《推定睡眠時間:0分》
中々、観終わって途方に暮れてしまう映画なのでいったい何から感想を書けばいいのだろうと思ってひとまず公式サイトに目を通してみるとツンと鼻につく著名人コメント。なんの臭いかといえば90年代アングラ/悪趣味、サブカルの臭い。ぼくは佐川事件は91年頃のことだろうと雑に思っていたのでは松江哲明とか樋口毅宏とかのコメントを見てはぁはぁそうですかという感じだったのですがもっと前なのね、事件。1981年発覚、帰国してメディアスターの道を歩み始めるのが1984年。
今はもう脳梗塞でメディア関係の仕事が難しくあまり表には出ていないようですが、たぶん8年ぐらい前に買った実話BUNKAタブーに佐川一政と峰なゆか(だったと思うが別人かもしれない)の対談と、当時世間を賑わせていた何らかの猟奇殺人事件の犯人への佐川一政からのメッセージというものが載っていたと思うので、意外と活動期間が長かった。
とはいえそのピークは宮崎勤から少年Aからオウムからと猟奇に世紀末していた90年代だろう、ということで想定客層に合せて著名人コメントも90年代アングラ/悪趣味、サブカルをがっつり引きずっているのだった。
少し意外に思えたのは佐川家の近所に住んでいて本人とも親しく(今もそうかは知らないが)なんなら共著で一冊本を出している90年代アングラの震源地・根本敬のコメントが載ってない。この布陣なら確実に配給はコメントを取りに行っていると思ったのに。でも丁重にお断りしたのかもしれないな。親しさゆえに今の佐川一政をまたサブカル界隈のスタァとしてメディアに差し出すことに抵抗があったりなかったりしたのかもしれない。
とにかく色々ある、色々思うところが多すぎる映画なのですがトータルの印象として俺が抱いたのは、そりゃどっちが悪いかと言えば殺して食った方が悪いのは悪いのですが、それよりもそいつをどうせ不起訴だからと無責任にスタァに持ち上げるメディアや文化人の醜悪さの方だった。あんたらシリアルキラーが女被害者の頭ちょん切って持って帰るみたいにひ弱な日本人がフランスで白人女殺して食ったっていうのを民族的なハンティング・トロフィーとでも思ってんじゃないの? とでも言いたくなる。
出演したAVとか例の悪名高い『まんがサガワさん』が引用される映画なので嫌でも「サガワさん」としての佐川一政を意識させられる。「サガワさん」ではない佐川一政に迫ろうとした映画にも関わらず、です。
「サガワさん」を一切撮らないことでメディアが作り上げた「サガワさん」の幻像が立ち上がってくるという逆説。それが何か、と言われるとそうねぇ、なんすかねぇ、もうこういう風な人権軽視のメディア仕草は卒業しましょうよ、それが面白かった90年代感覚を反省しましょうよって思いましたよ。その類の悪趣味なんて今はどうせネットの人が勝手にやるんだから。
と良識人っぷりをひとしきりアピールしておいてあれですが困っちゃうよね結局そういう種類の面白さがこの映画にもあるわけでこっちもそれに乗ってしまったわけだから。監督コンビは漁船ドキュメンタリー『リヴァイアサン』を撮った人たちですがこの人ら佐藤寿保の『眼球の夢』をプロデュースした際に佐川一政と知り合ったそうなので、思わぬところから90年代感覚と接続。なんだか宮台真司が好きそうな映画になっていた(ほめてるしほめてない)
現在の佐川一政は健康状態がよろしくないので弟が介護してるわけですがー、その弟・佐川純と佐川一政のみをカメラは撮り続ける。これは比喩的な意味ではないので本当に佐川兄弟の顔(たまに手と有刺鉄線と里見瑤子の胸の谷間)だけをピンボケしたりしなかったりする極端なクロースアップで撮るし、インタビュー進行なのですがガンマイクを使っているのか肝心の質問の方はまったく聞こえない。
画面に現れるのは佐川兄弟の顔顔顔、やたらと水を飲みチョコを食いまくる佐川一政の口口口、それから独り言のようなインタビューの受け答えとやかましい室内ノイズ。文脈が剥ぎ取られたその断片映像の連なりから作り手が無言で語るストーリー以外を読み取ることは難しい。ということでそのストーリーにまんまと乗せられてしまった。
佐川一政が殺人&食人の一部始終をガロ系の汚物画で描いた『まんがサガワさん』のページを繰りながら「これはちょっと私には理解できませんね!」と佐川弟。傍らには描いた本人。実に甲斐甲斐しく佐川一政の世話をしている佐川弟なのでこれは痛い。大変痛い。いったいどんな思いで『まんがサガワさん』をわざわざカメラに見せてるんだろうか…と思っていたらこれが人間の迷宮の入り口である。
佐川弟の言動が段々怪しくなってくる。「ちょっとだけ食べさせてもらうってんじゃダメだったの? ダメか、殺して丸ごと食べたかったのか…」。傍らの佐川一政が事も無げに言う。「ちょっとだけでも良かったよ」。「え、ちょっとで良かったの!? だったらお願いすれば…そういう趣味の女の人もいるし…」笑ってしまうが笑えない凄まじいのほほん会話。身内の猟奇殺人をそんなカジュアルにカメラの前で語れるってなんなんだ。まぁ、それぐらい仲が良いってことなのか。
