイイ。全員知らない俳優の人だが信用できそうな顔がひとつとしてないから安い絵面の中にも緊張感がある。
こんな顔に囲まれると拷問潜水艦の乗務員には到底見えない、そこらのB級アクションだったら単に安い俳優として自動的の脳が視界の外に弾いてしまいそうな無個性ぽっちゃり副艦長でさえその異質性がサスペンス要素として機能する。
いやに動きが良いなぁと感じた気持ちオスカー・アイザック風の中ボス的な敵役はなんとあれエンドロールを見たらヴァン・ダムの息子だそうです。知らなかった! そのサプライズでヴァン・ダムの印象は更に薄れる。
全体的にもっさりしているが編集のたまものかアクションはリズミカル。映画の主軸はアクションよりもサスペンスなのであんまり凝ったことはしていなかったと思うが、リズムでなんとなく気持ちよく見せてしまうようなところがあったようにもおもう。
それはいくらなんでも無理だろう的なドルフの陽動作戦はいちばんのみどころ。面白かったがこれもうこうなるとヴァン・ダムじゃなくてもいいやってなるヴァン・ダムには珍しい塩分とナルシシズム控えめのヴァン・ダム映画でした(だから面白かったのかもしれない)
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『大脱出』なんてもう筋肉スター大共演にかまけた大味なシナリオでそれに引きかえ『スティール・サンダー』がいかにお話を面白くしようと知恵を絞っていたことかと思うがそうは言っても金と筋肉が大盛りの『大脱出』の方がやっぱ盛り上がってしまうから筋肉映画の客は薄情。