《推定睡眠時間:0分》
ストーリー的には全然違うはずなのに家族構成といい子供たちの捻くれ方といいMEGUMIの出演といい『台風家族』と結構絵面が被ってしまう不思議。ラストらへんをゆるいカーチェイスで盛り上げようとするところまで被っている。そこは俺には面白くなかった『台風家族』の中でも特に面白くなかった場面なのでそんなところまで似ないでよかった。なにも似せようと思ったわけではないにしても。
『ひとよ』というのは主人公の名前かと思ったがこれは名前ではなく「一夜」の意。元は舞台だというのでこのネーミングにはいくつか理由があるのでしょうが、ひとまずは物語の中心になるタクシードライバー・こはるが暴力夫を殺した一夜を指すと映画が始まってすぐにわかる。
非常になんというかこうステレオタイプにざっくりとしか描かれないのでこの殺された暴力夫がどういう人物だったのか判然としないが、その夜の子供たちはわかりやすく生傷だらけだったのでそいつのせいで子供たちは酷い目に遭っているらしい。
お母さんのおかげで暴力親父から解放された子供たちだったがその行く末は必ずしも明るいものではなかった。パソコンいじりが趣味だった内気な長男(鈴木亮平)は個人経営の電気屋の娘(MEGUMI)と結婚して店の跡継ぎ的なポジションに収まるが店の人間からはバカにされているし結婚生活は崩壊状態、美容師が夢だった長女(松岡茉優)は美容学校に進学はしたものの挫折して今は半ば自暴自棄になりながら地元のスナックで働いている、次男(佐藤健)は小説家を目指して上京したが夢は叶わずエロ週刊誌の風俗ライターで糊口をしのぐ日々。
まそれはそれでいいんじゃないか、と思わなくもないが本人たち的には「あんたたちは自由なんだ!」みたいな言葉を残して自首した母親にこれじゃあ顔向けができないとも感じているようで、重圧からの解放が逆に重圧となってしまっている面もある。加えてどこかの心ないライターが母親の事件を面白おかしく週刊誌に書きやがったこともあって事件直後は心ない世間からバッシングを受けたので、暴力親父から自分たちを解放してくれた母親を特に次男なんかはむしろ憎んでさえいる。
そんなところに出所して諸国漫遊の旅に出ていた母親がふらりと帰ってきたっていうんで子供たちのこころは波立つ。どこから嗅ぎつけたのか再び母親をネタにした露悪的な週刊誌記事まで出回って家族+タクシー会社バッシングも再開。果たして家族の行方やいかに。だいたいこんな感じの映画が『ひとよ』です。
白石和彌という人はたぶんとても良い人なので『孤狼の血』の時もおもったのですが悪い人を面白く描くことをあまりしない。悪に染まりきれないくすぶった小悪人みたいなのはすごい丁寧にやるのに完全に悪い世界に入ってしまった人を描くその手つきときたらぞんざいもいいところでそういうところが白けるというのは『孤狼の血』もそうだし『ひとよ』もそう、暴力夫のテンプレっぷりとか千鳥・大吾のヤクザの怖さ描写が大声出して凄むだけとかそれそんなんでいいのかよと思うことしきり。単純に悪い人に興味がないんだろう。
これこれの記号化された悪人たちがドキュメンタルな劇画調の画作りに乗ると悪人に関わる人たちのドラマまでなんだか薄っぺらく見えてきてしまう。ここまで単純な存在として描くのなら逆に暴力親父のDV回想とか大吾のヤクザとか一切入れないで台詞で仄めかすだけでよかったんじゃないかとか思ってしまうのは仄めかしを多用する映画だったからで、家族の面々の心理描写は繊細で綾があるし母親の起こした殺人事件(?)の真相もあえてボカされて観る側に委ねられている。
そこはおもしろかったとおもう。ミステリー要素アリな映画なのですがどこにミステリーがあるかといえばなぜ次男は小説家を目指しているのかとかそういう人間心理の部分にあるわけで、それは物語の中でわかりやすく主題化されるわけではないしわからなくてもそのままスルーしてしまいそうな隠し要素的な謎である。ざっくりしたプロットや人間関係よりも抑制された筆致で丁寧に紡がれる副次的な個々の物語の方に目を向ければ、その屈折や陰影を仕草のひとつひとつに染みこませた俳優陣の好演もあって(個人的には嫌いな人なんですがこういうのを見ると松岡茉優は本当にめちゃくちゃ才能あるなぁとおもってしまう)たいへんよい家族ドラマだった。
なので、だから、それを引き立てるためにも悪をそんなぞんざいに扱わないでいいじゃないのと思ったりするわけで…人間を信じようとする善意の姿勢で悪を対象化することでかえって人間の善性を損なってしまうような逆説すら感じなくもない。
白石映画の常連悪役・音尾琢真が朝ドラ的な明朗タクシー屋さんというのは嬉しい驚き、韓英恵の蓮っ葉タクシードライバーもよかったのでいっそ劇画的な重々トーンを廃して朝ドラムードでタクシー会社&家族の奮闘記にしてしまったほうが家族の抱える葛藤や問題に光が当たって家族ドラマとしておもしろかったんじゃないか、とおもう。
【ママー!これ買ってー!】
タクシードライバーの推理日誌 ベストセレクション <HDリマスター版> [DVD]
これなんですよ。『ひとよ』に足りないのは渡瀬の昔は悪かった感なんですよ!