田舎糞やべぇ映画『ブルーアワーにぶっ飛ばす』感想文

《推定睡眠時間:0分》

ヌーヴェルヴァーグというか『ひなぎく』、『ひなぎく』風の自由な文体で綴られた『悪魔のいけにえ』である。嘘だと思われると嫌なのでである口調を採用してしまう。それぐらい『ひなぎく』と『悪魔のいけにえ』のまさに悪魔合体である。である。

いやこれは伝わらないと思うな文章では! だって『悪いけ』感ないもんね! 『ひなぎく』はともかく『悪いけ』はないでしょう『悪いけ』は! わはは! はい俺もそう思ってました! でも考えてみてください! いいですか、夏帆と悪友シム・ウンギョンの都会派ウーマンふたりが中古車でド級の茨城田舎に超ひさしぶりに里帰りするんです! 忘れられがちですが『悪いけ』も超久しぶりにド級のテキサス田舎に帰った若者たちの話でしたね! 田舎に帰ったらやべぇヒッチハイカー拾ってやべぇ家族に遭遇してやべぇ目に遭う映画でしたね! おんなじそれおんなじ、『悪いけ』と『ブルーアワー』。

夏帆の実家やべぇんです。しばらく会わないうちに家族ぶっ壊れてやべぇことになってました。耳の遠いお母さんはテレビ見ながら独り言ずっと言ってます。『悪いけ』ファミリーの長兄と同じじゃないですか! 教師で引きこもりの兄はドゥフドゥフ笑いながら会話にならない会話を仕掛けてきます。ヒッチハイカー! それ『悪いけ』のヒッチハイカーでしょ! お父さんのでんでんは最近鎧とか鹿の剥製みたいなやつを家に飾るようになって(※兄曰く出所不明の大金によって)日本刀を振り回します。レザーフェイス! お前レザーフェイスだろう! あとちょっと関根元も入ってるだろう! 絶対何人か殺して金盗って解体してるだろうそしてこの家族の生業は畜産! 完璧にレザーフェイス一家だ。

怖いよなにその家族。夏帆のいない間に何があったの。もう夏帆がウンギョンを牛舎に案内するシーンすら怖いよね。牛に紛れて兄貴がどっかからさらってきた少女が監禁飼育されてるんじゃないかとか思ってしまうからな。あるいはバラバラにした旅行者のたぐいを牛の餌にミックスして死体処理してるんじゃないかとか思ってしまうからな(牛が人肉を食すかどうかはともかく…)

だが怖いのは家族だけではなかった。公園に行けば暇を持て余した近所のガキどもがふたりをガン見して「テレパシー…テレパシー…」と意味不明なことを囁きながらゲスゲス笑ってくる、カフェ的なところに行けばノイジーなヤンママ軍団が店員を脅してゴネ得しようとしている光景を目の当たりにする、酒に逃げようにも居酒屋チェーンなんかないから仕方がなくスナックに行くと下卑た男どもの獣のような目と体臭とひっきりなしに口から垂れてくる下ネタ下ネタ下ネタ…「ここはサバンナかっ!」と言ったのは群馬を訪れた『翔んで埼玉』の主人公だったが、ここはテキサスかと叫びたくなるテキサスっぷりの茨城なのだった。岩井志麻子によれば岡山こそ日本のテキサスとのことだが、強力な競合他県の登場である。

だいたい『ブルーアワー』ですからねタイトルが。ブルーアワーというのはマジックアワーの青い版みたいなやつ。こんなのはもう『悪いけ』の象徴となった伝説的ショット、朝焼けを背にチェーンソーダンスを舞うレザーフェイスを意識しているに決まっています。

おそろしい田舎ホラーだ。こんなにリアルに田舎の厭な空気を出されたら震え上がってしまう。田舎ホラーではないと思うがもう田舎ホラーに分類してしまう。実際、怖いし。その怖さが単純に怖いってんじゃなくて『悪いけ』みたいに笑いと表裏一体になっているのが怖いんですよね。都会とはまったく違う生活感覚が日常としてあって、っていうのが。

とさんざん煽ってますが大丈夫です血とか出ません。怖いが笑える自分探し田舎ホラーコメディです。大丈夫。そこらへんはギリ大丈夫。『ひなぎく』入ってますから。予期せぬ『悪いけ』の乱入に衝撃を受けすぎてちょっと田舎ホラーとしての側面を書きすぎましたがもう半分は『ひなぎく』です。すなわち、神経症的なジャンプカットやカットバックの多用であるとか唐突なシーン繋ぎ等々アナーキーなガールズ遊び心でいっぱい。さいきんこの手の表現は山戸結希監督が究めておりますがそこと重なるところもありつつ、当然ズレるところもありつつ、こちらは主に日常会話的なフリーダム台詞が、イイ。

シム・ウンギョンが不味いパフェを食って言う「違うんすよ、私は頑張ったんすよ。ただこいつは期待に応えられなかったっすね」的なやつとか最高に無駄で最高である。この人はとにかくどうでもいいちょっと面白いことしか言わないがどうでもいいちょっと面白いことしか言ってくれない友達は最高の友達である。良かったですねシム・ウンギョンの友達感、ノリが良くて素っ頓狂で小心者でそのくせ変なところで真面目だったりして。くそったれな映像業界(と男ども)にイライラを溜め込んで顔はいつも笑っているが目と口はいつもぶち切れていて『悪いけ』ファミリーに負けず劣らず怖い夏帆と対照的。そのふたりが日本刀でんでんの待ち受ける日本のテキサス茨城を往くというわけで謎の脱力的緊張感がすごい。平たく言えば、なんじゃこりゃああああああでもおもしろいなああああああであった。

あ、あとついでみたいになって申し訳ないですが夏帆が帰省を通して今まで目を背けていたものと対峙していく成長物語でもありました。田舎とか、過去とか、死とか。男に好かれる女を演じる自分、というのもそうか。そういう意味ではかなり技巧的な変形フェミニズム映画とも言えるかもしれない。牛の飼育法を説明する夏帆にはちょっとギョっとさせられるところがあった(説明しながら本人が何か気付きを得るあたりも含め)。
それにしても田舎スナックの場面はケッサクだなぁ。まだ思い出して笑ってしまう。あそこだけ7時間流しても全然観ていられそう。超えたな、『サタンタンゴ』を。

【ママー!これ買ってー!】


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アナーキーな遊び映画っていいですよね。どうせ秩序の破壊を志向する男性的アナキズムなんか代替秩序に回収されるだけなんだから遊んだ方がいいんです。遊びこそ抵抗、アナキズムの真骨頂。遊びの先にこそ見失った自己の発見があるのだ!

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