《推定睡眠時間:0分》
信じられないほど幼稚な大人たちが喧嘩したりすぐ分かる嘘をつきまくったりする群像劇でどのくらい幼稚かというと営業部長・北川(香川照之)プレゼンツの圧迫会議で超テンパった営業二課長の原島(及川光博)がなにかヘマをすると一課および二課の連中大笑い、続けざまに座ろうとして椅子をぶっ壊すドリフ的チョンボをやらかしてしまうと会議室は爆笑の渦。
こんなのもあった。営業部とは仕事面ではなく主に感情面で対立している経理部のチンピラ腰巾着・新田(藤森慎吾)がちょっと多すぎる接待の金額を盾に営業部にいちゃもんを付けにくるのだが、頼りにならないお荷物社員と見なされていた営業一課係長・八角(野村萬斎)は軽々と追い払う。
屈辱の表情でその場を後にする新田を営業一課の面々は指を差して(いやマジで)笑いながら見送るのだった。あっはっはーって。
小学校。メンタルが完全に小4。社長(橋爪功)とか社長室でグローブ磨いてる。磯野野球行こうぜ的なノリじゃないかなんなんだこの会社は。
どいつもこいつも同僚を貶めたりプライベートに探りを入れたりするばかりで仕事なんかしやしない。寿退社の決まった営業一課の事務員・浜本(朝倉あき)が退社する前にせめて自分にしかできない仕事をと休憩スペースでドーナツの無人販売を始めたのが一番仕事らしい仕事だったってだからどういう会社なんだ…!
この会社・東京建電というのは家電とかオフィス家具なんか売ってるところらしい。親会社は超巨大電化製品メーカーのゼロ…ではなくゼノックス。型落ち白物家電ウン千台を売りつくせとかの無理難題を日常的に押しつけられたりしているが、その無理難題を無理矢理クリアすることで成長してきたようだ。
企業間パワハラで成長してきた会社の企業風土など知れたもの。すなわち恫喝、追い込み、サビ残なんか当たり前、有給申請は即却下。無人販売を良いことに浜本ドーナツを日常的にパクる奴まで出てくる始末。
営業成績を上げるべく社員の敵対的競合を推奨した結果として秘密&密告主義が蔓延、完全なる縦割り構造が出来上がって部署間の連携が取れなくなるばかりか仕事よりも気に入らない奴(部署)をどう潰すかばかり考える社員が続出するようになってしまった。
地獄か。大人がいない地獄なのかここは。喚く、震える、怒鳴る、嘲笑うの四つぐらいしか感情表現カードを持っていない子ども大人たちが化かし合い怒鳴り合い責任を押しつけ合うキッザニア群像とか厳しすぎるだろ。
こんなものが痛快エンタメ的に消費されているクールジャパン。“「働くこと」の正義とは?”が映画の惹句らしいが、そんな問いは優に超えて日本という国の在り方を考えさせられてしまう壮大な映画だったぜ…。
でもそんなのは原作の池井戸潤も映画の監督も重々承知と見えて、エンドロールに被さる八角のメタフィクショナルな醒めたモノローグは、ガキ極まるジャパニーズ企業風土を批判しながらも暗にこんな映画で溜飲下げてんじゃねぇぞと観客に苦言を呈しているようにも思えた。
池井戸潤原作らしく例によって組織ぐるみの悪巧みのお話。「企業の不正はなくなりません」から始まるモノローグの中で八角は上意下達の封建的システムに唯々諾々と従ってないでガキみたいにおかしいことはおかしいと言い続けろとのたまう。結局日本人の組織観は行って江戸時代止まり、未だメンタリティは侍だ御恩と奉公だ、といった具合。
まさにそんなように作られているのがこの映画なのだった。企業ミステリーの体を取ったテレビ時代劇で、グータラ社員の八角が身分を隠した黄門様の如く社内社外の小悪から巨悪まで順ぐりにとっちめていくわけである。
“御前”と呼ばれる親会社ゼノックスの代表取締役社長なんか北大路欣也をキャスティングしてんだから狙いは明らかだろう。
超キッザニアな社員たちもテレビ時代劇に出てくるおおらかな町人と思えば違和感解消。恋仲になりそうでならない原島と浜本さんの関係性は頼りない若旦那と気の良い茶屋の娘とかそんな感じ。
映画は途中までこの二人を粗忽な探偵役として主役に据えるが、ようするに庶民スケールからかけ離れた大事件を可能な限り観ている庶民が感情移入しやすいキャラに追わせて、飽きさせないよう適宜気分爽快な倍返しシーンを差し挟んだりしながら、誰でも事件の輪郭が描ける仕組みになってるわけである(伏線回収も鮮やかでノンストレス)
エンドロールに流れる『美味しんぼ』の山岡みたいな八角の説教はしたがってこの映画自体に対しても刺さってくる。その意味ではまことに懇切丁寧な観る人にやさしい啓蒙映画といえる。
それが意図的なものかどうかはともかくも、この時代劇みたいな映画だってそのまんま受け取るんじゃなくて自分なりに意見を持てよ、と言っているわけだから。
どこぞの省庁の統計データ改ざんでお国が揺れる中で誠にタイムリーかつアクチュアルかつ教育的な映画だ。他方でバカみたいな映画だとも思っているがバカみたいな映画でいいのだ。
だってこんなことはバカなんである。短絡的で、杜撰で、近視眼的で、無思慮で、幼稚な組織ぐるみの不正のバカらしさを、それを問おうとしないでそのことの責任も取ろうとしない個人の弱さを、その愚かしさの結果がもたらす甚大な被害を、徹底的に戯画化して風刺漫画みたいに提示している映画なんである。
【ママー!これ買ってー!】
これも根は共通するところありありだよなぁっていうオリンパス巨額粉飾決済事件のルポ。実は読んでいないがこれを基にしたドキュメンタリー映画『サムライと愚か者』が面白かったので(そっちはソフト化されていない)
↓原作