《推定ながら見時間:20分》
なんの咎もない人も何人か出てくるのでその人たち、とくにフェス会場の置かれたバハマはグレート・アグズーマ島のレストランのおばさんはとばっちり半端ないので心から気の毒だなぁと思うのですが率直に言って飯がうめぇぇぇぇぇ!
演出はシリアスそのものなのだがこれは笑ってしまう。酷い話も度が過ぎると笑ってしまうが命に関わる問題に至ると笑えなくなる、でも映画を見る限りは誰も死んだり暴力沙汰に巻き込まれたりはしていないので酷い話ではあるが絶妙なところで大爆笑だ。
FYREというのはファイアと読むらしい。名称から現代版ヒッピーフェスのバーニングマンの関連イベントかと思ったが無関係の全然別物(結果的にはある意味バーニングマンになったが)、思想的にはむしろ真逆でバハマの小島ノーマンズ・ケイを買い取って酒と海と乱痴気騒ぎとあと音楽も楽しもうぜ的な超豪華低俗パーティ型フェス、だった。
事の起こりは一本のアプリ。簡単操作で手軽にセレブを派遣してもらえるという胡散臭さしかないすごいアプリをビリー・マクファーランドという若手起業家が開発した。
どう宣伝しようという話になってそこで浮上したのが音楽フェス。いいね! ビリー・マクファーランドそのアイディアを超気に入ってしまった。
胡散臭いアプリの宣伝としてスタートした時点で既に胡散臭いファイア・フェスだったがビリー・マクファーランドがセレブ派遣アプリの前に出がけていた事業はマグニシス、これはステンレス製のクレジットカードで、ステンレスだからなんなんだ感が漂うが…とにかく目立つ。目立ったらなんか嬉しい。あと会員はパーティとかに参加できるからそれも嬉しい。
胡散臭いファイア・アプリの前段階からろくでもない虚飾虚栄に塗れた商売をしているビリー・マクファーランドであった。絶対このフェス失敗するわーって感じである。
さてファイア・フェス宣伝第一弾としてまずプロモビデオが制作された。その内容。インスタなんかのフォロワー数がえぐいインフルエンサーのモデルを8人くらい当初の開催予定地ノーマンズ・ケイに呼ぶ。ラッパーのジャ・ルールも呼ぶ。全員に水着を着せて海で浜辺でキャッキャと戯れてもらう。アンディ・シダリスのおっぱい映画か。
バカじゃねぇかと思うがアンディ・シダリスのおっぱい映画が常に一定の支持を集めているようにこのプロモビデオもきっちりバズった。
出演アーティストの名前もチケット代も何も出ていない音楽フェスのプロモに何の価値があるのかと思うが、こんなフェスに来る小金持ちはそもそも音楽なんか興味なかったんだろう。
興味があるのはおっぱい、セレブ体験、そしてパーティであった…俺が思うにということですが。
もっともビデオがバズったのはその内容というよりも出演したインフルエンサーたちがFYREのハッシュタグで撮影時のオフショットをインスタにアップした(させた)から、という点が大きい。
このへんの事情は同じネッフリ・ドキュメンタリーの『アメリカン・ミーム』も一緒に観ると分かりやすいが、アメリカのSNS空間は誰もが安易にセレブ願望を満たせる/安易にセレブと繋がれるリミッターなしのオルタナティブ芸能界と化していて、インフルエンサーの影響力ときたら某前澤社長とかあぁいう手合いの比ではないらしい。
8人のセレブ系インフルエンサーがなんか面白そうなことをしている、っぽい。というのがハッシュタグと一緒に拡散する。するとそこに乗っかりたいつまらない人たちがワッと殺到する。
殺到すると実質は何も伴っていないのに何かすごいことになってる的なムードだけが盛り上がって、主にタブロイド系の新聞なんかが取り上げる、広告代理店もこの機を逃すまいとろくに実情を調べもしないで乗っかってくる、そうしているうちに虚像にすぎないものが本物と感じられてくるのだった。
ビリー・マクファーランドは確かに詐欺師なのだがFYREの超絶爆死に関してこういうSNS群集心理や後先を考えない前のめりな広告屋ども、情報を精査しないまま垂れ流す新聞等々に罪がないとは言えない。
某前澤社長みたいにバズに呑まれて引くに引けなくなった面もあるのかもしれないと思えば、この一連の流れには笑いが止まらなかったがちょっとビリー・マクファーランドが可哀想でもあった。同情は一切できないが。
ともかくファイア・フェスはリアルになった。ビリー・マクファーランドの誇大妄想とジャ・ルールの無責任があるだけで現実的な計画も準備も予算も人脈も何一つなかったが、妄想が現実を作り上げるのがアメリカという国である。
そして一度転がり始めた物事は某トランプ大統領が駄々っ子のように壁の建設に固執するように決して止まらないのもアメリカである。
行き先がどうあれ、インフルエンサーがSNSに餌をバラ撒いた時点でもうチーム・ファイアとビリー・マクファーランドに引き返すという選択肢は残されていなかったのだった。
開催数ヶ月前、予定地だったノーマンズ・ケイがインフラの未整備(おもにトイレ)とオーナーの不許可という二つの理由で使用の道が閉ざされてしまう。
ふつうこういうイベント大失敗系ドキュメンタリーとかせめて一ヶ月前ぐらいまではどうなるだろうどうなるだろうって引っ張ると思うんですが早くも数ヶ月前の時点で無理だろ感が噴出してしまう。
そこからの道のりは南方戦線ばりに悲惨なものだった。なんとか使用許可の取れたのがノーマンズ・ケイから近いグレート・アグズーマ島。
ノーマンズ・ケイはそのむかし麻薬王パブロ・エスコバルが所持していたというぐらいなのでろくに人も住んでいないが、グレート・アグズーマ島なら人がたくさん住んでいるからフェスに必要なインフラは整っている。
ただし人がたくさん住んでいるということは…当初イメージされていた島を買い取ってのセレブパーティが夢の向こうに雲散霧消したということであった。
全島は当然借りられないのでとりあえずチームは海岸沿いのコンクリで覆われた住宅建設予定地(!)を確保、グレート・アグズーマのほんの一端であるその箇所だけ地図から切り取ってさも島であるかのようにサイトに掲載すると、ハリケーン被災者用の避難テントをフェス参加者の宿泊施設として急ピッチで建設し始める。
当初は超豪華な海辺のロッジの宿泊を謳っていたので一枚あたり数千ドル程度の超高額チケットを買ったウン千人のフェス参加者が納得するとは到底思えないが、野ざらしよりはマシだろう…か?
