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先頃カンヌ映画祭でポン・ジュノ最新作『パラサイト(寄生虫)』がパルムドール獲得との報が入り、これが韓国映画では初のパルムドール(『オールドボーイ』でグランプリ受賞はあり)とのことで大変めでたい。
まあでも当然よねジュノぐらいの映画作家なら。ジャンル映画のクリシェやキッチュを自在に用いて大衆目線で韓国現代史を語り直し、つつもシニカルな社会批評を展開、現代韓国の大衆の暗部を逆にえぐり出す捻りの効いた強靱なストーリーテリングはなかなか真似できるものではありません。
そのジュノの長編デビュー作『吠える犬は噛まない』は2000年の公開当時、韓国の一部批評筋から「漫画みたいな映画」とコケにされたそうですが、幸福の科学の新作映画みたいな邦題のくせに韓国で超ヒットしたらしい『神と共に』はまさに「漫画みたいな映画」としか言いようがなかったので色々とこう、時代は変わりましたな。
みたいな、っていうかそもそもウェブ漫画原作ものらしい。なるほど言われてみればいや言われなくても突拍子もない超展開となんの説明も無く矢継ぎ早に繰り出される新設定&新キャラの連続にアタマからケツ(のマ・ドンソクの不敵な笑顔)まで面食らい通しでしたがー、これはあれでしょう、たぶん原作漫画は若い層にはかなり読まれていて、その映画版なので一から十まで説明する必要もないわなみたいな感じなんでしょうな。予算的にもクオリティ的にもマリアナ海溝ぐらい落ちる気がするが日本でいったら映画版『青鬼』シリーズみたいなものだろう。一本も観てませんけど。
というわけであまり真面目に受け取るタイプの映画ではきっとないんだろう。内容を一言で言えば『妖怪道中記』です。消防士のお仕事中にうっかり死んでしまったたろすけジャホンは三人の冥界弁護人(『クリスマス・キャロル』か?)と共にいざ地獄巡りへ。殺人の罪が裁かれる殺人地獄、嘘の罪が裁かれる嘘地獄、親を大事にしなかった罪が裁かれる親不孝地獄…などなど地獄には7つの地域があるが、それぞれの地獄には中ボス的な裁判長がいて、それぞれの地獄裁判で無罪を勝ち取らないと即その場で地獄行き、逆に見事すべての地獄で無罪を勝ち取ると晴れて転生できる、らしい。
ジャホンは冥界弁護団と一緒に各裁判を戦っていくわけですが、その背後に黒い影、どうもジャホンと関係するらしい現世に強い未練を残す正体不明の怨霊によって地獄の秩序が狂い始めていた。
果たしてジャホンの、そして地獄の運命やいかに。それにしても『妖怪道中記』の坂本龍一「千のナイフ」を微妙にパロったステージ曲はセンス良いですよね。地獄名っぽいし。千のナイフ地獄。
さて見所はなんつっても絢爛たる地獄のビジュアル。韓国映画の美術・VFXレベルの高さをまざまざと見せつけるスケールのでかい地獄絵図はまったく見事で、そこらのハリウッド映画に引けを取らないどころか作品によってはこっちの方に軍配全然上がるだろって感じです。
物理的な技術力がすごいっていうより見せ方がとにかく巧いんですよね。どういうシーンで、どういうカット割りで、どういう構図で、どういう実物との組み合わせでCGを使うと最も効果的かみたいなことを熟知しているし、VFXと映画の他の要素、シナリオとかキャラクターとか音楽・音響が有機的に結びついているから浮いた感じとか白ける感じがない。
それは逆に原作漫画を知らない身には支離滅裂に思えるシナリオや世界観もVFXのおかげでなんとなくそんなもんだろう的に納得させられてしまうということで、基本的にわけのわからない、えー、たとえば、『ハムナプトラ』みたいに砂漠に巨大な人面が浮かび上がる場面があるのですが、『ハムナプトラ』で浮かび上がるのはミイラの顔面でしたが『神と共に』はお母さんです。
そういう珍妙なシーン(いやここは泣ける場面なんですけど)が頻出するわけですが、でも地獄だしね、なんだって起るだろって感じで全部理性の裁判を無罪でスルーしちゃう。そのへん、巧みな映画作りだなぁって心底思いましたね。
ところで『妖怪道中記』を連想したと書きましたがそれは冗談としても色々と頭に浮かぶものもある。一番は『BLEACH』。なぜなら冥界弁護人というからには弁論で戦うんだろうと思っていたらこの人たちガンガン大剣で地獄の怪物を斬ったり手からファイヤー出して焼いてたから。しかも下界に来て地獄の秩序を乱す怨霊を探してバトったりするから『BLEACH』っぽくもあるし独特の設定で連載がスタートしたジャンプ漫画が途中からバトル漫画にシフトしてきた感が半端ない。醒めたお子様地獄裁判長とかはそこはかとなく『幽遊白書』。
そのへん影響があるかどうかは知りませんけどまぁ青少年漫画読者にウケそうな面白要素を節操なくぶっ込んできたなって感じありますよね。儒教と仏教の習合世界に隠し味で朝鮮史劇まで入ってくる極めてドメスティックな内容にも関わらず何年か前には原作漫画の日本版(翻訳ではなく絵は新規)が出てるそうですが、世界観は独特でも基礎部分はマンガ・スタンダードなのでむべなるかな、わりと誰でも楽しめる王道エンタメになってるわけです。
アクション、アドベンチャー、ミステリー、ヒューマンドラマ、地獄のクリーチャー軍団、男同士の甘い悲恋、先読みしにくい展開、壮大かつ色とりどりのCG地獄、そして地獄判事にオ・ダルス。うん、見事にみんなが好きな要素しか入ってませんね。
面白要素だけ随所に配置して多少舌足らずになってもハイスピードハイテンションで立ち止まることなく最後まで突き進んでいく140分、そりゃ面白いでしょ。あえて観客の失笑とツッコミを誘っているようなところも含め、よくできた映画でしたよホント。
それにしてもマ・ドンソクの扱いがMCU作品の次回作へのヒキみたいになってるの、ちょっと笑うな。どんだけ人気あるんだ。
【ママー!これ買ってー!】
『エイリアン3』を監督するかもしれなかった人としても知られる異端の幻想映画作家ヴィンセント・ウォードの極北ファンタジー。リチャード・マシスンの原作を基に完全に一線を超えてしまった凄まじいイマジネーションとVFXであの世の世界を描き尽くす、心の一本系映画。
↓原作漫画の日本版