貧困映画『岬の兄妹』を見た感想

《推定睡眠時間:0分》

うわもう超ヘビィじゃんみたいなあらすじだったので心なしか映画館に向かう足取りが普段より重かったがどっこい実物を観てみるとそんなに重さを感じないというかむしろちょっと爽やかでさえあったという意外。ストーリーは予想したよりも更にちょっと重かったのに。

寂れた田舎町の造船所で働く良夫には知的障害のある妹がいる。両親が死んで福祉の手に取りこぼされ唯一の友人からは疎まれて的な八方塞がりシチュエーションで妹・真理子を養うだけでも大変だったが、そのうえ足が悪いからとクビを切られてしまう。

絶望である。なんとか得た内職は一日頑張っても一日分の食費になるかどうか。それも常時あるわけではないのだからとてもやっていけない。そのうち電気が止まってしまった。食料も底をついた。仕方がないからゴミ漁りに出かけると縄張りを荒らされたホームレスにめっちゃキレられた。

どうするか。このまま死ぬのか。とそこで、電気の途絶えた部屋で良夫の豆電球が点ってしまう。そういえば前、外を歩いていた真理子を保護する体でレイプして口止め料を真理子に渡したクソ野郎がいた…それだ!
映画館の快適な椅子に深々と腰を下ろしてジュースでも飲みながら観ている側としてはこんな最悪なそれだ! はないだろうと思うが、金銭的にも人間関係的にも追い詰められた人間にそんな余裕はない。良夫は真理子のピンプとして歩み出すのであった。

それにしてもこういう映画を観ると貧困というのはお金のことだけではなく情報のことでもあるんだなぁと思わされる。
こんな見るからに財源が厳しそうな自治体のことだから生活保護を含めてどこまで行政が手を貸してくれるか知らないが、民間の支援団体というのもあるだろうし、底職には違いないとしてもクラウドソーシングの文章入力仕事かなんかなら少なくともポケットティッシュのチラシ入れよりは楽に稼げるんじゃなかろうか。

それにしたって結局問題の解決にはならないかもしれないが、でもこの兄妹はパソコンとかスマホとか持ってないし(金払えないんだろう)外部情報へのアクセスが遮断されてしまっているからな。
仮にそうして得られる選択肢が糞でしかなかったとしてもともかく選択肢にアクセスできるっていうの大事ですよね。自分の行動を比較検討する余裕もできるし、最悪でも選択肢があるっていうだけで希望ぐらいにはなるだろうから。情報の閉鎖系の中にいたら人間は煮詰まっておかしくなってしまうよねぇ。

で、面白かったんですが実は俺はこういう映画はあんま好きじゃなく、ラース・フォン・トリアーとかとちょっと近い作劇なんじゃないかと思うのですが、なんというか、あなたたちは目を逸らしているけどこんな過酷な現実もあるんですよ的青年漫画感っていうか。
酷いチンピラが出てくるんですよ、真理子犯してウェーイみたいな。あと酷いイジメ中学生軍団もいて。それがなんかもう、単純に酷い奴なんです。ホームレスは獣みたいに唸ったりして。真理子を買ったトラック運転手は真理子が言うことを聞かないから良夫を恫喝したりして。

俺がそのへんに引っかかりを覚えてしまうのはこういうのって結構映画用にデフォルメされた酷い奴とか極限の人じゃないすか。
そのデフォルメの感覚を地方のリアルのベースに乗せてリアリズムのタッチで綴られるとそれ嫌なものを見せるためにリアルを利用してないすかってなっちゃって、巧いといえばそうなのかもしれないすけど狡猾な映画だとも思ったんですよ。
そりゃリアルにこれぐらい酷い奴も酷い話もいくらでもあるとは思いますけど、それを言ったらリアルに酷くない奴も酷くない話もいくらでもあるわけですから。

なんなのかなぁ。たぶん映画の下地には明確な加害と被害の二項対立の図式があって、でその関係が売春の行為を通してぐるんぐるんと入れ替わったりするドラマのダイナミクスがこの映画の面白いところなんですが、そういう極めて映画的な面白さをこれが障害者一般のリアルなんですとか、あるいは地方在住者のリアルなんですみたいな語り口でやっているのが嫌なんでしょうね。

難しいところで、それは一方で社会が抱える問題を炙り出すことでもあり、客にそうした現実を直視させることでもあり、しかしまた一方ではある意味ベタな地方蔑視であるとか、可哀想な障害者の像を強化することにも繋がるわけで、どのような意図で作り手がこの物語を紡いだか俺は知らないが、その暴力的な両義性に倫理的なためらいはどうしても覚えてしまう(俺は偽善者でありますから)

映画なんて面白ければいいじゃないと割り切れば笑えるところも多くてとても面白い映画なんで別になんも文句は出てこないが、題材的にそれでいいのだろうかとちょっと思ってしまうところはあるのだ。
というかそう思わせようとしている、ショッキングな内容で口コミ的論争を喚起しようとしている映画だろう(それがまた嫌である)

よかったシーン。鎖の足枷に繋がれて家の中を行ったり来たりする真理子。世界一汚くて綺麗なピンクビラの桜吹雪。やっとありつけたマックのハンバーガーをむさぼり食う兄妹。良夫役・松浦祐也の佇まい全般。
売春を通して真理子は自分を解放していく。恋愛も知る。それが出産と生命の循環に関する大きなテーマに繋がっていく。瀬々敬久とかにはかなり影響されてんじゃないすかねえ。全体的なトーンは90年代ピンク映画っぽかった。ロマンポルノ感もあるかもしれない。田中登とか。裸体とカラミをハッキリ映すという点でも。

少し前にロマンポルノの競作企画みたいのやってましたけど、たとえばあぁいう中の1本として見ていたら感想もまた少し違ったものになっただろうとは思う。

【ママー!これ買ってー!】


菊とギロチン[Blu-ray]

別に関係はないのだが真理子役の和田光沙は瀬々敬久の『菊とギロチン』にも出ていたそうなのでますます瀬々感が。

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