ともかく、テントの設営には人手が足りない。ということで島で人足を募るが給与は結局支払われない。
金も足りない。ビリーは追加オプション(誰々と一緒に水上スキーできる権とか)と称して更に参加者から金を搾り取った。むろんそんな準備はないから詐欺でしかないが数百万ドルぐらいは新たに集まった。ビリーも学ばないが参加者も学ばない。
それでもまだ余裕で金が足りなかったので経費がかかりすぎるとの理由でビリーはケータリングの契約を切ってしまった。フェス二週間前のことである。
飲料水の輸送車が税関で止められた。フェスのために税関の担当者の一物をしゃぶってくれとビリーから乞われたイベント・プロデューサーのおっさんは家の玄関で泣いた(※担当者は話せばわかってくれた)。
明らかに事情に通じた関係者がリークしたと思われる内情がメディアに漏れ始めた。馬耳東風。もう時間がないがビリーは主要メンバーの魔女狩り的クビ切りを敢行する。
出演予定アーティストだったブリンク182は状況を察知し前日になって参加を取りやめた。壊れたビリーは会話をしなくなりバイクで島を周回しては宿泊地へ、周回しては宿泊地へ、の逃避行動を繰り返すようになる。
そしてフェスは始まった。金も払わずに人足を動かしたのにテントが300人分以上も足りない。そのうえ当日朝方の雨でテントのほとんどが半壊、中に置かれた簡易ベッドは水浸しになって使えない。食料は直前にケータリング業者を切ってしまったのでチーズサンド一個とかだった。
帰ろうにも千人単位で来てるから近隣空港の輸送能力では処理しきれない。フェスの開催時期は島のシーズンと重なっていたからホテルは満室。おっぱいとセレブを期待して数千ドル払った小金持ちどもは暗闇の中でベッドとテントを奪い合った。当然、アーティストは誰も来ない。
こんなフェスは前代未聞! こいつはやりがいのある仕事だぜ! と当初こそ意気込んでいたファイア・チームの大人たちはみんな泣いていた。
給与が支払われないと知った島の作業員が徒党を組んでチームの居城に押しかけたので泣く泣くチームは島から撤退する。
ケータリングを受注したレストランのおばさんはウン十人もの臨時店員を雇っていたから丸損である。だが島でビジネスをする地元の人間であるからチーム・ファイアのように逃げるわけにはいかない。
しぶしぶ金を払って嫌な顔をされるのだからたまったものではない。
どうですか。メシがうますぎないですか。でもこれまだ続きあるからな。なんとまだここから続きがあるんですよビリー・マクファーランドの大冒険は!
こんなの早くハリウッドで映画化しろよと思う。お通夜ムードの社内会議、テント村を目にしたときの参加者の絶望、いち早くファイア・フェスの誇大広告に気付いて独自調査&開催阻止運動に乗り出した業界人…どこを切ってもおもしろ要素しか出てこない、いやもう最低から生まれた底抜けに最高なドキュメンタリーでしたね。
※これがすべての元凶のトレーラーだ! 薄い! なにもかも!
【ママー!これ買ってー!】
その素晴らしい出来映えからは想像しにくいがテリー・ギリアム史上最大クラスの制作トラブルに見舞われたレジェンド級トラブル映画。撮影は21週の予定だったが6週目には既に数百万ドル以上の大幅な予算超過で一旦撮影が止まったりしているというからどのぐらい酷い状況だったかは推して知るべし。
ギリアムの言によればこうなったのは元ファスビンダー組で『薔薇の名前』を製作した大言壮語のプロデューサー、トーマス・シューリーが少しも役に立たなかったかららしい(要ファクトチェック)。彼こそホラ男爵だったんだ、とギリアム。お前が言うかっ!