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とくに何があるわけでもないがなんとなく惰性で同居している的な倦怠期を経て偉い人たちと暇な人たちを中心にした喧嘩期に入った日韓関係であるがそんな最中に公開された新作コリアン・サスペンスのタイトルが『ザ・ネゴシエーション』というのは何か示唆的というか機を見るに敏というか、否が応でもメッセージを受け取らざるを得ない。
観に行ったら来場者プレゼントで特製ウチワをもらったこともメッセージに拍車をかける。なるほどね、ウチワでクールダウンして両国政府は冷静に対話をしなさいということか。それはメッセージというより電波ではないのか? だがUFOから平和のメッセージを受け取った矢追純一のように電波には悪性電波だけではなく良性電波だってある。時には大事な電波もある。電波が物語の鍵を握る『ザ・ネゴシエーション』であった。まぁ、それはいいとして…。
ソウル市警のハ・チェユン(ソン・イェジン)はアメリカ帰りの敏腕ネゴシエーター。型破りかつ命知らずな交渉術で今日も見事人質事件を無血解決…するはずだったが現場の指揮を取る班長の勇み足で人質もろとも犯人が撃ち殺されてしまう。がーん。大ショックのチェユン刑事は依がーん退ショックをするつもりだったがそこに先輩刑事アン・ヒョクス(キム・サンホ)の救いの手かもしくはデスタッチ、彼女をなんかよくわからんモニタリング機械でいっぱいのSF指令室のようなところに半ば強引に連れて行く。そこには『アシュラ』とかのコリアン・ノワール系映画で基本的に酷い人ばかりやっているザ・官僚顔役者のチェ・ビョンモなんかがいた(役名不明)
一体ここは…問いを発するや否やモニターの据えられたブースに押し込まれるチェユン刑事。「かかってきました!」誰かの声が響くとモニターがぶぶっと明るくなる。こうかな? ちゃんと映ってるかな? ウェブカムを通して画面に拷問部屋のような怪しげ部屋と怪しげ男が現れる。彼の名はミン・テグ(ヒョンビン)。なんだかよくわからないが新聞記者を誘拐してその交渉人にチェユン刑事を指名してきたらしい。いきなりスリーサイズを尋ねたりして気分はもうキャバクラ。またどっかの変態殺人鬼か…コリアン・サスペンスだし…でもそれならこのSF的厳戒態勢はいったいなんなんだろう?
というわけでそこからお話は転がりに転がって二転三転四転五転、チェユン刑事の超絶ネゴシエーションテクニックにより意外な事実が次々と明らかに…なるかと思われたがどちらかというと外堀の方から意外な事実が埋まっていくのでタイトルに反してネゴ寄りの映画ではなかったが、最後は銃撃戦まであるサービス過剰っぷりで超おもしろいのであった。
ぼくはよく知りませんが悪役のヒョンビンという人は韓流スタア的な人らしいのでチラシにもでっかく名前が載っていましたが、いやそんなことよりも! と松竹版『八つ墓村』の渥美金田一の如く語気を荒げてしまうのはそのチラシのキャスト欄にちっさくちっさく載っていたキム・サンホの存在。キム・サンホ! 俺たちの韓流スタア、キム・サンホ!
いいっすね~キム・サンホは~。チェユン刑事が誘拐野郎とネゴってる間に事件の真相を暴くべく単身外を駆け回るのがキム・サンホ演じるヒョクス刑事であるからチラシのキャスト欄の扱いとは裏腹に物語の最重要パーソンであると言っても過言だが過言ではないと言い切りたい。
なにせ冒頭からしてキム・サンホのナチュラル南部虎弾なハゲ散らかし超人頭頂部越しに立てこもり事件現場を捉えるというすごいショット。その手があったか! どの手かわからないが他の俳優を使っていては絶対に撮れないショットで強制的に映画の世界に引き込まれてしまう。
その後でヒョクス刑事は合コン帰りに急遽呼び出されたチェユン刑事にそんなだらしない格好をしていると警察の威信に関わるじゃないかと説教をしていたがいやお前のヘアスタイルの方が500%警察の面子に関わるだろ! そんな他愛のない台詞でもフルスロットルで突っ込まざるを得ないのでもうキム・サンホの独壇場だ。『あなた、そこにいてくれますか』に続いての禁煙指導には待ってました感すら出てしまう。禁煙指導で待ってました感が出る俳優が他にいるだろうか。とにかく、キム・サンホである。
キム・サンホは当然としてオッサンが全体的によいかったですね。チェ・ビョンモの官僚的立ち回りっちゅーか存在感が効いていたりして。悪い奴の悪い奴がイチロー似だったりして。そんなオッサン世界の中で孤軍奮闘するチェユン刑事の愛しさと切なさと心強さには興奮してしまったよ。泣き顔がうつくしい。なんかヤバい人みたいになっているがそう思ってしまったからしょうがない。
面白をひたすら重天丼にしてエモで強引に展開を引っ張っていったら結局ネゴシエーター設定いらなかったし話の辻褄合わないじゃねぇかみたいなことに最終的にはなってしまったが観ている間はキム・サンホやヒョンビンを筆頭に俳優たちの名演のおかげで緊迫感いっぱい、まあそんなもんだろうという気にさせられるから大丈夫。
そのB級的な割り切り方が上手いというか。昔はこういう面白の天丼と俳優の存在感だけで見せるミドルバジェットのジャンル映画ってアメリカ映画が面白かったですが、最近は超大作ばかりになってしまってすっかり作らなくなってしまったので、今はもう韓国映画の方がこの手のジャンル映画は面白い。
ちょっとハリー・グレッグソン=ウィリアムズ感のあるメタル・パーカッションを前面に出した攻撃的な劇伴もB級をB級と思わせない堂々たる風格を作品に与えていて立派なもの。音楽ファン・サンジュン。『感染家族』もこの人ですね。要チェック。
警察と国家保安院etcとコリアン・サスペンスらしくいろいろ組織が出てくるわけですがその組織の明確な対立構図がこんな荒唐無稽な話にもなんとなくリアリティと重みを与えていて、とにかくよくできているウェルメイドな映画だ。
まあ、こういうおもしろい韓国映画が観られなくなったりしたら困るので日韓の偉い人は自重してね。さぁ、対立はやめてネゴシエーションだ! …もっともこの映画の場合はネゴを捨てて銃撃戦になっていたが。
【ママー!これ買ってー!】
あなた、そこにいてくれますか(字幕版)[Amazonビデオ]
ファンタジー系時間SFの秀作。時をかけるキム・サンホが観られるのは『あなた、そこにいてくれますか』だけ!