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いやぁ、アメリカ大統領選。ついに来ましたね大統領選イヤー。ドナルド・トランプ衝撃の勝利から早3年。もうそんなに経つんですか。短かったですね。短い。早い。その間アメリカに何があったかと言われてもよくわからないのでまったく実感がない。アメリカ市民じゃないから当然だろう。ある程度は。
でもね! これだけはわかりますよ! リベラルの人は大いに失望したし世界が信じられなくなった! なぜならアメリカのヒーロー映画とか観ているとそんな内容ばかりだから!
どこの国でも基本的にショウビズの世界は保守勢力よりはリベラル勢力が優勢っぽいので(それはとくにスタアが偶像として「個」であることを強く求められるアメリカのような国であったり、国内市場では制作費の回収ができず世界市場相手の商売をしなければならないハリウッド映画産業の当然の選択だろう)そこからトランプ当選でリベラルが負った傷を読み取るのはそう無理のあることではなかろう。
っていうわけで大統領選テーマのラブコメとくれば、それはもうハリウッドリベラルの選挙キャンペーンの側面があるに決まっている。ボブ・オデンカーク演じる少しも仕事をしない現合衆国大統領はテレビドラマで活躍する人で自分の出た番組を観ながらテレビこそホームグラウンドと言ってはばからない。トランプもテレビで人気出た人ですもんなぁ。シャーリーズ・セロン演じる次期大統領候補の国務長官は折からの願いであった海と森と蜂の再生を趣旨とする環境保護条約をロシア・中国込みの100ヶ国と締結して念願を果たしつつ大統領選に向けた成果にしようと考える。あートランプもパリ協定抜けたんすねーそういえば。
あまりにも露骨すぎないか。その露骨がアメリカの美点でもあるから一概に悪いとは言えないが、あまりにも露骨すぎないか。アンディ・サーキスがコントみたいな特殊メイクで演じているフェイクニュースの帝王が実は大統領を裏で操っていて…ってそれスティーブン・バノンだろ。
あのな。それもいいよそれもいいですけれども君らにはメタファーとか、アレゴリーとか、アナロジーとか、なんかそういうレトリック的なやつはないのかと。もう本当にそのまんまじゃないですか。だいたいハリウッドリベラルのジャンヌ・ダルク的なシャーリーズ・セロンが大統領(候補)とかリベラルの願望ド直球じゃないですか。
俺べつにシャーリーズ・セロン嫌いじゃないしトランプが大統領なれるんだったらセロンも大統領になれるしトランプが大統領続けるぐらいなら間違いなくトランプよりちゃんとしてるからセロンに大統領になってほしいですけど、でもさぁ、ねぇ? いやいやまったく…子供向けの知育ビデオじゃないんだから。
このセロン演じる国務長官が最初はザ・政治家っていう感じなんです。趣味から恋人からとにかくなにからなにまで全部世間に受けるように計算ずくで動く。それが見え透いているからわりと世論調査でも好感度は高いもののどこか好きになれないところがあって、で実務の面では理想主義的な性格に反して案外容易に妥協してしまったりする。とりあえず最初は妥協して徐々に要求を大きくしていこうっていうタイプですね。
それが、こうと決めたら一直線に突っ走る熱血ジャーナリストのセス・ローゲンとの出会いで変わっていって、えー、ドラッグやったり素の感情をカメラの前でさらけ出すようになったりしていくんですが…もうこんなのさぁ、なにかってリベラルの自己批判でしかないよね。2016年の大統領選でヒラリーの世間受けが悪かった部分をこのセロン大統領候補は大統領選前にクリアしてくって映画じゃないですか、これ。
勘弁してくれと思ったよ。上映中に三度ぐらい腕時計を見たりした。それはつまらなかったからじゃなくて説教臭と宣伝臭が強すぎるからなんですよ。たとえばですよ? リベラルの自己批判っていうので言うと、ユダヤ人のローゲンが古くからの友人が共和党支持者のクリスチャンだと知って大ショックを受ける場面があるんです。でそれを受けて友人は俺が共和党支持者でクリスチャンだったらお前は俺を嫌うのかよ! お前こそ差別主義者じゃないか! って怒る。ローゲン反省する。
映画に啓蒙的な機能があることは否定しないですけど、バカじゃないのって思ってしまうよ。そんなんわざわざ自分たちで作るんだったらスパイク・リーの『ブラック・クランズ・マン』みたいな本気で社会の分断を浮かび上がらせつつ本気でそこに絡め取られないように頑張った本気の対トランプ時代映画がアカデミー作品賞取れるよう根回しでもしてやりゃよかったんですよ。こんなのハリウッドリベラルが私たちも反省してるんですよ~って被害者もいないのに勝手に言い訳してるだけで心底くだらないと思いますよ。
で肝心なところが全然わかってねぇの。ローゲンは「真実」の記事を書く人だから会社がフェイク王アンディ・サーキスに買収されたのが我慢ならなくて会社飛び出して無職になるんですけど、それで生活が困窮するのかと思ったらそうじゃなくてそこそこ稼いでる会社を経営してる友人に会いに行ってセロン国務長官ほか各国各界のセレブが集うパーティに参加するんです。そのパーティでセロンと縁ができて(本当はそれより前に出来ているのだがそれは観てのおたのしみということで)スピーチライターの仕事をもらうんですけど、そんなもん知らねぇよお前ら金あるんだから勝手にやってろよって話なんですよ。
要するに切実さが全然ないんだ。お気楽ラブコメならそれでも結構、でも陣営の政治宣伝入ってきちゃって自己批判のふりまで見せられて、それで切実さがなかったら腹の一つも立つわ。それ結局ヒラリーと同じ轍踏んでるじゃん。先の大統領選でのトランプの電撃勝利は決してそれだけに還元されるものではないにしても、ラストベルトが注目されたように格差の拡大は無視できない要因じゃないですか。
そういうところが本当に全然鈍感でさぁ、これが失職してホームレスになっちゃったセス・ローゲンが自分の書いた「真実」の記事が本当にお金のない人たちには全然読まれてなくて、その記事が鼻紙にされていたとか、そういう辛辣なものがあればまだよかったですよ。そこまで逃げずに描いていたらリベラルの自己批判も多少なりとも胸を打つところがあったかもしれない。
でもここにあるのはオールドリベラルの現実の見えていないジャーナリズムへの信頼と薄っぺらいポリティカル・コレクトネスと理想を守るために経済格差や情報格差なんか見なかったことにするナイーブさと、危険な毒舌や下ネタを気取っているだけでそのじつ少しも危険ではない無臭無毒などこにでも転がってる平凡なネタだけですよ。わたしたちこんなネタもやっちゃうんです! 感にはむしろ呆れさえ覚えた。
こういうことをやって何か変わると思っているのなら単なるバカだし、変わらないと分かっていてリベラル相手の商売としてやってるなら単なるクソです。どっちにしろロクなもんじゃない。
テイストは80年代ラブコメ風。『摩天楼はバラ色に』とか。タイトルのLONG SHOTはネット辞書で検索すると「大穴」とか「勝ち目のない賭け」みたいな意味らしい。それを大統領選と身分違いの恋に掛けてるのか。ダブルミーニングだ。実はもう一つかかっており、最後まで観るとトリプル・ミーニングであることが判明するのだが…そこは素直にアホでおもしろかったです。
【ママー!これ買ってー!】
摩天楼(ニューヨーク)はバラ色に (字幕版)[Amazonビデオ]
このタイトルで艶笑喜劇っていうギャップ。