爆音で見せてくれ映画『CLIMAX クライマックス』感想文

《推定酩酊時間:90分》

しょっぱなにオチとエンドロールを置いたりする奇をてらっているだけで何も面白くないギャスパー・ノエ演出にひとまず鼻白んだところでインタビュー形式の登場人物紹介、20人超のダンサーが出てくる一応密室群像劇なのでここでキャラクターを把握しておきたいところだったがまったく、少しも、入ってこない。

その理由はインタビュー風景の映し出された画面内画面のブラウン管テレビの両脇に本とVHSテープが積まれていて、本の方はスクリーンサイズの関係もあってタイトルが判別できなかったがVHSテープの方は背表紙がガッツリ見えたことにあった。そこにあるのがまず『サスペリア』。アルジェントのクラシックですね。それから『HARA-KIRI』。これは小林正樹の『切腹』のことかもしれない。

『ポゼッション』もあった。『ポゼッション』はたぶんあれだろう、タコ悪魔が出てきてイザベル・アジャーニが暗黒舞踏みたいなのやるやつ。『ZOMBIE』のタイトルも見えたが見切れていて『ZOMBIE』か『ZOMBIE2』かわからない。ロメロの『DAWN OF THE DEAD』は日本でも『ゾンビ』の邦題ですがイタリアを始めヨーロッパでは『ZOMBIE』とか『ZOMBI』の題で配給されたので、それに便乗したフルチの『サンゲリア』は大胆にも『ZOMBIE2』『ZOMBI2』のタイトルで売られることになった。

俺にわかったのは8本ぐらいあるうちのその4本だけだったがもうそれだけであれこれ考えてしまうのでインタビューどころではない。だって『サスペリア』でしょ。前情報はあんま入れないで映画観に行く派ですけどポスターとか予告編で「雪山の小屋に集められたダンサーたちがクスリの入ったサングリアを飲んで…」みたいなのがこの映画のあらすじっていうのは知ってる。『サスペリア』じゃないかそれは。それに『ポゼッション』。踊り狂う映画っていうのが同じじゃないですか…。

もしやこれは『アス』同様の冒頭に出てくるビデオのタイトルでネタをバラしてしまう系映画なのでは? と、思ってしまったので『ZOMBIE』のビデオはやはり見切れている部分に『2』が隠れている説に心が傾く。『ZOMBIE2』こと『サンゲリア』の方が孤島に閉じ込められた人々の受難の物語という点で『CLIMAX』に近い、ファビオ・フリッツィのミニマルなシンセサウンドも『ゾンビ』のゴブリンよりはジョルジオ・モロダーとかセローンとかダフト・パンク、ソフト・セルとかサントラに使ってる『CLIMAX』的である。

じゃあ『HARA-KIRI』はなんだ。『HARA-KIRI』は全然関係ないよなって思いながら映画観てたらダンサーの一人が自殺を強要される場面が! そこまで来られたらこちらも妄想の視野を広げざるを得ない。再度確認しておくが『ZOMBIE2』の邦題は『サンゲリア』である。『CLIMAX』は山小屋に集められたダンサーが打ち上げでパンチボウルに入ったサングリアを飲んだことから惨劇が始まる映画である。そして監督のギャスパー・ノエは塚本晋也と親交があり『エンター・ザ・ボイド』の撮影で東京に来ている。

サンゲリアとサングリア…サンゲリアとサングリア…サンゲリアと! サングリア! これは! まさか! 『ZOMBIE2』の邦題を知っていたノエのダジャレだったのではないだろうか!!!!!!

ダンサー紹介の間、ずっとそんなこと考えてたよね。あと残りのビデオの英語題から邦題を必死に導き出そうとしたりね。やられたよね。別に捻ったストーリーがある映画じゃないからダンサー紹介見なくても全然ノれますけど見ておきたかったよ一応。でもノエがテレビの横に余計なもの置いといたせいで頭と目が完全にそっち行っちゃってインタビューの字幕追えなかったんだよ。ふざけた映画だよね。ふざけてる。ちくしょう。

だが時は『アレックス』のように巻き戻すことができない。もう映画は始まってしまったから気分を切り替えてノるしかないなと思ったところでサイレンと共にセローンのSupernatureインストリミックス、さっきインタビューを受けていたダンサーたちが各々のダンススタイルで山小屋フロアを彩るのであるがー、いやもうこれが最高、クライマックス。ちょうたのしいかっこいい。

