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面白いと言うと不謹慎感が出てしまうので興味深いと言い換えておきますが興味深かったエピソードがあって、映画の中じゃなくて外の話。
元々この『ちいさな独裁者』という映画はカラーで撮影したものをモノクロ変換してパートカラー(もしくは一部のシーンのみカラー)にした『ミスト』とか『シンドラーのリスト』のパターンらしいのですが、予告編なんかからも分かるように日本公開版はカラー版。
モノクロだと売りづらいって判断でしょうね。ディレクターズカット的なモノクロ版とは別にカラー版も制作されたようで、YouTubeで検索してみるとUKトレーラーはカラー版になっていたから国によってカラー版だったりモノクロ版だったりするらしい。昔の香港映画とかイタリア映画が市場に合わせて何個もバージョン作ってたようなものか。
ちなみにUK版のDVDだとモノクロとカラーが選べる仕様。日本でも同仕様で発売されるかどうかは知りませんが、そうであればカラー版が選ばれたのはソフト販売の際に付加価値が付けられるからかもしれない。
元々モノクロで公開された映画をわざわざカラーで見たがる人間は少ないでしょうが、カラーで公開された映画が本来のモノクロで見れるとなれば、少なくとも今時映画ソフトを買うようなマニア層にとっては購入動機になり得る。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』もそういう売り方をやっていた。
で、そのことを自ブログで指摘したブロガーの方がいて、その記事リンクを貼った本人のツイートがこれを書いてる時点でちょっとバズったりしている。
俺はやさしい人間なので晒し者にはしませんが(しているが)、なんで日本の配給会社はモノクロで上映しないんだっていう主旨のその記事、なんていうかかなり語気が荒く…ようするにキレている。
キレ芸なのか本気でキレているのかはともかく映画ファンの権利ガーくらいな勢いでキレた文章になっているわけです。配給会社に回答を求める! とか息巻いたりね。
俺が興味深く感じたのはこの映画、『ちいさな独裁者』というのはドイツ軍の一兵卒が脱走してナチ将校になりすますっていうあらすじじゃないですか。で映画が進むとその偽ナチ将校、どんどん本物の冷酷なナチ将校みたいになってくる。
それは権威や軍服の魔力が人をどれだけ変えてしまうかということでもあるし、人は自らの行動をどのように正当化するかという話でもあって、その象徴が軍服だったわけですが、それ以外にも様々な正当化の手段が映画の中では描かれる。
懲罰的な、とさえ言える件のブログ記事を読んでいて、なんでこの人はこんなにキレているんだろうと思ったんです俺は。
そりゃ確かにオリジナルはモノクロの映画ですけど作品のカラーなんてポスプロの段階の話なんだから、配給会社が後からどうこうできるものじゃないってことぐらい考えないでもわかるじゃないですか。つまり制作側の意向で2バージョン作られたってことが。
でもその疑問は映画を観たらちょっと解けた気がしたわけですよ。この人は自分の発見をどう人に読んでもらうかと考えた時に、映画ファンの正義(みたいなもの)で正当化しようと試みたんじゃないですかね。
だって普通に書いたらつまらないでしょ。この記事の頭の方で書いた『ちいさな独裁者』のモノクロ/カラー事情を読んでもたぶん面白くないと思うんですよ、俺だって書いてて面白くないんだから。
でもそうすると人に読んでもらえない、気が引けない。かといってただ配給会社を責めるだけだとクレーマーになってしまって炎上しかねない。
じゃあどうするかといって、それでこの人はたぶん義憤の仮面…まぁ仮面なんだか本当にそうなんだか知りませんがどっちでも同じことで、ともかく自分は正しいことを「みんなのために」している、という風に自分を演出したんです。
そしたらバズって、あやっぱ俺のやってることは正義だったじゃんって、正当化したことをユーザー支持の軍服でまた正当化して…いやこれはあくまで俺の考えですが。
その心理がなんだか映画の中のあの偽将校みたいで興味深いなと思ったんですが、いやもうその話はいいや。やめよう人のブログの行間を読んでいやらしく批判するのは!
でもあの、なんていうか、まぁこういう映画が作られる背景には強権的で懐古的なナショナリズム政党の躍進とかがあって、それに対してのファシスト的な心理は過去のものでも他人のものでもないっていう批判的なメッセージがこの映画の核になっていると思うんですが、そのことをあの糾弾記事は身をもって伝えてくれていたと思うので、映画の風味が増してたいへんよかったなとおもいます…。
気を取り直して映画の話。うん、気分悪ぃ! この気分の悪さはできるだけ多くの人に感じてもらいたいので詳細は書きませんが、凡庸な悪VS凡庸な悪って感じで糞でした! もちろん良い意味でね!
