《推定睡眠時間:0分》
ぼくはこの主体性の一切ない流され型スイーツ恋愛脳の主人公(唐田えりか)にめちゃくちゃ共感できなさすぎたので何の前触れもなく特に理由もなく美術館で出会った東出昌大にその場で即、唇を奪われて以来とにかく東出昌大ひとすじで東出昌大しか見えない、ふたりでツーリングに行ったら事故ってしまって路面に投げ出されたその場でなんとなく、なんとなく燃えてきちゃって相手側の運転手も見ている中でおっ始めてしまうぐらいの動物的恋愛をのっけから暴力的に押しつけられて本当に本当に辟易してしまったが、あぁ、そんな反応は計算ずくのことだったのだ。
事故車両ガン無視で愛欲にズブる唐田えりかと東出昌大なんていうのは他愛のない愛の他にない描写では決してなくて、それが頭の中で物語にピタリとハマった時にはナルヘソカタルシスがたいへんあったので半ばネタバレのようになってしまう気がしないでもないが何のお話かと思えば修復のお話、あれは、あの事故の破局の光景はそれから何度となく形を変えて唐田えりかの前に現れるが、美術館で出会った東出昌大は壊れたものを直そうとしないし唐田えりかもそれに追随する、その唐田えりかが大事な大事な東出昌大を失って『めまい』的オブセッションに駆られる…という映画だったわけです。修復しなければならない。壊れたものを修復しなければならない…。
極めて不思議不本意な形で東出昌大と別れて数年、忘却と東京引っ越しによってその過去を克服したというか過去から逃避していた唐田えりかの前に明らかに東出昌大な東出昌大が現れた。
美術館で会った人だろ?(by平沢進)と動揺を隠せない唐田えりかだったが話を聞くとどうやら美術館で会った東出昌大とは別の東出昌大らしい。世の中には自分と同じ風貌の人が三人いるとか七人いるとか言う。
こころのどこかでは帰還を望んでいたとしても忘れていたはずのものが急に来られたらやっぱ困る、困るがそんな事情を知らないポスト東出昌大は結構グイグイ唐田えりかに迫っていって、その過程で色んな人と人を偶然繋げていってしまう。
これもひとつの修復か。その少し前のシーンでは東京で起きた通り魔殺人(秋葉原のことだと思われる)を報じるラジオニュースが流れる。
人と人の繋がりの間をするりするりと通り過ぎていく遊歩者型の東出昌大(前)とは真逆の性質。仕事もなにをやっているのかよくわからない東出昌大(前)と違って酒造メーカーのサラリーマンなポスト東出昌大なのだった。
主体性の一切ない流され型スイーツ恋愛脳の唐田えりかはそんなポスト東出昌大に流されて次第に自分が持つ修復力に目覚めていく。
忘却に背を向け修復に目を向けるということはつまりようするに一度壊れたものはもう元の形には戻らないと認めるということだ。
海外展開を推し進めるために社のロゴ変更を提案して上司にガン切れされるポスト東出昌大の何気ない台詞は後から思えば示唆的だった。「社の精神が台無しになる、だってさ」(うろ覚え)
偶然再会した唐田えりかの友人が整形していたというのもその一例。壊れたものは元の形には戻らないけれども、できるだけ本質は変えずに前とは別のよりよい形に作り直すことはできる。できるというか、できてほしい。
そのような願いを感じる映画で、失った恋人のドッペルゲンガーで恋愛ミステリー的にとりあえず話を引っ張っておいて加速度的にえぇそんなとこ行くの! っていうかどこ行くの? みたいになっていく『幻の湖』的ふわふわ飛び散り展開に『幻の湖』さながらのぼやぼやサスペンスを感じながら見ていたりしたが『幻の湖』ほどに飛躍しないところでその飛散した物語のすべての断片が、不安定な現実をしっかり真正面から見つめるもう主体性の一切ない流され型スイーツ恋愛脳の唐田えりかとは呼ばせないポスト唐田えりかの瞳の中でひとつに結ばれるに至って、そこに刻まれた修復の意志に泣くとか泣かないとかそういうのじゃないなんだか不思議な『幻の湖』の如し感動を覚えるのだった。
『幻の湖』がそうであったように(どれだけ推すんだ)『寝ても覚めても』もかなりツッコミ待ちっぽい箇所が多々見受けられたりした。
東出昌大の間違っているわけではないと思うが明らかにあやしい関西弁っぽい関西弁しゃべりとかたぶんツッコミポイントに違いない。
最終入場が終わって営業終了直前のギャラリーに無理矢理入れてもらって写真家の個展見る場面にはうわもう絶対ねぇわそれってなる。
まずそもそも営業時間を確認して行くべきだし営業終了30分前が最終入場はギャラリーとか美術館とかの基本じゃんだし無理矢理入れてもらった15分とかでその険悪な雰囲気の中で見れないよ作品、絶対見れないよ! ツッコミ待ちの場面だったと思う。
何気ない会話にしれっとコテコテのボケが入ってきたりするツッコミ不在の関東系関西ノリ、独特のグルーヴ。
そういうところもおもしろい映画であと猫ね、最後に猫です。俳優の人は大阪のおばちゃんとか同僚の嫌なやつとかみんな良かったと思うのですが一番の名演やっぱ猫、猫の空気を読もうとしている時の硬直した目線と空気を読んだ時のするっとした動きと何も読んでない時のぐでっとした液体っぷり、いずれも猫芝居の最高峰。
※後から少し書き足してます。
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絶対にちょっと似てると思うんですよ。絶対にちょっと。
↓原作