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暇と性欲を持て余したティーン男子どもがお隣に引っ越してきた吸血鬼と戦う『フライトハウス』のシリアルキラー版だと思っていたので(実際そういうところはある)全然とにかく全然シリアルキラーが出てこない、それっぽい人は出てくるが少しも人を殺してくれないのでホラー映画を期待して観に行った身としては延々続く夏休み童貞ティーン男子どものダーティ・トークに肩透かしも良いところだったが、それはたぶん主人公くんも同じで、秘密基地のツリーハウスで同じエロ本を読んで仲間の家で同じ映画をビデオで観てベビーシッターのエロいあこがれ女にエロい妄想を馳せるだけのダルい日々を送っていた彼には、シリアルキラーの登場が超スリリングでたのしいことに思えたのだった。そしてあこがれのベビーシッターに自分をアピールするチャンスだとも。
だから『フライトハウス』というよりもこれはティーン版のデヴィッド・フィンチャー『ゾディアック』なのだった。今こっそりウィキで調べましたが厨二暗号化した犯行声明文を新聞社に送りつけたことで全米を恐怖と好奇心のドン底に陥れた史上初(かどうかは議論の余地あり)の劇場型殺人鬼ゾディアックが活動したのは1968年から1974年、映画の舞台は1984年なのでその頃にはどっかに潜って黙っておるわけですが、人々の記憶には決して消せない黄道マークが残った。84年どころか今もって逮捕も犯人特定もされていないゾディアックの都市伝説的な恐怖はゾディアック全盛期のリアタイ世代ではない主人公にも伝わっていただろう、「どんなシリアルキラーも誰かの隣人だ」彼が冒頭で語る所以である。
主人公がご近所に住む気の良い独身男性職業警官こそ世を騒がせるシリアルキラーではないかと疑念を抱くに至ったのは荷物運びのお手伝いで彼の家の地下室に入ったからだった。あやしい。あきらかにあやしい。
劇中のテレビで報道されるシリアルキラーの犯行は湖畔で殺したりしているあたりはゾディアックをモデルにしているように思われるが(その湖畔殺しの生存者によってかの有名なゾディアック画が生まれたのだった)、時には一家全員殺したりしているとはいえ基本的には子供ばかり攫って殺す。
子供殺しのシリアルキラーといえばピエロ殺人鬼ジョン・ゲイシーですがその犯行は1972~1978年、あこがれのベビーシッターにUFOとかUMAの跋扈するあやしげ界隈の雑誌を渡されたことからあやしげ界隈に足を踏み入れてしまった主人公はきっとジョン・ゲイシーの犯行も虚実込みで仔細に知っていたに違いない。彼の父親は報道カメラマンだから何気ない食事時の会話でゲイシーの話題が出たりしたこともあったかもしれない。男児を地下室に誘って犯して殺すのがゲイシーの犯行パターンであった(80sオマージュ系映画なので警官をシリアルキラーと疑う展開はゾンビ警官が殺しまくる1988年の『マニアック・コップ』の影響かもしれない)
1984年はナイトストーカーの異名を持つ(そんなカッコイイ異名をメディアが与えちゃうからシリアルキラーは図に乗るんじゃないだろうか…)リチャード・ラミレスが殺人行脚を開始した年。ゾディアックはまだ捕まらないがゾディアックの手になるものと思われる犯行は途絶えた、ジョン・ゲイシーは捕まってその恐るべき犯行が明るみに出た、シリアルキラーの代名詞テッド・バンディも何度か脱獄したり警察のミスで見逃されかけたりしながらもひとまず収監、事件を受けてのニューヨークの混乱が『サマー・オブ・84』ならぬ『サマー・オブ・サム』として映画化された(『サマー・オブ・84』のタイトルはここからの戴きでしょうたぶん)サムの息子ことデヴィッド・バーコウィッツも塀の中だったが、やっとシリアルキラーの恐怖が去ったと思ったら今度はナイトストーカーが来る。アメリカのシリアルキラー恐怖は終わりがない。シリアルキラーに対する興味だって終わりがない。
映画評論家の町山智浩が語っていたか書いていたところによればデヴィッド・フィンチャーはゾディアック直撃世代、その当時はスクールバスに警護がついたりして子供心にわくわくしたんだとか。『ゾディアック』はその無邪気なわくわく感をゾデアック探しゲームの強烈な牽引力として導入しつつ、シリアルキラーを巡る無邪気なわくわくの真っ暗な終着点を描くものだったが、『サマー・オブ・84』のご近所シリアルキラー探検隊もやはり同じ地点に辿り着いてしまうのだった。
早くシリアルキラー出てきていっぱい殺さないかなぁと思って観ていたものだからこれは刺さる。そういうこと無責任なことを思っているからこういう惨劇が起るんですからね。反省してくださいよ本当に! すいませんでした。
でもしょうがないよねぇそういう映画になってるんだもんねぇ。なんだか『スタンド・バイ・ミー』の死体探し旅を観ているみたいでわくわくドキドキしましたよクソガキどものシリアルキラー大捜査線。オモチャのトランシーバー持って張り込みなんかしちゃってね。一日の行動をホワイトボードに書き込んで不審な点を炙り出したりね。謎の暗号(?)をクソガキ頭の集合知で解くあたりとかやったぜって感じです。だからその結末の痛さもひとしお、切なさもひとしおだ。そのへんも『スタンド・バイ・ミー』みたいであった。死体とかシリアルキラーを拠り所にしないとやっていけない郊外暮らしのガキどもはたいへんだ。
出てこない出てこないと言っているが要所ではちゃんと出てくるシリアルキラーのシリアルキラー仕草、よかったですね。何人か殺す時に一人の足の腱をサッと切って逃げられないようにした上で残りを追う鬼畜っぷり。あぁ殺し慣れてる人なんだってなる殺人リアリティ。なにが殺人のリアルかは知りませんが主人公くんスピルバーグに憧れるアマチュア映像作家だしまぁ映画的リアリティということで…だからそういうことを言っているから痛い結末を招くんだっていうの。おもしろかったです。
【ママー!これ買ってー!】
バーコウィッツが殺したのは夏だしラミレスが殺したのも初夏、シリアルキラーは夏になるとよく出てくるらしいからこれはきっと夏のせい。