貧すれば鈍すと言いますが人間って追い詰められるとここまで堕ちるんですね! 大戦末期(終戦2週間前設定)のドイツは所属も階級も関係なく右から左まで全員悲惨で全員狂気! 悲惨な戦争末期の記憶を叩き込まれたジャパニーズとしてはなにか親近感すら感じてしまったほどだ! 野火の如く内輪の蛮行が蔓延していく光景は『野火』の如し地獄絵図である!
しかし不思議とそれが嫌悪感に転じないのはこの監督が娯楽畑の人だからだろう。楽しいという意味ではなくて劇的な効果を随所で狙いすぎていると感じる。
最初にモノクロ版を観てたらまた違う感想を持ったかもしれないが、俺はこの映画は彩度を落としたカラーで良かったんじゃないかと思う。
というのは「あーモノクロ版はここでカラーに切り替わるわけかー」みたいなショットがいくつかあるんですが、その場面が結構あざとくて逆に興ざめだったのだ。
こういう映画は前に観たことがある。『ハウス・オブ・ザ・デッド』で知られるドイツの奇才ウーヴェ・ボルがそのキャリアの後期にこんな絵面、こんな展開、こんな音楽で人の神経を逆なでする社会派映画を何本か撮っていた。
断じて冗談ではないので嘘つけって思う人は『ザ・テロリスト』シリーズとか『アウシュビッツ ホロコーストガス室の戦慄』を観て欲しい。奴は本気だ。その本気があまり世間には伝わらなかったから映画業界から引退してしまったが…。
閑話休題。ともかくそういうわけで壮絶な内容のわりには娯楽的に観れてしまうところが『ちいさな独裁者』にはあって、それを美点とするか難点とするかは観る人によって違うと思うのですが、俺はもっと厭な気分になりたかったのでこんな感じかぁみたいな感想。
面白かったですけどね。偽将校の正体がバレやしないか終始ハラハラしていたからサスペンス上々、誰もが偽将校の立場を利用して利を得ようとするので疑心暗鬼、いちいち思わせぶりな会話のスリルとスパイス的なブラックジョークも含めてちょっと『イングロリアス・バスターズ』を思わせた。
展開は随分力業なところがあったりして、とくに後半は画が先行して物語上で何がどうなっているのかよくわからない。そのカオティックな様相も敗戦直前の混乱と偽将校の荒廃した心理の表現だろうと思えば、なかなか味。
WWⅡもののドイツ映画でヒトラーとかユダヤ人とか連合軍が出てこないでもっぱら後方での組織間対立と脱走兵の略奪・処罰、責任逃れと法の機能不全が問題になるのも新鮮味があってよかった。
個人的には、ある種突飛な映画的仕掛けや劇的なビジュアル効果を除いて、純粋に大戦末期の後方の状況だけを描いた地味ぃな映画も観てみたいと思う。
あのブログが俺にとってはそうだったように、露骨で饒舌なメッセージよりも無言で淡々と提示される映像の方が遙かに多くを伝えるということはあると思うので。
【ママー!これ買ってー!】
閉鎖環境に閉じ込めて服と肩書きで修飾してやれば人間なんてどうとでもなるんですという『ちいさな独裁者』に通じる怖い映画。
こんにちは。
このニセ大尉に自分を見た私。ついた嘘はつきとおせ、ヒトには墓場まで持っていくヒミツがひとつやふたつはある。それに耐えられないと、〝仮定の話〟として軍服を盗んだと罪の告白をしてしまうのだ…いや、あれで嘘を完璧にしたのか?ヘロルト!
仕事行ってるフリして映画見てるのに耐えられなくてここでコメント書かせてもらってゴメンナサイ。
この映画、エンドロールが面白くて最後まで見ました。
あのシーン、嘘はつくもんじゃないなと思いましたね。もう周りがさんざんあいつの雑な嘘と権力を利用して自分の望むことやっちゃってるから、今更なに言っても絶対信じてもらえないっていう。嘘だと認めたら周りの人間は自分が責任取らされるわけですから…。
エンドロール面白かったですね。あれ襲われてる人は役者でしょうけどゲリラ撮影っぽいので、たまたま通りかかった人とかはあれ見てどう思ったんすかね笑