炎と怒りの『ブライトバーン/恐怖の拡散者』感想文(多少ネタバレあり)

《推定睡眠時間:0分》

『ブライトバーン』というのは『10クローバーフィールド・レーン』と同じで舞台となる町の名前なのですが(ちなみに『クローバーフィールド』は制作者が住んでいたか勤務してた会社のあった町の名前だった)、〈恐怖の拡散者〉とかいう邦サブタイまで付いてしまったらトランプ政権誕生をアシストしたスティーヴ・バノン率いるオルトライト系ニュース/キュレーションサイトのブライトバートをもじったとした思えなくなる。

アタッカータイプのオーメンみたいな少年がスーパー能力を駆使して好きな少女をストーキングしたり気に食わないご近所の人間を殺して回るという藤子・F・不二雄先生の毒作『ウルトラ・スーパー・デラックスマン』の少年版的なお話でなぜブライトバート? と思ってスティーヴ・バノンを検索するとこのような文句が出てくる。

トランプを大統領選で勝利に導いた後に、バノンは記者のインタビューを受け、その中で、大統領選の顛末はハリウッド映画にしてもいいのではないか、と水を向けられる。それに対する次のコメントはふるっている。
 “Brother,” he said, “Hollywood doesn’t make movies where the bad guys win.”
 「バノンは言った。『君ね、悪者が勝つ映画を、ハリウッドはつくらないんだよ』」
トランプの元側近・バノンの恐るべき正体/WEDGE Infinity

あっはっは。そういうことかあ。そういうつもりで製作兼脚本(※製作のみでした)のジェームズ・ガンがこの映画を作ったかどうかは定かではないけれども、でもこんな台詞を踏まえてあの風刺的なエンディングを振り返ったらやっぱそう見えますわなあ。ガン、トロマ出身だから風刺はお手の物ですしねー。あぁ与太話。与太話だった。バノンが映画を撮ったらば…みたいな与太話。

こりゃ一杯食わされましたよ。そういう映画なんですよきっと。ちょっと頭が良いせいで周りのキッズたち(※主に太った黒人)から馬鹿にされている田舎農家の白人少年が秘めたるスーパー能力と天命に目覚めて…とかいかにもオルトライト的な福音物語。この白人少年ブランドンくんがスーパー能力を暴走させる一つのきっかけはお誕生日に叔父さん的な人がプレゼントしてくれた猟銃をそんなもの息子に渡すなとリベラル寄りの父親に取り上げられてしまったことだったというのもハリウッド・リベラルによる右派の風刺と思えばなるほどと膝を打つ。

そのへんの含みは(ラストを除けば)劇中明示されないので無粋感のある邦サブタイの〈恐怖の拡散者〉はヒントみたいなものだったのかもしれない。ちゃんと映画の中身を見ている人が付けてくれた良いサブタイですね。恐怖の拡散。それしかないじゃないですか、こんな映画にサブタイを付けるなら。
そうだとすると地名をタイトルに持ってくる『クローバーフィールド』的命名にも意味が出てくるというもので、『クローバーフィールド』はPOVスタイルのモキュメンタリー(フェイク・ドキュメンタリー)だったわけです。あっはっは。

でもそうでなくても別に成立しているのだから地味にして意外と高度な映画です。思春期男子のこういうことやってましたよね? をあるある的に提示しつつダーティな方向にひっくり返していく笑っていいのかよくないのか微妙なユーモアが、イイ。

水着の切り抜きと一緒に人体の解剖写真をベッド下に隠しているのが両親に見つかってしまい父親から「臓器とセックスは違うんだ」とやんわり説教をされるブランドンくん。たぶんこれはオーガズムの意味を知らないブランドンくんがOrgan(臓器)の方を調べてしまったというブラックダジャレである。
ブレアウィッチ的な禍々しい謎のシンボルは何かといえば友達のいないブランドンくんが俺かっけー的に考案した自分のサイン(Brandon Breyer=BB)。ある、あるある。探検するまでもなく発見されてしまう中二黒歴史である。

だがブランドンくんは不妊に悩んでいた農家夫婦が森で見つけた宇宙ポッドから拾った(こう書くと劇中ではシリアスだがすごい与太話である)とくべつな中二、その黒歴史は普通の中二のように黒歴史にはならずグロ歴史と化してしまう。犠牲者数こそ多くないもののブランドンくんは拗らせているのでその殺し方は血にまみれていて素晴らしい。

とくに眼球にガラス片がぶっ刺さったのを引き抜くやつね。あれ超痛い。超イヤ。超イヤな殺しが出てくるホラー映画はたのしいですしその一方で口裂き殺し(事故的なものだったが)の絵面はなんとなくホラーギャグ漫画みたいで笑えてしまう。イヤな殺しと笑える殺し。この両輪を兼ね備えたホラー映画とくればそれはもう信頼しかない。殺しの数は多くないが一つ一つの殺しをおろそかにしないその姿勢は立派である。

ディティールに凝るのは殺しだけではなく映画全体に及んでいて、生活感と遊び心にあふれたブレイヤー家のインテリアはたのしい感じだし(あのベッドサイドのランプ俺も欲しい)、ブランドンくんの母親トーリさんが着てるサロペットはシルエットがかっこいいオシャレ農業服、学校のガキどもはどいつもこいつも金がなさそうな泥臭い面構えというのもリアルな田舎感を醸し出していたりして、あと生活指導室的なところで壁に「The world is your oyster」(世界は君の思いのまま、の意らしい)の啓発ポスターが貼ってあるのですがそこに描かれているのが牡蠣の中に真珠じゃなくてミニチュア地球がある絵。この慣用句ずっと牡蠣が意味するところが謎だったんですがこれ見て一発で謎解けましたよね。そういう細かい発見、おもしろいところ、見ていていっぱいある。

黒人警官が役に立たないのはキューブリック版『シャイニング』のパロディ的オマージュかもしれない。例のガラス眼球刺し殺しはルチオ・フルチの『サンゲリア』かそこらが元ネタじゃないだろうか。とくれば、ブランドンくんが指でガラスに書いたBBマークを警官が息を吹きかけて浮かび上がらせるところはフルチのライバル、ダリオ・アルジェントの『サスペリア PART2/紅い深淵』オマージュでしょ。超人ブランドンが最後に取った行動は…『スーパーマン』の裏返しなんだろうなぁ。

びゅんびゅん飛び回って家をぶっ壊しながら獲物を追い詰めていく超能力の超無駄遣い感はバカっぽくて味わい深い。それをはい笑って下さいね的に撮らないのがいいんです。真面目な顔でふざける映画。真面目な顔してるからって真に受けちゃいけないよっていう映画で、そこが、終末論的デマゴーグのスティーヴ・バノンと煽りニュースにフェイクニュースで急成長を遂げてトランプ大統領を誕生させるに至ったブライトバートに対する二重の風刺の映画たる所以なのです。

いかにも続編を匂わせるラスト、続編なんてないよってあれたぶん作った側は笑ってるんですよスクリーン裏で(儲かったら続編やるかもしれませんが)

【ママー!これ買ってー!】


炎と怒り トランプ政権の内幕 (早川書房)

バノンの立場からトランプを批判した政権暴露本。

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