佐川兄弟の幼少期のプライベート8ミリフィルムが画面に入ってくる。8ミリフィルムの中の佐川兄弟はとにかく仲良し、どの場面でも同じような風貌で同じような挙動で同じように遊んでいてまるで双子のよう。その幸福な光景にどんな殺人鬼にも子供時代はあるんだなぁと当たり前のことにしみじみさせられてしまう。
そこから画面変わって有刺鉄線。いや有刺鉄線ってなんだよ。例の極端なクロースアップのせいで全然状況が飲み込めないがどうも、佐川弟が自室に据えたその有刺鉄線をガチャガチャと自分の腕に巻き付けているらしい。「こうやるとちょっと濡れてきますね。射精まではいかない」。
包丁を三本巻き付けたマイ剣山でマイ二の腕を血が滲むほどガツガツ責めたり自分に噛みついたりしながらディープワールドを語る佐川弟。佐川弟はハードマゾであった。副題の『パリ人肉事件38年目の真実』とは佐川弟のハードマゾ癖だったのだ。相当際どく思えた「そういう趣味の女の人もいるし」発言は佐川弟の経験に裏打ちされていたわけですね。
「SM用のロウソクは熱くないんで仏壇用のを使ってるんです。女の人にこういうことをやってくれってビデオ会社にも送ったんだけど、ウチじゃあ過激すぎてできないって」
明らかに、この映画の作り手は佐川弟と佐川一政を重ねようとしているし、俺の肉を食っていれば良かったのにと佐川一政に語りかける佐川弟を見れば佐川弟にもやはりそのような願望があるんだろうと思えてしまう。
それが佐川一政の夢のネガなのかカメラに自分の痴態を晒す一種のハードマゾ行為なのか被害者への罪の意識からなのか佐川一政への愛ゆえなのかそれともそれら全てのミックスなのかは知らないが、ともかくそれがこの映画で語られるストーリーなのだった。なんだかクローネンバーグの世界。まさに『戦慄の絆』。
映画の最後には女優の里見瑤子が佐川一政の希望により(※公式サイト情報)メイドコスで介護をしながら出演作『アンデッド・セメタリー』(※これはツイッターで@AaaaMiyanoさんという方に教えてもらいました)のあらすじを子供を寝かしつけるように語るという場面がある。
「奇跡が起きた。こんな美しい人に…」と時代がかった紋切り台詞を譫言のようにのたまう佐川一政に文学青年の面影を垣間見るが、それにしてもこの抜けない系ドキュメントAV的な演出もまた紋切り型である。人を食った兄と人に食われたい弟の物語は彼らが一つになることができる子宮回帰の夢へと逢着するのだった。
佐川弟がほとんど喋れない佐川一政に代って喋り倒し痴態を晒すところも含めて結局はこれも佐川一政をネタにして作り手が自己の世界や思想を開陳する「サガワさん」もの、まんがに続いての『映画サガワさん』なんである。その愛とも狂気とも単なる性欲ともつかない常識の彼岸の光景は感動的でさえあるがその一方、編集次第で現実はいかようにも変容させられるのだなぁと冷ややかに見てしまう。
公開に合せて佐川弟が自著を出版したことを考えれば現実の佐川兄弟は映画のように面白くはないんだろう。佐川一政も肉を食った後にあぁこんなものか、現実はこんな程度のものかと幻滅したかもしれないなぁと思ったりしてしまうのだった。
補足:
根本敬と共に鬼畜系を掲げて90年代悪趣味界隈を席巻した村崎百郎はゼロ年代に入ると急速に勢いを失っていったが、それはインターネットの普及と無関係ではないんだろうと思う。
ゼロ年代の村崎百郎の代表的な仕事である時事コラム『社会派くんが行く』には、ネット空間に蔓延る行間にアイロニーやユーモアのない純度の高い憎悪テキストに困惑しつつも異端を標榜する常識人として格闘する村崎百郎の姿が見られる。
それはまた「サガワさん」がメディアから消えていく時期と軌を一にしているが、結局、今ではヤバそうなネタはインターネットにいくらでも転がっているのだし、だったらわざわざ「サガワさん」を使う必要も無い。
「サガワさん」の代わりはいくらでもあったのだ。そんなもののために佐川一政はメディアに持ち上げられて佐川一政に殺害されて食われたルネ某は公共のズリネタにさえなったんである。
シリアルキラー展に行けば会場が狭いせいもあって若い人でいつも大混雑、『カニバ』も一日一回上映とはいえ上映されたヒューマントラストシネマ渋谷の最大スクリーンがほぼ満席、いやお前も両方見に行ってるじゃんと言われたら打てるカウンタースペルを持ってないので偽善的なことは言えないが、なにか空虚を感じてしまう。
そう感じさせる意図が『カニバ』にあったなら思惑通りなんでしょうが(なんだか宮台真司的で嫌ではあるが)
【ママー!これ買ってー!】
『カニバ』に挿入されていたAVと同じものかは知らないが『ゆきゆきて、神軍』で起こした殺人未遂で収監されていたサブカル☆スーパースター奥崎謙三の出所後を追った『神様の愛い奴』には奥崎が佐川一政と一緒にスカトロAVに出る場面がある。90年代サブカルの最悪にキモい部分が全部詰まったような一本。