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ソ連崩壊直前の1991年、宇宙ステーション「ミール」で孤立無援状態にあったソ連の宇宙飛行士と貧苦に喘ぐキューバのエリート教師が無線で云々…的なあらすじを見てそういえばと思い出したのが今年の10月に国際宇宙ステーション(ISS)に二人の宇宙飛行士を運ぶ予定だったソユーズロケットの打ち上げが失敗した、というニュース。
ニュートンの最新号で読んだがソユーズロケットの打ち上げ成功率は97%と非常に高いらしい。そんなものでも失敗する時は失敗する。
搭乗した二人の宇宙飛行士は緊急救助システムが働いて無事だったそうですが、ソユーズロケットの打ち上げができないとISSが無人運用状態に陥る可能性があるらしいからわりあい深刻な事故だった。
正直者しかいないゾゾのボスの人が月の周遊旅行に名乗りを上げるぐらいなので宇宙とか余裕じゃんとついつい思ってしまう現代でも宇宙飛行は命懸けで、これだけ技術が発達しても常に予期せぬ事故と隣り合わせの行為なんだと改めて教えられるエピソード。
幸いにも今月3日の再打ち上げは成功して懸念されていたISSの無人運用は回避されたそうですが、まぁ今でもこうなら劇中の1991年とかは全然余裕で宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士の人は大変すよね、その間にソ連倒れちゃうし。
っていうわけで表向きは「連続宇宙滞在記録に挑戦!」みたいな感じで報道されたりしているが実際は新生ロシアの政治ゴタゴタで半ばミールに単独放置されていた宇宙飛行士セルゲイ・クリカリョフをどうやって助けよう!
と、そんなちょい『ライト・スタッフ』的ハラハラ風味の展開になる映画かと思っていたらわりと異なる軌道を描いていた。
これはあれです、『ライト・スタッフ』よりも遙かにエミール・クストリッツァの『アンダーグラウンド』なんかに近い映画だったのだ。
映画の冒頭には「この物語は事実を基にした架空の物語である」とテロップが出る。物語の語り部はその頃に子ども時代を送ったキューバ女性で、この人の親父が例のセルゲイと交信していた教師セルジオ。つまり実際にあった出来事を子どもフィルターを通して空想を織り交ぜながら回想するスタイルの映画。
“最後のソ連国民”セルゲイ・クリカリョフの超長期宇宙ステーション滞在に当時のキューバ国民の先行きの見えない経済的苦境を重ね合わせてノスタルジック&ファンタジックに…というわけでハラハラ軌道とか乗りようがなかったのでどうやって地球帰ろう! の下りとかもぶっちゃけズサァみたいな感じなのだった。そんな簡単に戻るんかいみたいな。
でもその拍子抜け感が本当はもっと重みのあるはずの出来事にふわふわした子ども目線ファンタジーの色彩を与えていて良かったですね。
全体的に軽いんですよ。子ども目線だからすげぇファンタジックに軽くて、なのに描かれてる現実は重くてっていうアンバランスが面白くて。それ、グっとくるところで。
子どもにはそんなのわからんけど社会主義陣営バシバシ倒れてって後ろ盾を失ったキューバの国家的ポジションを体現するセルジオとか結構悲惨でしたからね。
この人はモスクワに留学してマルクス主義哲学を学んだトリリンガルのエリートなんですけど母国戻ったら飯も満足に食えないくらいの貧困生活を余儀なくされる。
時折差し挟まれるマンハッタンの煌びやかな夜景とは対照的に計画停電なんて当たり前の貧乏キューバ。
建物はどこもボロボロで、住むアパートにはエレベーターもなにもないからセルジオは通勤に使ってるチャリを持って毎日十階分くらい階段移動する。
こんな暮らしをするために勉学に励んだわけでもないだろうし、その上アイデンティティとしっかり結びついたマルクス主義のイデオロギーまで真っ向から否定されちゃってんだから泣けてしまう。俺の人生なんだったんだみたいな感じである。
でその人がミールで孤独な日々を送っていた(※実際はもう一人居たらしい)セルゲイと無線を通して出会う。
そこにニューヨーク在住の何やら裏の顔がありそうなセルジオの無線会話仲間ピーターが絡んできて、この二人、ロシア-アメリカと頻繁に交信するセルジオにスパイ疑惑を抱いた秘密警察かなんかの下級役人がこいつ摘発すりゃ昇進間違いなしじゃんって感じで極秘裏に絡んでくる。
なんだかこう書くとスケールのでかいポリティカル・サスペンスのようだ。でもそんなところは微塵もない。
絶対摘発してやるマンの下級役人だってレトロフューチャーオモチャ箱みたいな隠れ家にこもって必死にセルジオの通信を傍受する姿はファンタジックに笑える感じである。
この人もこの人でちょっと背中に哀愁が滲んでいたな。国が貧乏すぎてもう上の人もあんまりやる気がないので、あいつ外国のスパイかもしんないっすよ的な下級役人の度重なる超セールスをとりあえず報告書出しての一言で繰り返し雑スルー。
お国からハシゴを外されて彷徨うっていう点ではこの人もセルジオと、セルゲイと、それからポーランド移民でユダヤ教徒のピーターと同じ立場に置かれているわけだ。
だから『セルジオ&セルゲイ』という映画は東側諸国激動の時代に翻弄された彷徨える人たちの群像劇って風に言える。
そういう人たちが国境もイデオロギーも政治的立ち位置も超えて無線(含傍受)で繋がる。それで見てる方を泣かせないんだから泣けるよ逆に。
良い映画。愛せる映画。ずっと楽しくて明るくて少しも湿っぽくならないので。あと出てくる人、全員笑顔が最高なので。
ちなみに実際のセルゲイ・クリカリョフは少し前に日清カップヌードルのCMに出て宇宙ステーション内でカップヌードル食ってた人らしい。
俺は後からパンフレット読んで知ったのでさっきYouTubeで件のCM見たばっかなんですが、それを踏まえた上で映画を見るとちょっと面白さが増すかもしれない。
※地球見ながら食ってる人がセルゲイさん
【ママー!これ買ってー!】
『セルジオ&セルゲイ』でセルゲイ帰還に一役買うピーターを演じたロン・パールマンが今度はアポロ(の月面着陸捏造)計画をブチ上げる。
宇宙に夢を託すダメ人間群像を史実と創作を織り交ぜて描くところは『セルジオ&セルゲイ』と近いところがないとも言えないがそういえばロン・パールマンは『エイリアン4』で奇人集団を率いてエイリアンと戦っていたのでなんか、変なところで宇宙と接点多い人です。
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