《推定睡眠時間:10分》
物語はシンプルでもどう受け止めるかは存外むずかしい映画というのがあって、俺にとってはこれがそうだった。
9.11後、アフガニスタンへの報復攻撃を皮切りにブッシュ政権がイラクへの軍事介入に傾いていく2001~2003年のアメリカを背景に、ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズといった大手紙がブッシュ政権の巧みなメディア・コントロールによってフセイン政権の大量破壊兵器製造疑惑を報じる中で、ほぼ唯一そのことに疑義を呈した新聞社があった。
それが傘下に30ほどの地方紙を抱えるナイト・リッダー。映画はイラク戦争待ったなしの風潮に逆らい地道な調査報道を続けたナイト・リッダーの二人の記者、ジョナサン・ランデーとウォーレン・ストロベル(ウディ・ハレルソンとジェームズ・マースデン)、そして二人とは別ルートから大量破壊兵器なしの証拠を引っ張ってくる助っ人ジャーナリストのジョー・ギャロウェイ(トミー・リー・ジョーンズ)、彼らを支えた編集長ジョン・ウォルコット(ロブ・ライナーが監督と兼任)の活躍を描く。
おもしろい映画でしたね。こう書くと硬そうですがそんなことはなく。軽口を叩きながら取材を続ける記者コンビの軽妙なバディものとして楽しめたし、適材適所で過不足のない名優アンサンブルはさすがロブ・ライナーという感じ、わりとチョイ役ながらミラ・ジョヴォヴィッチの起用も良いスパイスになっていて、ロブ・ライナー本人もなかなか熱演だった(おいしいところを持っていってずるい役柄)
歯切れの良い編集も見事でこの内容でランタイム91分、でもそれで綺麗にまとまった。記者の物語でありつつもう一人影の主人公として赴任先のイラクで下半身不随になる兵士というのが出てくるんですが、彼の基礎訓練風景とイラク武力行使容認決議の様子をカットバックで見せていくあたりは職人芸って感じでしたね。
軽いサスペンスとユーモアと嫌味のないささやかなロマンスと、あと社会正義。巧みなストーリーテリングは円熟の域だ。いや面白かった、面白かった。
で、難しかったっていうのは、あの記者の人たちは本当に素晴らしい仕事をしたと思うんですが、それを一種の英雄譚として事後的に気持ちよく消費してしまうのも俺はちょっと違うんじゃねぇのって思ってて。
なんすかねぇ、なんか色々あるんですけど、全部書くと超長くなるんで俺なりに要約してみると、嘘をついたヤツと嘘をつかなかったヤツの戦いとしてこの物語を捉えてしまうと、それこそブッシュ政権的な落とし穴にハマっちゃってるじゃんみたいなことで…この映画っていうかこの映画で描かれた大手新聞の大失態とかも含めてなんですけど、俺この話で大事なのは新聞とかニュースで言っているからといって無条件で信じると危ないぞっていうことだと思うんですよ。
だってわかんないわけじゃないですか。ナイト・リッダーの二人の記者は政府とかの上層部に情報源を持ってる大手新聞と違って現場に近い政府職員とか専門家の取材とかリークを積み重ねていって、でこの時はそれが奏功するわけですけど、それって別に現場の人の声の方が上の人の声より信用できるっていう話じゃなくて、そういう小さな声がトータルで事実とは全然別の絵を描いてしまうことって普通にあるじゃないですか。そういう仕方で世論誘導を行うのが草の根排外主義だったりするし。
いやそこを見極めるのが記者の力量だと思うんですけど、そういう特定の領域の話しかできない人から事実を引き出したり発言の信憑性を見極めるには正確なデータを話を聞く側が持ってないといけないし、じゃあその正確なデータの正確性を担保するのはどこなんだよみたいなことを突き詰めると循環論法みたいな論理の隘路に入っちゃって、そうなると結局「ここは信用できそうだから」っていうある種の無根拠な信仰の問題になってくると思うんですよ、報道っていうのは、最終的には。
だから大量破壊兵器の報道ミスになにか教訓があるとすればそれはワシントンポストとかニューヨークタイムズみたいななんとなく信用できそうな新聞が間違ったっていうことで、それを愛国心を鼓舞する時流に乗らなかった弱小新聞社の正義とか、彼らだから真実を追究できたんだみたいな物語に変形してしまうと、結局それも1つの信仰なんだから教訓もクソもねぇじゃんみたいな感じがあって…それはこの映画が狙いとするところではないと思うんですけど、でもあまりに気持ちよく見れてしまう面白い映画だからそういう受容を鑑賞者に許す危険性あるなって思ったりして、そのへん難しいなぁっていう。
劇中にミラ・ジョヴォヴィッチの演じるジョナサン・ランデーの妻がニューヨークタイムズなんて信用できねぇからって購読やめちゃってランデーになんでだよぉ貴重な情報源なのに! って言われる笑えるやりとりがあるんですけど、だからこれはなんか示唆的だなぁって気がしましたね。
この新聞だから正しいとか間違ってるとかじゃなくて基本的にそれ自体が真実を担保する新聞とかテレビというのは何一つないっていう前提の上でできるだけ多くの報道を読み比べていくっていうのが報道の受容で大事なことで、それぐらいしか受け手が真実に近づく方法はないだろうと思っていて、このご時世にこういうネタを持ってくるというのはフェイクニュースが念頭に置かれていると思うのですが(冒頭に報道が民主主義の基礎だとのエピグラフがあるし)、であればなおのことだよねぇと…なんかそんな感じ、そんな映画。
【ママー!これ買ってー!】
爆笑ロック珍道中を描いたフェイクドキュメンタリーで映画界に殴り込みをかけたロブ・ライナーだから本物らしい偽物には人一倍敏感。蛇の道は蛇。
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