《推定睡眠時間:5分》
《ベルギー上空 第二次世界大戦中》のテロップが乗っかるのは妙に奥行きを欠いた現実感のない空戦風景。監督ロバート・ゼメキスの前作『マリアンヌ』もシュルレアリスム風に始まっていたのでこういうの、ゼメキスのマイブームなのだろうか。
さてシャークペイントの施されたブリキのオモチャみたいな戦闘機に搭乗しているのがどうもこの映画の主人公。激戦域を果敢に攻めるがドイツ軍の猛攻にあえなく墜落、しかしそこは主人公補正でなんとか無事の様子。彼の名はキャプテン・ホーギー。
森のぬかるみに頭から突っ込んだ戦闘機からキャプテンが撃墜などどこ吹く風で降りてくる。降りてくるというか主翼に仁王立ち。足に火がついたまま。
キャプテン・ジャンプ。ぬかるみに足を突っ込んで消火。スポっと足を抜くと靴底が焼けて足の裏が露わになっていた。
それにしてもやけにツルツルした足の裏だなぁ…と、カメラが上を向いてキャプテンの顔を捉えるとその顔はなんと! オモチャであった。キャプテン・ホーギーは意志を持った等身大アクションフィギュアだったのだ。なにそれきもちわるいぶきみ。
というわけでチャッキーの向こうを張るリビング・アクションフィギュアのキャプテン・ホーギー&最強女兵士軍団となぜかいつも同じ顔ぶれの極悪ナチス連中の闘いが始まるのであったがこれはすべてフィギュア写真家マーク・ホーガンキャンプの脳内世界。
キャンプ・ホーガンは辺鄙な田舎町に半ば隠遁してお庭に作ったジオラマ小村〈マーウェン〉でキャプテン・ホーギー&最強女兵士軍団の物語を撮り続けているのであった。
う~ん、ビザ~ル。なんだかおかしな話だなぁ。ホーガンキャンプさんどこへ行くにもこのフィギュア軍団をオモチャの軍用車に乗せて手で引いていくからな。なんなんだ。笑って良いのかそれは。
笑ってしまうがでも痛ましい。アクションフィギュアがなければすぐにでもメンタルが崩壊してしまうホーガンキャンプさんなのである。ヨッシーから離れると10秒で敵に拉致されて死ぬ『ヨッシーアイランド』のベイビーマリオのようなものだ。いったいなにが彼をそこまで追い込んだのか。
使ってたフィギュアが一体ダメになってしまったので近くの玩具屋に補充しに行くホーガンキャンプ。その店内テレビで彼はリンチ殺人未遂事件の公判がまもなくという報道を目にする。
キャンプ・パニック。彼こそはその事件の被害者なのであった。暴行によって過去の記憶を失ってしまった彼はその断片を取り戻そうとするように、事あるごとにフラッシュバックする暴行の記憶を忘れようとするように、〈マーウェン〉のフィギュアワールドに逃げ込んでいたのである。
そんな事情があるとは知らずあはは変な人だぁって笑ってなんかすいませんでした。でも明らかに客を笑わせようとしてるゼメキスが悪いので俺の責任じゃないから。ひどいやつだなゼメキス! 映画はおもしろいけど!
で物語はその限界状況フィギュアラーのホーガンキャンプさんがどう事件と闘って乗り越えていくかというのを二つの世界を行き来しながらファンタジー的に描いていく。
一つはもちろん現実世界でー、公判間近ということで担当検事はなんとかしてホーガンキャンプさんを証人に呼びたい。実はホーガンキャンプさんハイヒールマニアの女装趣味者、そのせいでネオナチ連中とトラブルになって瀕死の暴行を受けたので、これをヘイトクライムと認定してもらう(そして量刑を重くしてもらう)ためにも出廷必須。
しかしAVを見ている時でさえ男優の顔が主犯格に見えてしまってウワァァァってなってしまうホーガンキャンプさんなのでこれはかなりハードルが高い。果たしてホーガンキャンプさんは出廷できるのだろうか。あとついでに近々開催予定の個展には主催者からぜひ在廊をと頼まれているが今の精神状態で個展に行くことができるのだろうか。それから向かいに引っ越してきた良い感じの女と良い感じになることはできるのだろうか。ついでが多くないか。
ホーガンキャンプさんのもう一つの戦場は例の〈マーウェン〉だ。〈マーウェン〉のパートはすごいですよもう、残酷残虐悪趣味の連続! ナチ五人衆とハイヒール女戦士たちが延々終わらない殺し合いを繰り広げるのであるが、どうせ人形だからと蜂の巣ダンスを踊ったり胴体が真っ二つになったり腕をもいだり串刺しになったりと、まるでポール・ヴァーホーヴェンの世界。でも大丈夫これフィギュアだから。ゼメキスの半笑いエクスキューズが画面の端々から聞こえてくるが大丈夫じゃないよ逆に病的だよ!
でも病的に見せることが〈マーウェン〉パートの存在意義だろうからそれで良いんだろう。言うまでもなく〈マーウェン〉の地獄絵図はホーガンキャンプさんの過酷な事件体験が反映されたものだ。死んでも死んでもナチのヤツらは戻ってきてホーガンキャンプさんの分身たるキャプテン・ホーギーを殺そうとする。捕まえて拷問しようとする。ホーガンキャンプさんを襲った五人衆はネオナチであるからして腕に鍵十字のタトゥーを入れていたのであった。
オモチャによる救済とオモチャの呪縛は表裏一体。救われるために逃げ込んだ女の楽園〈マーウェン〉はいつの間にかホーガンキャンプさんを事件に縛り付ける収容所になっていた。だからいつかは〈マーウェン〉を離れなければいけない。
現実世界と〈マーウェン〉はホーガンキャンプさんの中で重なっている。その重なりが次第に剥がれて別々の世界になっていく過程をすっとぼけた筆致で描き出すゼメキス演出の円熟味。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のセルフ・パロディまで入れちゃって余裕である(そこに決して前景化しないホーガンキャンプさんのもうひとつのドラマ、母の憧憬と幼児退行を伴う女性との同化願望を騙し絵のように忍ばせるのだから巧みと言うほかない)
〈マーウェン〉では無敵の凶悪ナチ軍人だった襲撃犯の一人が公判で見せる表情、良かったなぁ。ホーガンキャンプ役スティーヴ・カレルの醸し出す狂気とユーモア混じりの痛み(決して逆ではない)も素晴らしかった。玩具屋のおばさんとか異様に凝った室内装飾も同様。人も物もディティールがとてもよい映画。
それにしても、ある意味これも『トイ・ストーリー』よね。『トイ・ストーリー4』にグリーンアーミーメンが出てなくてガッカリした俺はこれでなんか補完された気がしましたよ。名画座で二本立て希望。
【ママー!これ買ってー!】
前作『バロン』の大幅な予算超過と興行的大失敗により監督生命が死にかかったテリー・ギリアムが再生の祈りを込めて撮り上げた禊映画の傑作。ストーリーが結構『マーウェン』とかぶる。