なにせみんなダンススタイル違うし技術もバラバラなので完成された群舞とかではないのですが、といって散漫な印象を与えるものでもなくフロア特有の不思議な一体感があり、ステージ的でありつつストリート的でありつつクラブ的でありつつのカオティックで有機的なダンスシーン。

たぶん流れはカッチリ振り付けて後は結構アドリブ的にというかあえて絵を固めないようにやってんじゃないすかね。キッチリしているところはキッチリしているし、でもゆるいところはゆるいし、録音にもフレーミングにもそんなに凝らないというか写っちゃったら写っちゃったでいいし写らなかったらそれでいいしノイズ入ってもそれはそれで、みたいなライブ感でドキュメンタリー的に撮っている(とおもう)

その手法は後半になってくるとうっとおしくなってくるのですがこのシーンにはハマっていて、あぁダンスとはなんとたのしいのだろう、しあわせなんだろう、ギャスパー・ノエは身体性を映画の核に据える作家ですが、ダンスの衝動とフロアの熱気がここには見事に収められていた。踊ることの素晴らしさをこうシンプルに見せるというのは簡単なことではない。

正直な話もうこのシーン(と、ダーティトーク込みの休憩を挟んでもう一回あるダンスシーン)だけで良いと思ってしまった。誰かがLSDぶっ込んだサングリアを飲んでみんなおかしくなって云々というその後のホラー展開は手持ち長回しの自主的制約もあり描写的にもシチュエーション的にもヌルく別に大したものではないし、大したものであったとしても大したドラマがあるわけではないので嫌だなぁ感はあるがそんな怖いものでもない。

個人的な感覚で言えばハーシェル・ゴードン・ルイスがアシッド映画を撮ったら(撮ってますが)こんな感じだろうぐらいのヌルさ。キャッチコピーを付けるなら「踊る『処刑軍団ザップ』」。それぐらいのヌルさ。だってLSD入れた犯人がLSDって印刷された箱持ってんだもの。なんて観客に親切で観客を舐めた映画なんだとおもってしまう。

でもそれでたぶんよいのです。酒ガバガバ飲んだり準備もなくドラッグやったりすると楽しく踊れなくなってしまうかもしれないし変なトラブルに巻き込まれてしまうかもしれない。最初のダンスシーンが一番おもしろくてダンサーたちの酩酊が進むにつれてどんどんおもしろくなくなってくるのだから映画自体がそのことを体現している。ダンスシーンもさることながらそのメッセージ性においてフロア向けである。

教訓。たのしく踊り続けたい人、プロのダンサーを目指す人は身体を壊すような真似は控えること。知らない人んちのパーティ的な場でお酒を飲むときはデートドラッグなんかが盛らられてないか少しだけ注意してみること。中毒性の有無に関わらずやめられると思っても案外ドラッグはやめられないので基本的には手を出さないこと。どうしても幻覚剤をやりたい人はバッドトリップに陥らないように経験者と一緒にリラックスした状態でやること。タバコもドラッグだし火の扱いによっては火事にだってなると肝に銘じておくこと。子供は危ないものがある部屋に決して一人で置いておかないこと。

ギャスパー・ノエの新作はなんとも教育的な映画であった。

追記:
嫌みったらしくフランス国旗がクロースアップされて「フランスが贈る…」などとテロップ出たりするが、完成されていないものをあえて画面に取り込んで若さと解放の精神を吹き込む手つきにヌーヴェルヴァーグを感じたので、あれは嫌味ではなくギャスパー・ノエのくせに素直なリスペクトだったのかもしれない。

ダンサーたちは誰が良いとか比べられるものではないのですが、個人的にはおかっぱ金髪のでけぇ女ダンサーとゲイボーイダンサーを推す。おかっぱソロからのゲイボーイのソロの流れが良いんですよ。あ、ジャージ着たヤンキー風ダンサーと坊主女ダンサーもイイっすね。

あとサントラはなかなかよいです。公式サイトに親切にもプレイリストが載ってるので興味あったらどうぞ。
それにしてもこういう映画は大画面で爆音、ついでにスタンディングで観てみたいなぁ。

追記2:
覚えているダンサーたちの会話を反芻していたらラブストーリーだったのではないか説が浮上してきた。エンディングはオープニングと繋がって円環を成すが、あれが山小屋合宿を永遠に終わらせたくないっていう犯人の…と思うとちょっと切ない。そういえば『ポゼッション』も狂気と暴力に彩られた切ないラブストーリーなのだった。

【ママー!これ買ってー!】


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世には薬物啓発ホラーというジャンルが存在するというかしたのでその現代版が『CLIMAX』なのかもしれない。

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