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映画を観ての第一印象は『ビリーブ 未来への大逆転』でフェリシティ・ジョーンズが演じていた70年代のヤングRBG、わりと本人に似ている。激似ってわけじゃないですけど雰囲気はそう離れてない。なんとなく意外な感じ。
RBG=ルース・ベイダー・ギンズバーグ。クリントン政権下で連邦最高裁判事に任命された史上二人目の女性判事。御年86歳、バリバリとはいかないだろうが現在も現役。
この人が今めっちゃ注目されているらしい。『ビリーブ』でも描かれたように女性の権利に関する様々な裁判を闘ってきた人だそうなのでMeTooとかの流れかなぁと思いつつでもそれなら普通は史上初の女性連邦最高裁判事(サンドラ・デイ・オコナーという人)の方なんじゃないの? の疑問があったが映画を観て氷解、やっぱりトランプ政権が背景にあった。
RBGが連邦最高裁判事の職に就いた90年代はゆーてもまだアメリカの政治的分断が顕在化していなかったので、9人いる判事も共和党寄りの保守派と民主党寄りのリベラル派で半々ぐらいにバランスが取れていた。
それがどの程度正確に事実を反映しているかは一応保留にしておくとして、この映画で語られていたのはそのバランスがゼロ年代テン年代と進むにつれて段々保守寄りになってきた、で連邦最高裁判事の任命権は時の大統領にあってこれは終身制、死ぬか自分から辞めるかしないと席が空かないが、もし空いた場合はトランプは共和党の人だから保守派の判事を後任に選ぶ。
連邦最高裁のパワーバランスは相当共和党有利な方向に傾くので、するとトランプ政権はある程度強引な政策も通しやすくなる。たとえば入国制限に関する法とか。
っていうんでRBGの存在が重要性を帯びてきた。就任当初は保守派とリベラル派の判事の緩衝材となって合意を形成することを自らのメインミッションとしていたらしいが、連邦最高裁の保守化が顕著になってきた近年は(間に立ってもしょうがないので)少数派のリベラル判事として積極的に舌鋒鋭く反対意見を繰り出すようになったりもしたので、MeTooの流れに加えてこれこれの政治動向の下、リベラルの最後の砦のような形でRBG人気が爆発したということらしい。
まぁババァだしね。頑張ってるババァは無条件に応援したくなるからずるいです。愛称はラップレジェンドをもじってノトーリアスR.B.G.、これがハッシュタグでSNSに拡散して、『アイアンマン』とか『ワンダーウーマン』とかにRBGの顔を乗せたコラ画像がちょっとした流行りなるっていう火の点き方がなんだかすごく現代っぽい。
それにしてもルース・ベイダーとか超強くて悪そうな名前だ。ノトーリアス(悪名高い)っていうだけある。
それで映画の内容なんですが『ビリーブ』が描かなかったところを埋めるようなっていうか、アメリカでの公開順としてはこっちの方が先なので、RBGの生い立ちから現在までを93年の連邦最高裁判事就任時の公聴会を軸にユーモラスかつ簡潔に構成したRBG基礎知識編みたいな感じになってました。
なので映画として取り立てて面白いところとかはぶっちゃけ無い。でもRBGのキャラクターとかライフヒストリーはおもしろい。寿司みたいなドキュメンタリー映画ですよね。ネタが良いから演出で変な捻りを効かせないでもおもしろいっていう。寿司関係者とグルメ漫画読者に怒られそうな喩えですけど。
『ビリーブ』では見られなかったこの映画のおもしろポイントの一つはRBG、基本的にどうかしている。これは『ビリーブ』でも状況としては描かれていたことですがコロンビア・ロースクール在籍時には勉強しつつガンを患った夫マーティンを支えつつ育児をしつつという睡眠時間4時間切りのヘル環境に置かれていたが、本人は当時を述懐して「子供と遊ぶと勉強疲れがとれた」とか平然とぬかしていた。
もとより仕事と法律の鬼だったが連邦最高裁判事に就任してからは鬼っぷりがいっそう進行、放っておくといつまでも仕事をしているので夜7時になるとマーティンが執務室にもう時間だから上がってねと電話をかける、それでも仕事を切り上げてくれないので7時半には夕食を作って待ってるんだけどと再度の催促、やっと家に帰ったと思ったら朝5時ぐらいまではだいたい持ち帰った仕事をしていたりするらしい。
それ話盛ってないですか疑惑が体中の穴という穴から噴出するがリアルRBGを見ていると意外とありそうにも思えてきてしまう。
RBGを知る人物が口を揃えて言うのはとにかく控えめな性格ということで、そういう話は映画の中には出てこないのだが、控えめキャラと反比例する異常なまでの仕事にかける熱意からするとどうもこの人は自閉症スペクトラムの内外に位置するようなタイプの人っぽい。
政治思想的にはド反対で性格的にもガチ反対の保守派判事と法律の見解を除いては何故かめっちゃ仲良しだったとか、反対意見を述べる時と多数意見を述べる時で法服の襟飾りを変える独特の拘りなんかもいかにもそれっぽい感じで、こういう人なら鬼の仕事っぷりもわからなくもないという気がするし、政治動向のみならずこういう一種のオタク気質が自分らしさを大事にする今のアメリカの若い層にウケたんだろうなというところもある。
一昔前のマッチョなアメリカだったら実績はあるがちょっと変わった大人しい人でしかなかったかもしれないが(たぶん任命したビル・クリントンはそのように見ていたはずである)、時代が変われば人を見る目も変わる。確固たるマイ哲学と法律への情熱、ついでに独特のファッション美学でもって時流にも周囲にも流されずに闘い続けてきた法曹界のレジェンドとしてRBGが再発見された下地には、自分らしい生き方を希求する多様性時代の精神というものもきっとあるんだろう。
ババァ連邦最高裁判事の伝記ドキュメンタリーと聞けばめっちゃニッチじゃんと反射的に考えてしまうが、そういう意味ではわりと人を選ばない映画ではありましたね。面白かったです。
【ママー!これ買ってー!】
『ビリーブ』の中核を成す母親を介護する独身男性の税金控除に関する裁判は『RBG』の方には出てこない。似たようなケースで『RBG』が取り上げるのは妻を亡くしたシングルファーザーの寡夫給付に関する裁判で、『ビリーブ』の裁判はこれをアレンジしたのかもしれない(か、同じような男女格差是正のための裁判を当時のRBGは色々手掛けていたということだろう)
↓グッズも色々